焚火



「おい、そいつにお前が名前つけてやれよ」
「え?」


日の傾きだした大空の中、3頭の竜が猛スピードで疾走していた。
その中で一番でかい赤竜リュウにそんな事を言われて、空色竜に乗るウミはポカンとした。


「生まれたてなんだろ?そいつ。なら名前もねえよな」
「無い、けど……お、俺がつけていいのか?」
「いいんじゃないですか?仮にも親ですし」


シロを抱えながら赤竜シュウに乗る華蓮もそうやって言う。しかしウミはまだためらっていた。


「いやでも……こいつ竜だし、俺がつけていいものか……」
「名は無いと不便だ、早めに決めた方がその竜も喜ぶだろう」
「名前貰えるんだったら何でも良いと思うけど、僕なんて自分でつけたし」


リュウに乗るあらしにも鎌に乗る死神にもそうやって言われて、やっとウミも頷いた。


「そうだな……じゃあ、風みたいに飛ぶから「かぜ」とかどうだ?」
「ああやって言っといてなんだけど安直だなー」
「ギャオオーッ!」
「でも竜ちゃん喜んでるわー!」


名前を貰った空色竜「かぜ」は嬉しそうに吼えた。
そのままかぜが喜びの勢いでスピードを上げるので、ウミは必死になってしがみついた。


「う、うわ!ちょ、もうちょっと優しく飛んでくれかぜ!」
「ギャオーウ!」
「なあ……そろそろ降りてもいいんじゃねえ?な?」


リュウの上でずっと震えていたクロがようやく声を絞り出すと、未だに尻尾にしがみついたままだったジャックも必死に頷いた。


「お、オレっちそろそろ限界だジェイ!落ちちゃうジェイー!」
「存分に落ちちゃって下さい」
「ひどいジェイー!鬼だジェイー!」
「でも、どこに降りればいいの?」


シュウが尋ねると、少し遠くを眺めて死神が答える。


「もうちょっと先まで飛んでくれ。安全そうな場所がある」
「あいよ了解」
「そこで今日は野宿でもするか」
「「え?」」


確かに日はもうすぐ沈むだろう。しかし野宿なんて。
全員の視線を受けて死神は微笑みながら言った。


「少し話したい事があるんだ。そうだな……言わば「作戦会議」だ」





日が沈み始めた。降りた所は、草の高い野原の一角だった。
周りより少しだけ小高くなっている場所に小枝や草をかき集めてきて、火をつける。
やがて火が大きくなってくると、太陽が遠くの山に隠れ始め、辺りは暗くなり出してきた。


「あー何か腹減ったなー。何か食いもんねえんかよー」
「そうよーお腹空きすぎて死んじゃうわー」


地上に降りた途端元気になったクロがわめけば常にお腹の空いているシロも同じようにわめき出す。
それを眺めながら、あらしは困ったように息をついた。


「そんな事言われても、食べるものってほとんど無いし」
「「ええー!」」
「人数も増えましたしねえ」


華蓮が火に当たりながら数えてみせる。5人+2人、1匹生まれて2匹飛び込んできて、合計は10人だ。いつもの2倍だ。


「あーあ、野生動物でもいりゃあ獲ってきてやるんだけどよ」
「この辺に動物はいそうに無いものねえ」


頼もしそうなリュウとシュウだが獲物がいなければ話にならない。
全員で重いため息をついていると、背後から元気のよい声が響いた。


「オレっちが何とかしてやるジェイ!」
「「ええ?」」


ここぞとばかりに手を上げるジャックを見て、そういやこいつ魔法使いだったなあとしみじみ思い出す。
同族であるはずの死神は呑気に火に当たっているが。


「何か出来るのー?」
「オレっちが魔法で何か食べ物出してやるジェイ!」
「本当に出来るんですか?」
「そんじゃ出してみろよ!」


全員がどこか期待した目でジャックを見つめる。
かつて無いほど注目されているジャックは胸を張って右手で「J」の形を作った。そして念を込めて……腕を振った。


「ジェジェーイ!」
「「おおっ!」」


桃色の煙がボボン!と現れる。煙がはれた後、そこにあったのは……。


「オレっちお菓子しか出せないんだジェイ!それで我慢するジェイ!」
「「微妙……」」
「まあ贅沢は言ってられないか……」
「あ、美味しいわー」


大量に出てきたクッキーやアメやチョコレートを皆でぱくついた。
それなりに美味しいが、やはりご飯としては物足りない。


「カロリー高いんでしょうねこれ……」
「やだーまた体重増えちゃう……!」


華蓮とシュウはブツブツ言っていたが、シロは全然気にしてはいないようだった。


「ねーねー飲み物は無いのー?」
「出せるけど、諸事情でイチゴミルクしか出せないジェイ!」
「甘っ!」


非常に甘い夕食をとっている間に、日は完全に沈んでしまっていた。明かりは取り囲む焚火の炎ぐらいしかなくなる。
パチパチと火のはぜる音を子守唄に、かぜは一足早く眠りについていた。


「で、何なんだよ話したいことって」


ガリガリとレモン味のアメを噛み砕きながらクロが言う。
すると、1人食後のプリンを食べていた死神がやっと顔をあげた。


「今君たちは鈴木を倒すために動いているんだよな」
「へえ、あいつ倒すのか?」
「えっ倒せるの?」


驚いた様子のリュウとシュウに5人は頷いてみせた。


「何か、倒せるっつーやつがいてよ」
「今ねーセイイキってところで綺麗になってるところよー」
「そういえば皇帝は聖域についただろうか……」
「あの、私1つ聞きたいんですけど」


そこで華蓮が手を上げたので、皆がそちらを見た。


「死神さんは、鈴木と同じ一族なんですよね」
「そうだな」
「ちなみにオレっちもだジェイ!」
「しかし今、鈴木倒しに加わってます。それっていいんですか?」
「ジェジェッ、本当だジェイ!オレっちもやばいジェイ!」


1人で騒いでいるジャックはほっといて、死神は夜空を見上げた。


「別にそういうのは気にしてない。鈴木だし」
「いいんだ……」
「でもまあ、1人道踏み外しているのを見ていると哀れだし、それに」


言いかけて、死神はふと笑ってみせた。


「勝手に手を出された仕返しもしなくては、な」


手を出された?一瞬その笑顔が何よりも恐ろしいものに見えて、全員身をこわばらせた。
しかし次に見ると、もういつもののんびりとした表情であった。


「というわけで問題は無い。話を先に進めてもいいかな?」
「ええどうぞ」
「そこで、だ、鈴木を倒すにはこの賢者の石をどうにかする必要がある」


死神はどこからともなく、赤黒い石を取り出した。これが賢者の石だ。鈴木の力の源である魔力のこもった石である。
シロが石を指で突きながら言った。


「これ、壊せばいいのー?」
「そういう事だ。でもただの石じゃないからな、滅多な事では壊れない」
「おっそろしい石だなあ……邪悪な気が立ち上って見えるぞ」


焚火の反対側からリュウが寝転がって眉をひそめてみせる。
邪悪な気は見えないが、嫌な感じはする。よほど凄い力があるのだろうとあらしは思った。


「じゃあ、その石を壊す力を弥生やシャープは持っているのか?」


丸まって眠るかぜの隣からそうやってウミが尋ねた。何だかんだ言ってウミは面倒見が良い。親心が芽生えたのかもしれない。
死神は頷いた。


「歌姫の力でな。でもそれだけじゃ少し足りない」
「何がいるのー?」
「まずは場所だ。この賢者の石を壊す場所。どこがいいかというと」


そこで死神は上を指差した。上、空の方だ。……空の上?


「この近くで最も光のこもる場所……そう、天国だ」
「「天国?!」」
「天国の塔があるだろう。あれの頂上がいい」


まさか天国とは。シロなんて口元に手を当てて最大級に驚いている。


「だから、聖域の2人を天国に連れて行かなければならない」
「じゃあ明日迎えに行かなきゃな!」
「ああ、あともう1つ取りに行かなきゃならないものがある」


まだいるものがあるのか。皆は次の死神の言葉を待った。


「明日、水の妖精の元に行くんだろう?あれを貰ってきてくれ」
「あれって……何?」
「種だ」
「「種?!」」


確かに水の妖精ルーは種を持っていた。その種を使って、海人魚の国の前に巨大な壁を作ってみせたのだ。
だが、何故今ここで種なのか。


「使い方はまあ、そっちに聞いてくれ。とびきり良いものを貰ってくるんだ」
「とびきり良いものって……まあ、一応貰ってくるが」
「ああよろしく。さて……それじゃ皆は明日一番に行動してくれ」
「「え?」」
「それまでゆっくり寝るんだぞ。……ほら、行こうジェイ」
「ジェ?!オレっちジャックだジェイ!」


死神は立ち上がりながらジャックを引っつかみ、そのままどこかへ歩き去ろうとした。
もちろんいきなりの行動に皆慌てる。あらしが急いで声をかけた。


「ちょっどこ行くの?!」
「なに、ちょっと用事があってな。ジェイはいらないから返してくる」
「オレっち返品かジェイ?!」
「大丈夫、こっちは心配いらない、任せてくれ。頑張れよ」


一方的にそう言って死神はスタスタと暗い草原の中へ去っていってしまった。
ポカンとあっけにとられる一同。やがて華蓮が言った。


「……あの人の事を考えていたらキリがありませんね。今日は寝ましょう」
「そーだな、明日に備えて」
「寝るしかないか……」


やれやれと皆が寝支度を始めた頃、ひっぱられるジャックは慌てて声をあげている所だった。


「も、もしかして、本気で鈴木と戦うのかジェイ?!やめとくジェイ怒られるジェイ!」
「いや、逃げる。逃げながら戦う」
「どんな戦いだジェイ?!ってそうじゃないジェイ!怒られるし危ないジェイ!」


ジェイジェイうるさいジャックの方は見ずに、死神は空を見上げながら歩く。


「怒られる前に逃げる。それに……」
「ジェジェ?」
「……少しは、立ち向かってみようと思って」
「ジェ?!でもさっき逃げるって言ってたジェイ」
「うん、逃げて戦う」
「どっちだジェイ!大体なんでオレっち返品なんだジェイ!」


すると死神は少しだけ足を止めた。


「このまま一緒にいたら、ジェイも怒られるだろう」
「ジェ……?!ま、まさかオレっちの事考えてくれたのかジェイ?!」
「正直、弱いし」
「本音言われたジェイー!でっでも待つジェイしっ」


ジャックがわめき続ける中死神が足を踏み出せば、その姿はもうそこには無かった。
ただ夜空の下、風だけが草原の中を吹き抜けていった。





焚火は消されて、草原の一角にもようやく本当の静けさが戻ってきた。


(とうとう明日、決着がつくんだ……)


地面に無造作にごろりと寝転がってあらしは星を見ていた。心臓が緊張でいつもよりドクドク脈打ってるように感じる。
それなのに、周りのほとんどは無神経にグースカ寝こけている。自分が繊細すぎるのだろうか。


(鈴木はやっぱり……来るよなあ)


賢者の石を取られたのだ、そりゃ追いかけてくるだろう。
あらしは鈴木に会うのが少し怖かった。文字通り魂を取られたのだから仕方の無いことだが。
しかし今度は皆がいる。これが、最後だ。


(どうか皆、無事のまま決着がつきますように)


星に願いをかけてから目を瞑った。かすかな風を頬に感じる。

今夜はなかなか、眠れそうに無かった。

05/02/23