運命の女神



空も地面も真っ黒に染まってしまった天国。
その中にただ1つ純白を保ち続けている白い塔の頂上は、混乱の中にあった。


「いっいきなりどういう事これ!空も何もかも真っ黒だよ!」
「白いのはもう塔だけだな……これ鈴木か?」
「鈴木しかいないでしょう。嫌な予感がビシビシしますからね……」
「えーっじゃあ鈴木こっちに来てるのー?」
「そうだぜ今どこにいるんだ?」


非常に高い塔の上では、今鈴木がどこにいるのかが分からない。
そこで皆で何とかして下を覗き込もうとした。が、


「ぎゃーっ!そうだったここめちゃ高えー!下なんて覗けるかー!」


クロはすぐに塔の中央へと逃げていった。高所恐怖症は色々とツライ。
残りの者は手をかざしたり目を細めたりと頑張ってみる。


「うーん、下もほとんど黒くて何が何だかわかんないよ」
「何か動いているような気はするのであります!」
「2つ、だな、動いてる点が見える」
「「おおー」」


竜人だからなのか、リュウが具体的なことを言ったので皆期待した目を向ける。
しかし、それまでだった。精一杯下を覗きこんだリュウは諦めて顔をあげる。


「それ以上はさすがに見えねえよ。誰かまではわかんねえ」
「1つは鈴木だと思うんだけど、もう1つは?」
「誰なのかしら」
「あーそうだクロ、お前なら見えるんじゃねえの?」
「はっ?!」


リュウに尋ねられ、クロは心底信じられないといった顔になる。心なしか青ざめているようだ。
そのまま勢いよく首を横に振る。


「むむ無理無理無理!まずそこまで行くのが無理だ!」
「あ、そういえばクロって目良かったよね」
「自慢してたな」
「じょっ冗談は止めてくれよ!オレ本気で無理だっつーの!」


珍しくクロが本気で嫌がっている。今立っている場所が宙に浮く島の高い塔の頂上なのだからその気持ちも分かるが。
しかし今はそんな事言ってられない。仲間たちがクロをしっかり掴んで端へと引っ張り込んだ。


「泣き言は後でゆっくり聞きますから、今は下見てください」
「わーっぎゃーっ嫌だー死ぬーこえー駄目だー助けてくれー!」
「頑張ってクロー!ファイトよー!」
「ううっちくしょー後で覚えてろ!絶対水の中に突き落としてやるからな!」
「何それ僕限定?!今まで何度も突き落としてるくせに!」


観念したらしいクロは、真っ青になりながらも目を開いた。同時に口も開いた。


「いぎゃーっ!たたた高ー!お落ちるー死んじまうー!」
「ほら、もっと目をガッと開けて、しっかり見るんですよ」
「いーやー!」
「まるで拷問風景を見ているようだ」
「さすがに気の毒だわ……」


後ろの方でシュウと皇帝と弥生とシャープはかぜと並んで見守っている。
ぎゃーぎゃー叫びながらもクロは下の様子を見てくれた。


「ぎゃー!鈴木がひいー!見えるぞおぎゃー!」
「やっぱり鈴木か……」
「じゃあもう1つの方は何なのー?」
「もう1つだとわーっ!……あっああああぎゃー!」


クロが高さから来る悲鳴ではない声をあげた。悲鳴もちゃんと出ているが。どうやらこれは驚きの声のようだ。
一体何に驚いたのだろうか。


「どうしたんですか?誰なんですか」
「黒くてよく見えねえけどひっひいいい!あああれ死神じゃねえかあああ?!」
「「死神?!」」


あの途中でどこかに消えた男が鈴木と一緒にいる?という事は……。


「……寝返りですか?」
「えー嘘だ!いくらなんでもそれは……」
「いや分かんねえぞ。だって鈴木と同族なんだろ?あいつ」


意見が割れている所に、クロがひときわ大きく悲鳴を上げた。


「おっおおおおい!くく来るぞー!」
「「は?!」」


瞬間、目の前に黒い影がバッと現れた。下から凄いスピードで上がってきたのだ。
思わず全員が後ずさる。


「心外だな。せっかく無い勇気振り絞ってこうやって立ち向かっているのに」


塔の頂上の端に立つのは死神だった。その手に持つ鎌がどことなく黒に染まっている。
あらしが恐る恐る近寄った。


「たっ立ち向かってるって……鈴木に、死神が?1人で?」
「うん、賢者の石を壊すのには時間が掛かるだろう」
「大丈夫なのー?」
「あんまり大丈夫じゃない。石の力もあるし、仮にもトップに立つ奴だからな鈴木も」


はあと息をついて死神は顔についた黒いものを腕で拭った。よく見れば、拭った後が切れているようなのだが。
流れ出ているのは、赤ではなく、黒。


「死神……それ……」
「ん?……ああ、これ、まいるよなあ。魔法使わないのはやっぱり辛い」
「やっぱ血なの?!黒い血!」
「魔法使ってないのか?!使えるんじゃないのか?!」


立て続けに浴びせられる質問に、死神は笑ってみせた。


「魔法は使わないと決めたんだ、ずっと昔に。この血は生まれつきだから仕方ない」
「そ、うなんだ……」
「そうだ。……ああ、こんな事している暇は無いんだ。あれを見ろ」


あれ、と言って死神は下を指差した。塔の下を指差すのでもう一度皆で端に寄る。
今度こそクロは中央に逃げていった。


「ほら、塔の根元。見えるだろう」


根元なんて見えるわけ無いだろうとか思ったが、意外と見えた。その変化がとても大きなものだったからだ。
はっきりとしていて、分かりやすい変化。
白い塔の根元が、黒く侵食されている。


「や、闇が!」
「鈴木の闇だ。このままじゃこの塔は飲み込まれてしまうぞ」
「えーっどうしようー!他の皆もー?」
「うん。あれは今のところ表面だけだが、じきに内側にもくるな」
「大変ー!どうすればいいのー?」


塔の中の天使たちも危険だという事でシロが涙目になる。
こうしているうちにも闇はジワジワとこちらにあがってきていた。


「内側の前に多分ここにも来るなあの様子だと」
「ちょっ本気でどうするの?!」
「賢者の石を壊すには時間がいります、間に合いません……!」
「おい死神!てめえ何とかできねえのかよ!」


遠くから叫んでくるクロに死神は手を横に振ってみせた。


「無理」
「諦めんなよ!」
「いや、でも何とか出来るかもしれない」
「どっちなんですか!」


ほとんどキレかけに華蓮が叫べば、死神はある一点を指差した。
そこには……弥生の手の中にある、賢者の石が。


「目には目を、歯には歯を。賢者の石には賢者の石だ」
「え、つまり」
「この賢者の石の力を使うのでありますか?!」
「そうだ。まあ、鈴木が使ってる途中だし、出来るかどうか本当に分からないんだが」


そこまで言うと死神はこちらに背を向けた。つまり、外の方を向いたのだ。まるで今から飛び降りるように。
止める暇など無かった。


「じゃ、頼んだぞ」


そうやって言い捨てると、ひょいと一歩足を踏み出した。
それだけで目の前から黒い男の姿は消えてなくなってしまう。鈴木の相手に戻っていったようだ。
下を覗きこみながら華蓮が舌打ちした。


「いつもいつも言いたい事言ってさっさとどこか行ってしまう奴ですね」
「賢者の石を使えって……どうやって使うんだ?」


ウミが不安そうに横目で賢者の石を見る。その赤黒い邪悪な石は静かにそこにあるだけだ。
弥生も困り果てた様子で石を見下ろす。


「私も、具体的な事は何一つ知らないんですけど……」
「げ、それならどーすりゃいいんだよ」
「何かこう……力を込めりゃいいんじゃねえの?」


リュウが腕を組みながら言った。力を込める。イメージとしてはそんな感じだが。


「力を込めるって……握り締めるの?」
「いやいや。何つーの、念?それを込めるんだよ」
「どうやって?」


しばらく皆で悩んでいると、皇帝が一歩前に踏み出してきた。そして、弥生の持つ賢者の石を見る。何かやるつもりらしい。
無言でそれを見守っていると、皇帝は両手を前に突き出し、腰を低く構えて、叫んだ。


「はーっ!」

「………」


それは今にも、手の中からビームが飛び出してきそうなポーズ。
はっきり言って、マヌケだ。念は込められていそうなポーズではある。
すると何を思ったのか、シャープも同じようにやりだした。


「はーっであります!」


それを見たクロとシロは面白がって真似し始めた。


「はーっ!」
「はあーっ!」


こうなったら全員やらなければいけないような気分になる。戸惑いながらも皆が同じポーズを取った。


「は、はあーっ!」
「はーっ!」
「「はーっ!」」


異様な光景なのは承知の上だ。
ほとんど無謀だと思える中、中心の弥生はギュウッと賢者の石を握り締める。皆の念がこの中にこもるように。
闇はきっともうそこに迫っているだろう。一か八かの賭けだ。目を瞑りながらあらしは祈った。


どうか運命の女神様、今だけでいいから奇跡とやらを起こしてください。


その時、闇に侵食される白い塔の頂上で、激しい光が起こった。

05/03/06