大きな樹



両手を前に突き出して大声を上げる者が大勢いる異様な光景の中、光は起こった。
赤い光だった。赤いけれど、どこか安らかな光。美しいその光は止む事無くそこに留まり続ける。


「わーっ何じゃこりゃー!」
「眩しいー!」
「けっ賢者の石が!」


光を発しているのは賢者の石だ。眩しくて目を開けていられない。
ギュッと目を閉じていると、いつの間にか目を開けられる事に気が付いた。
光はそこにまだあるというのに、瞳の中に光は突き刺さってこない。


「……眩しくないー?」
「どうなってるのこれ……」


赤い光は塔の頂上を包み込むようにそこに存在した。赤い光が空気に溶け込んでしまったかのようだ。
目もどこも痛くない。まるで光が守ってくれているようだ。いや、実際守ってくれているのだ。
この賢者の石の力が。


「と、いう事は、あのポーズ」
「「成功?!」」
「人間、思いを込めればなんだって出来るという事だ」


率先してあのポーズをやり始めた皇帝が満足そうに頷いてみせる。
まあ、ここにいる者のほとんどは正式な「人間」ではないのだが。


「失礼な!僕は正式な人間だ!」
「まだ言い張ってる人がいるー」
「それより、これで本当に闇は来ないのか?」


ウミの発言に、全員でまた下を覗き込む。もちろんクロは来ていない。
よくよく見れば、光はこの塔の頂上にしか広がっていない事が分かった。


「ちょっとー!これじゃ他の皆が危ないじゃないー!」
「塔が大きいから光が届かないようでありますね……」


闇はすでに塔の半分を侵食していた。まだ内側まで届いていない事を祈りながら、どうすればいいのか考え込む。
上にあがろうとする闇の動きが鈍くなり始めているので、この赤い光が効いているのは確かである。


「この光を、もっと大きく出来ないかしら」
「その場合やはり「念」をもっと込めればいいのでしょうかね」
「またあのポーズか……?」
「「はーっ!」」


さっそく皇帝とクロとシロが賢者の石に力を込め始めた。実はこのポーズが気に入っているのかもしれない。
とりあえず皆必死なので、黙って見ているよりは実際にやってみる。


「はー!」
「はああー!」
「この体勢も疲れるな……はー!」
「はーっ!」


しかし、いくらやっても賢者の石は反応しなかった。赤い光でこの場を守るだけ。
痺れを切らしてシロが賢者の石に向かって怒鳴りつけた。


「もーケチケチー!凄い石なんだからもっと頑張りなさいよー!」
「そ、そうだよ、賢者の石って凄い力持ってるのにこれだけっておかしくない?」


例のポーズをいったん中止してあらしが石を指差せば、皆も確かにと頷いた。
どう凄いのかは知らないが、これではあまりにもしょぼすぎるじゃないか。


「鈴木が使っているから、これだけしか出ないんでしょうか」


華蓮がそう言えば、賢者の石を塔の中央において弥生が首を振った。


「もしかしたら、込める力が足りないのかもしれません」
「もっとあのポーズで込めろとか言うのかよ……」
「いいえ。このポーズじゃなくて、その……鈴木のように魔法を使うとか」
「「魔法!」」


全員でシロを見るが、シロはビックリして首を一緒に手を振るだけだった。


「ダメよー、だってやり方が分からないんだものー」
「おれも攻撃なら出来るが、力を込めるなんてなあ……」
「やっぱり魔法使いにしか出来ないのかしら」


リュウもシュウもお手上げ状態だ。その時、弥生が前へ進み出た。


「私の歌で力を込めてみます。おそらくこれで大丈夫なはず……」
「だっ駄目であります弥生!今力を使っちゃ石が破壊できないのであります!」
「……それは、そうだけど……」


結局何も言えなくなって弥生は下を向く。これで振り出しに戻ってしまった。
このまま塔が闇に飲まれていくのを見ているしかないのであろうか。
その時だった。


「ジェジェーイ!」


聞き覚えのある声がした。と同時に賢者の石がひときわ赤く輝く。
闇から内を守る赤い光のドームがぐいっと下方に広がったのだ。皆はビックリして声のした方に目を向け、何名かが叫んだ。


「「ジェイ!」」
「オレっちジャックだジェイ!何でみんなジェイとか呼ぶジェイ!」


何と死神と一緒にどこかへ消えていたジャックが塔の端から上半身をひょっこり出していたのだ。
その後苦労して足も持ち上げ這い上がってくる。塔の下からここまで登ってきたというのか。


「おいジャック!返品されたんじゃなかったのかよ!」
「返品されちゃったジェイ!でも戻ってきたんだジェイ!予想以上に大変だったジェイ!」
「な、何で戻ってきたんだ?今すごく危険だぞ?」


ジャックはヘロヘロの様子で、それでも腕を振り上げて叫んだ。


「あのままほっとけるわけないジェイ!すごく怖いけど最後まで見守りたいんだジェイ!」
「「ジャック……!」」
「オレっち魔力全然無いけど無いよりはマシだジェイ!助太刀するジェイー!」


右手で「J」の形を作ったジャックはジェーイ!と叫びながら腕を振り回す。
一見無茶苦茶に振り回しているだけのようだが、石はどんどんと光を生み出していった。力が込められている証拠だ。
光はジワジワと、しかし確実に純白の塔を包み込んでいく。

やがて赤い光が塔をまんべんなく塗り替えた頃、ジャックはその場にばったりと倒れこんでしまった。


「ジェ、ジェーイ……どんなもんだジェイ……」
「ジャックー!もうちょっとー!下の方が少し足りないわー!」
「マジかジェイ?!ジェ、ジェーイッ!」
「きゃーっ!これで完璧よー!ありがとジャックー!」
「つ、疲れたジェイ……もうこれ以上は無理だジェイ……」


ぐったりするジャックをシロは嬉しさのあまりブンブン振り回した。これで塔はもう安全だ。
闇も光が包み込むごとにじわじわと逃げていってしまった。


「これで賢者の石を心置きなく壊せるってもんだな!」
「でも石壊したらこの赤い光も消えちゃうんじゃ……」
「その時はこの闇も一緒に消えるんじゃないか?」
「あ、そっか」


赤い光で守ってくれている賢者の石を壊すのは少し躊躇われるが仕方が無い。
弥生は一粒の種を手に持って石へと近づいた。それは、水の妖精ルーから貰ったとっておきの種だった。


「それでは、さっそく壊しましょう」


そう言うと弥生はそっと種を石の上に置いた。これから一体何をするというのだろう。
弥生の準備が整った所で、シャープが皆に呼びかけた。


「それでは皆さん!一緒にこの種に力を込めてほしいのであります!」
「「ええっ?!」」
「何で?!もしかしてまたあのポーズで?!」
「そうなのであります!力を込めれば込めるほどいいのであります!」


弥生とシャープは期待した目で見る。皇帝とクロとシロはやる気満々。逃げ場は無い。
全員で肩を落としながら頷いた。


「それではいくのであります!せーの!」
「「はーっ!」」


異様な光景再び。しかし今度はより強烈だった。弥生の歌が入ったのだ。
弥生の歌はとても綺麗である。しかし周りが手を前に突き出し腰を低く構えて叫んでいれば全てぶち壊しだ。もうヤケだ。


「いい調子なのであります!頑張るのでありますー!」
「「はーっ!」」
「何か色々すごい光景だジェイ」


いつもおかしいジャックにすごいとか言われたが今は気にしない。
ひたすら叫んでいると、中心がどうもおかしい事に気が付いた。中心、つまり石と種である。
おかしいのは種の方であった。震えているのだ。


「もうすぐなのであります!」
「「はーっ!」」
「……もうすぐって?」


そうやって呟いたのは一体誰であったか。一瞬後には種が白い光を発しズンと大きくなったのだ。
種がそのまま巨大化したのではない。いわゆる、成長というやつだ。
種は芽となり幹となり枝となり葉となり、とうとう塔の頂上には巨大な大木が現れたのだった。





闇の中に闇が落ちた。そう、これは血という名の闇だ。頬を腕を体を闇の雫が伝って落ちていく。
それをぐいっと拭いながら死神は空に向かって息を吐いた。


「ああ、痛。まったく、一番頑張っているのは結局自分じゃないか」


こんなはずじゃなかったんだけどなあと呟きながら、湧き上がる闇を鎌で払う。
その後、いつものように呑気に笑ってみせた。


「ま、たまにはいいか」


頭上には大きな樹が出来上がっている。それを感じ取って死神は鎌を担ぎ上げながら、もう1つ息を吐いた。


「あともう少し。なあ鈴木、ちょっとだけ手加減してくれないか」
「ぐおおおおお!」
「ああ、手加減が嫌いな男だものな、君は」


その場から地面を蹴って逃げ出す死神。元いた場所にはすぐに闇の刃物が殺到した。
さっきからこうやって逃げている。抗う術が無いのだから仕方が無い。しかし、かすったりすればまた黒い雫が落ちていく。
頬の血をもう一度拭いながら、もう一度呟いた。


「あと、もう少しだ」

05/03/09