罪の記録
「ひゃー!竜に乗れるなんて感激なのでありますー!」
「本当、でも急がないと……」
「しっかり捕まっててね、もう天国はすぐそこだから!」
「ギャオオー!」
「うむ、存在が消える前にこんな体験が出来るとはな」
高速で空を飛ぶ赤竜と空色竜。運んでいるのは、シャープと弥生と、あとそれとついでに皇帝だ。
皇帝も子孫と共にいるので国から出る事が出来たらしい。
弥生は儀式用のための衣装を身にまとって、シャープと共にシュウの背中に乗っている。
「場所が天国で本当によかった。歌だけじゃ、きっと賢者の石を壊す事は出来なかったから」
「本当に天国の塔は使えるのでありますか?」
「え?さあ……大丈夫だとは思うけど……あっ!」
いきなり声をあげたシュウに全員が目を向ける。シュウは、前を向いていた。
目の前には、目指すべき島が浮かんでいた。
「ほらあれ、天国!きっとパパ達が先についてるはず!」
「ギャオーウ!」
「しかし、なにやら様子がおかしいな」
勢いに乗ってスピードを上げるかぜの上で、皇帝が腕を組みながらふとそう言った。
そう言われて見てみれば、宙に浮かぶ島の周りにたくさんの天使が飛び回っているような気がする。
何かを大勢で取り囲んでいるようだが……。
「いーかげんにしなさーい!」
声と共に突然天使の輪は崩れた。輪の内側から何かの力が天使たちを吹き飛ばしたのだ。
中心にいたのは、赤い赤い者たち。
「塔の頂上なんて誰も何にも使って無いでしょー!いーじゃないのちょっとぐらいー!」
「「そーだそーだ!」」
「パパ!シロちゃん!」
慌ててシュウとかぜはその側に飛び寄った。天使たちに1人で挑んでいるのは、赤い翼で空に浮かぶシロだった。
かつてないほど強気な少女のその姿に、天使たちは怯んでなかなか手を出す事が出来ない。
「どうしたのでありますか一体!」
「あ、弥生さんとシャープ、と、皇帝!皇帝まで?!」
「ここまで来たならついてくるしかないであろう」
「天使の方々がここを通してくれないんですよ。困ったものです」
箱の中からこうやって説明がされている間、隣の方では、
「かぜ!大丈夫だったか?ちゃんと運んできたんだな、偉いぞ」
「ギャウウーッ」
似非親子が感動の再会を果たしていたが、皆無視をする事にした。
天使たちがためらっているのを見て、シロが皆に言った。
「今のうちに頂上に行っちゃいましょー!」
「え、いいの?!」
「いいのよー!特に何も無いんだから行ったもの勝ちよー!」
「よっしゃ、行っちまうか!」
いっせーので3頭の竜は上方へと飛び出した。そのまま塔の頂上を目指す。
「あっ抜けたぞ、追いかけろ!」
「待て!」
「「!!」」
動き出そうとした天使たちはしかし、その言葉にハッと止まった。
そこには、上司でもある大天使が純白のマントを羽織って遠ざかる不法侵入者たちを見つめている。
戸惑う天使たちの中から1人が進み出て大天使に言った。
「何故です!やつらはよそ者で、勝手に塔を使うというのですよ!」
「いい、あの中に天使がいたんだ、使わせてやってくれ」
「っ!お言葉ですが、ご自分の娘さんだからって贔屓をしているんじゃありませんか?」
「その通りだ」
あっさりと頷く大天使に天使たちは絶句する。その様子を見て、大天使ピートは微笑んだ。
「あの子には何もしてやれなかった。たまには、権力を使ってやったっていいだろう。なあ?」
「……しかし……」
「罪はちゃんと受けるさ。さて……一体何をやるのか知らんが、頑張れよ、シロ」
赤翼の子の父親によって、ついに天使たちは追撃するのをやめたのだった。
「ここ!ここが塔の頂上よー!」
塔より幾分か高いところからシロが下を指差した。
そこには、空中にぷかりと浮かんでいるような白い円状の土台があった。塔の頂上だ。目的地だ。
先に下りたシロに続いて3頭の竜も足をつける。すぐさま2人ほど人間の姿へと戻った。
「ここで賢者の石を壊せるのかよ?」
「ええ、十分な光のエネルギーがここにはありますし」
「そうだ、本当に種を持ってきてくれたのでありますか?」
シャープの言葉に、ウミは大事に持っていた種を差し出した。
「これでいいのか?」
「うわ、本当に種なのであります!すごいのであります!」
「これなら完璧です!よかった!」
弥生とシャープがとても喜んでいるので、これは本当に役立つものらしい。
受け取った種を手に持って賢者の石を持ち出し、弥生が真剣な顔で口を開く。
「それでは、今から賢者の石の破壊を開始します」
緊張の中歩き出そうとしたがしかし、その歩みは止められた。急にあらわれた邪悪な気を感じ取ったからだ。
その気は恐ろしいほど暗黒で、普段そういうものが分からない者も感じ取れるほど。
この気の持ち主は。
「やっぱり、来たか」
「来ない方がおかしいでしょうよ」
「いっつもこんなタイミングで現れるんだよなあ」
「「鈴木!」」
その時、邪悪な者は入れないようになっているはずの天国の門が……破壊された。
天使たちは皆塔の中へと避難していった。安全であるはずの天国の門が打ち砕かれてしまったのだ、一大事だ。
逃げ惑う天使と立ち向かおうとする天使が入り乱れる。どの天使も今の現状が把握できていない状態だった。
天国の門からは、ドロドロと黒い影が染み出てきている。
「天国を破壊場所にするとは、なかなか考える……」
ヒタと天国の地を踏んだ黒フードの男、鈴木は、そのままッククと笑った。その表情には焦りが無く、余裕まで感じられる。
鈴木を取り巻く闇はそのまま浸透するように空を黒く染め始めた。
今まで呆れるほど綺麗に晴れ渡っていた青空が、どんどん闇色に染まっていく。
「だが無駄だ、今すぐ皆闇に取り込んでやろう」
どんどんと黒くなっていく世界の中、圧倒的な力を放出しながら鈴木は歩く。
目的は、あの白い塔だ。白い塔の上にいる仲間たちだ。隠れた口がニヤリと釣り上がる。
その時だった。
「待った」
鈴木は足を止めた。そこら辺に満ちる闇に飲み込まれる事無く1人の男が道をふさいでいる。
男の姿も真っ黒だった。危険な場所にいるというのにのんびりとした様子の男の手には、大きな鎌が握られている。
それを見て鈴木は少しだけ考えるように眉を寄せた。
「……同族か?しかし……覚えが無い」
「だろうな、長く帰ってない。帰るつもりもない」
波立つ闇に怯む事無く微動だにせずそこに立つ男を、鈴木は探るように見つめる。
「名は」
「死神だ」
「……知らんな」
「『O』、と言えば思い出すかな」
そう言って微笑んで見せる男、死神に、鈴木はわずかに目を見開いた。
「……なるほど、貴様が『O』だったか、覚えておくとしよう」
「別に覚えて無くてもいいけど」
「で?一体何の用だ、こちらは少しばかり忙しいのだが」
「ああ、それなら大丈夫」
死神は大きな鎌を持ち上げて、鈴木に向けて言った。
「ぼくの目的は、君を足止めすることだ」
「何……?」
鈴木は不可解そうに顔をあげた。微笑んだままの死神と目が合う。
「本気か、同族の邪魔をするなんて」
「ん?知り合いに邪魔しまくってるやつを知ってるが」
「ふん、あれは例外だ。今まで行方をくらましていた奴が何を言う」
「理由は3つ」
ピッと死神は指を3つ立てた。
「1つは、同族が抱えきれない力に飲まれているのが哀れだから」
「抱えきれない力、だと?何を馬鹿な」
鈴木は目をカッと見開いた。その目は赤かった。しかしその赤は純粋な赤色ではなくて、血よりもひどい赤黒い色。
そう、まるで賢者の石の色のように。
それを死神は黒い瞳で見つめた。
「あーあ、ずいぶんとまあ飲み込まれてるな」
「飲まれてなどおらん、力を手に入れたのだ」
「うん、飲まれた奴は皆そう言うんだ。それで2つ目だが」
指を2つ立てて死神は言った。
「成り行きの気まぐれで、少し立ち向かってみようと思ったから」
「何だそれは」
「さあ。ただ、逃げる足を少しだけ止めたかっただけさ。さて、最後の理由は」
そこで死神は初めて笑みを消した。すうと目を細めて鈴木を見る。
「何も知らない人形から、魂を奪ったからだ」
「人形?」
鈴木は何かを思い出すように口を閉じて、次にニヤリと笑みを作った。
「あの人間になった人形か!まさかあれは、お前がやったのか?」
「正体なんて教える気は無かった。あのまま何も知らなければ、あの子はただの人間でいられた」
「人形に魂など、酔狂な事をしたものだ」
「そうだ、だけどあの時人形にとってその酔狂が全ての始まりだったんだ。それに」
死神は鈴木を睨みつけたまま言った。
「魂を奪って消そうとした。だから、邪魔をさせてもらう」
「っははは!貴様が邪魔?その瞳のままでか?」
赤く濁った目で鈴木は死神の瞳を指差した。どんなに指を差されても笑われても、その瞳は黒いままだった。
「魔法は使わない」
「魔法を使わない?正気か?それで立ち向かうというのか」
「決めたんだずっと前に。魔法はもう、使わない」
「っははは、いいだろう。そこまで立ち向かうというのなら、闇に消してやるわっ!」
鈴木が手を広げると、ブワッと闇が広がった。闇から生まれた身でも少々きつい黒すぎる闇。
その中で死神は仕方なさそうに息をついた。
「やれやれ、まったく勝ち目が無いな。まあ、魔法を使わないと決めたのは自分だけど」
ブンと鎌を振るった。その刃に当たった闇が散り散りになる。
「鈴木、君には沢山の罪の記録がある」
闇に取り囲まれながらも、死神はゆっくりと鎌を構えた。黒い瞳が、赤い瞳を見据える。
同時に両者の口が……笑った。
「そろそろ、罪を償ってもらおうか」
「歯向かった事を後悔しながら闇に消えるがいい」
黒い闇の海に浮かぶように立つ白い塔のふもとで、2つの闇が今、激突しようとしていた。
05/03/02