自由



「賢者の石は実際に見た事は無いが話には聞いている。大きさは10cmぐらい、色は赤黒くずっしりと重い手ごたえがある、と。つまり」


説明口調でつらつらと述べた後、手元を見つめながら死神ははっきりと言った。


「この竜の子どもが持っていた石は、賢者の石という可能性がかなり高い」
「まさか卵の中にあったなんて……」
「お前お手柄だぜおい!」
「ギャオー!」


大きな卵から生まれたばかりの空色竜の子ども。その手に握られていたのは何と、賢者の石らしき物体だった。
今死神が手に持つ石を目を細めて観察している。


「なあジェイ、どう思う?」
「ジェイじゃなくてジャックだジェイ!え、えっと、オレっちよく分か」
「うん聞いた自分が馬鹿だった」
「まだ言い終わってないジェイー!」


その間にも竜の子どもはウミから離れようとしない。完全に親だと思っているようだ。
ウミは困り果てた顔でぐったりとしている。


「困ったな……大体本当の親ってどこでどうしているんだ?」
「鈴木が持ってたわけだからね、卵」
「ギャオー!」
「この子みなしごなのねー可哀想ー」


賢者の石と竜の子どもを囲んでいると、ふと竜の子どもが顔をあげた。大きな青い瞳が壁を、壁にある窓から外を見ている。
竜の子どもがそのまま動かなくなったので、全員で心配そうに顔を見合わせた。


「外に何かあるのか……?」
「誰か様子見てきてくださいよ」
「ったく、オレが行ってきてやらあ」
「気をつけてねー」


しぶしぶ歩き出したクロは、小さな窓から外を覗き込んだ。
しばらくそのままでいたかと思うと、いきなりダッシュでこちらへ駆けて来る。
何事かと思っている間に、


ドゴーン!

「「うわー!」」


部屋が激しく揺れた。まるで外から猛スピードで何かが突っ込んできたような衝撃だ。たまらず全員が頭を抱える。
するとどうだろう、今まで薄暗かった部屋がいきなり明るくなったのだ。外の太陽の光が入ってきたのである。
その理由はただ1つ……壁が無くなったからだ。


「あーいたたた。やべえちょっと無茶した。頭打った」
「もー!パパったらスピード出しすぎっ!前も良く見ないと!」


壁をもの凄い衝撃で破った犯人は、壁の残骸の中から大きな体をむっくりと持ち上げた。
太陽の傾きだした空が丸見えになってしまった部屋の外から、若い娘の声も聞こえる。
5人はこの声と姿に見覚えが凄くあった。
一番びっくりしているらしいクロが口をパクパクさせる。


「な、なな、なんで!」
「ん?……あー見つけた!おいシュウやっと見つけたぞ!」
「えっパパの親友さんこんな所に?」
「なんでいつも唐突に現れるんだよ、リュウ!」


そう、突っ込んできたのは燃えるような赤色の竜人リュウだった。おまけに外にいるのはその娘シュウのようだ。
リュウはバシバシと体を叩いて埃を落としてから、竜の姿から人の姿へと変わった。


「おいクロ、お前なんつー所にいんだよ。ここがどこだか分かってんのか?」
「知ってらあ、鈴木の城だろ。リュウお前こそここが何か知ってたのかよ?」
「ああ、竜人の間で噂になってんだ。有名だろ、こんだけでかけりゃ」
「そりゃそうか」


一部の間でひっそりと知られていたからこそ誰も近付かなかったわけか。竜人の力ならここにも侵入できるみたいだ。
すると、後から部屋に入ってきて人の姿になったシュウが驚いたような声をあげた。


「あっ、竜だわ!しかも空色竜の赤ちゃん!」
「ギャオー!」
「マジでか!こりゃ珍しいもんを……何だ、すりこめられたのかそこの人魚」
「ほっといてくれ……」


竜の子どもに引っ付かれてぐったりするウミを眺めて、リュウはガリガリと頭をかいた。


「孤児か、あーまいった。それより、ずっとお前らの事探してたんだけど」
「は?何でだ?」
「水の妖精に頼まれたんだよ通りすがりに。乗り物早く取りに来いとさ」
「え、まさか、ルーおばさんか?」
「そんな名前だったっけなあ」


ルーおばさんとは、ウミと知り合いの水の妖精だ。通りすがりに妖精と会うことが出来るなんて、さすが竜人。
5人は顔を見合わせた。


「箱かあ、早く取りに行きたいけど……」
「遠いですよ、どうするんですか」
「ついでだから送ってやっても良いけどよ、何か……取り込み中、みたいだな」


リュウの言葉に全員で周りを見渡してみた。鈴木の隠れ城、空色竜、賢者の石。
どこをどう見ても取り込み中だった。取り込みすぎて、混乱するほど。


「あたし頭がぐちゃぐちゃになりそうー」
「色んな事がありましたしねえ」
「だよね。遠い彼方の城にあった竜の卵の中に賢者の石があったなんて、どこかで聞いたおとぎ話みたいで……」


そこまで言いかけたあらしの言葉が止まった。見れば表情まで固まっている。
どうしたのかと思っていれば、いきなり下げてた鞄の中を探り始めた。必死に取り出したその手に掴まれていたのは……。
一冊の本だった。


「はるかな地の、竜のお宝って」


ボソッと呟いて本をめくる。その本に心当たりのあった華蓮が声をかけた。


「その本は……あれですよね、ギルドから持ってきた不思議な本」
「そう、そうだよ」
「あったなあそんなもん。あの竜のお宝……の?」


他の4人もあれっ?という顔をした。あらしがその隙に文を読み上げる。


「『竜は遥か遠い場所にいる』……『竜は深き眠りに入っている』」
「……ここって、すげえ遠い所だよな?」
「竜は卵の中で眠っていましたね」


だんだんと嫌な予感は込みあがってくる。


「『その眠りは、起こさぬ限り永遠に覚めることは無い』『そして竜が目覚める事も無い』」
「温めなきゃ、生まれなかったわけだよな、こいつは」
「そういう魔法かけられてたのよねー」
「『もし、彼方の地へ行き竜を起こす事が出来たならば』『その時はとてつもないものを手にするだろう』」
「それで、こいつが持っていたのが」
「「賢者の石……」」


嫌な予感は最高潮だ。


「『竜の眠る地、そこは』……」
「「………」」
「「……鈴木の、城?」」


嫌な予感は、確信に変わった。


「「嘘ーっ!」」
「あ、それ友人が書いたやつか」
「本当だジェイ!」
「「ええ?!」」


さらりと爆弾発言しやがった死神とジャックを全員で見る。死神は本を受け取って、中身を見ながら頷いた。


「本を書くのが好きらしくてな。……うん、この字は確かに」
「その友達が……鈴木の城の事を、本に?」
「鈴木が卵隠し持っているのを知って、遊びで書いたんじゃないかな」


遊びで。5人はその場に座り込んでしまった。


「お宝が、賢者の石、か……確かにとてつもないものだけどさあ」
「冗談じゃ無いですよ、大体これじゃあ……」
「「金になんないし……」」


見つかったは見つかったが、結局別のことに使われてしまうので無いに等しい。
いきなり気力を無くしてしまった5人を見て、リュウがはあっとため息をついた。


「おいおい、お前ら何だか知らんが、落ち込みすぎだろ。ガッツ見せろガッツ!」
「「だってー……」」
「おらシャキッとしろ!」


リュウがゲキを飛ばしている間に、黒一族の2人は本を眺めていた。


「この本随分と古いジェイ!『L』が随分前に書いたやつかジェイ?」
「多分。何だ、賢者の石の事知ってたみたいだな。聞いておけばよかった」
「ジェジェッつまりこの竜随分前から卵の中だジェイ?!可哀想だジェイ!」
「ギャウー!」


一声鳴いてみせた竜の子どもは、外に出れた事が嬉しそうである。パタパタと翼も動かしてみせている。
その時、死神がパンと本を閉じながら目を細めて外を見た。遅れて、顔をしかめながらリュウも外を見る。


「げっ、この嫌な気、まさか……!」
「鈴木が帰ってきたみたいだな。このままだと見つかるなあ」
「「げえっ!」」
「はっ早く脱出するジェイー!」


リュウが空へ1つ吼えて、大きな赤竜に変身した。その次にシュウも、いくらか小さいが赤竜へと姿を変える。
リュウが下を見下ろして叫んだ。


「おいお前ら、早く上に乗れ!逃げんぞ!」
「「おおっ!」」
「ちょっと待ってくれ!こいつが……!」


ウミの必死な声が背後から聞こえた。そこには、怯えた様子の空色竜がいる。
その隣に立ちながらウミが心配そうに言った。


「生まれたばかりだから、こいつ飛べないみたいなんだ」
「ギャウ……」
「飛べねえだと?んな訳あるか。そいつは竜だぞ、しかも空色竜だ」


リュウは黒と赤の翼をブンと動かしながら竜の子どもを指差す。


「空色竜ってのはな、空を飛ぶのがどの竜よりも上手いんだ。たとえ子どもでもな」
「ギャウウ……」
「甘えんな!やっと自由になったんだろうが、思い切って飛んでみやがれ!」


竜の子どもに怒鳴って、リュウは空へ飛び出した。同時にシュウも飛び上がる。
それを見た竜の子どもは、ほとんど本能的に駆け出していた。キチンと親代わりのウミも引っつかんで。


「うわっ!」
「ギャオー!」


高らかに吼えて空色竜は……空へと舞い上がった。一瞬そのまま地面へと落ちかける。
竜の子どもにしがみついてウミは思わず目を瞑るが、心配はいらなかった。
空色竜はまるで綿毛が風に乗って飛び回るようにふんわりと、自然のまま宙に浮かぶ。
そのまま翼を動かせば、風のように空を駆けた。


「す、すご……!すごいぞお前!」
「ギャオオー!」
「ほらな!飛べただろ空色竜!」
「うわ、空色竜すごっ!本当に風みたいだ!」


竜の背中に乗ってあらしも叫ぶ。その後ろには顔色を真っ青にして竜にしがみつくクロがいる。
華蓮とシロはシュウに乗っていた。そこであらしは、人数が足りない事に気づく。


「……あれ、死神は?」
「ここだここ」
「ぎゃーっ!何かありえないものに乗ってるー?!」


死神は、いつも肩に大事そうに担いでいる大きな鎌に乗っていた。
とても快適そうに乗っているところを見ると、慣れている様に見えるのだが。


「それ使い方を激しく間違っていると思うんだけど!」
「使えれば良いんだ。……それにしても、うっかりジェイを忘れてきてしまったな」
「「おおい?!」」
「オッオレっちここにいるジェイー!あとジェイじゃなくてジャックだジェイ!」


ジャックはかろうじてリュウの尻尾に掴まっていた。運の良い奴だ。
全員いることを確認したリュウはふうと1つ息を吐いて、それからぐんとスピードを上げた。


「それじゃ猛スピードで逃げっぞてめえら!ちゃんとついてこいよ!」
「パパこそ、またどこかに突っ込まないでよね!」
「ギャオオーッ!」


赤竜の親子と自由になった空色竜は、城からあっという間に遠ざかっていった。
城の中からそれを見ていた黒い影は、そのまま闇へと沈んでいったのだった。

05/02/19



 

 

 
















祝!90話!あと10話!
鎌については突っ込まないでやって下さい。きっとすごく得意ですよ、鎌乗り。