割れた卵



急な階段は木で出来ていたので、一歩踏み出すごとにぎしぎしと悲鳴を上げる。5人と2人が乗っていれば悲鳴も上げたくなるだろう。
階段の先には、ぽっかりと最上階への穴が開いていた。


「最上階ってあれかな、屋根裏部屋的なところなのかな」
「妙に暗いな……」
「また物が散乱してるんじゃないでしょうね」
「オレ一番ー!」
「あたしが一番よー!」


一番前を歩いていた死神をクロとシロが追い越す。そして2人で天井の穴に飛び込んでいった。その後に全員続いて中へと入る。
中は薄暗かったが、辺りはぼんやりと見ることが出来た。
どうやらきちんと片付いているようだ。部屋の隅に色んなものが綺麗に積み重なっている。
その部屋の中心には、


「「………」」


全員が沈黙した。目の前にあったものがあまりにも予想外だったのだ。
まさか城の最上階に、巨大な卵らしき物体が大切そうに置かれてあるなんて。


「な、何だこりゃ……」
「卵?」
「卵だジェイ」
「卵、だよな……」
「卵には見えますが」
「大きな卵だわー」
「うん、卵だ」


とりあえず満場一致で卵と結論付けられた。どのぐらい大きいかというと、この中で一番背の高いクロより大きいのだ。
大きい、大きすぎる。


「卵だとすると、この中には一体……」


ウミの呟きに、全員で凍りついた。
これだけ大きな卵なのだからそりゃ中に入っているものも大きなものに違いない。中身が何であるにせよ。
その中で、死神が卵に近付いてペシペシとたたいた。


「これだけ大きな卵なんだ、それはさぞかし大きな……」
「「……!」」
「オムレツが出来るに違いない」
「「食う気か!」」
「卵料理は好きだ」
「誰もてめえの好みは聞いてねえよ!」


しかしいっこうに何も起こらないので、皆緊張が薄れて卵に近付いていった。
卵は暖かそうな台に固定されている。大事に保管されている様子だ。やはり、鈴木が管理しているのだろうか。
相変わらずたたきながら卵を観察していた死神が、不吉な事を言い出した。


「中に何かいるな」
「「何か?!」」
「本当だジェイ!心臓の音みたいなものが聞こえるジェイ!」


卵にベッタリと張り付いたジャックもそんな事を言う。
おそるおそるあらしが卵に手を触れてみると……その手よりも温かかった。
しかもしばらくそのままにしていると、確かに感じるのだ。ドクドクと、何かが脈打つような音を。鼓動を。
この中には、確かに何かが宿っている。


「これじゃあ卵料理にはならないな……」
「しかし何の卵なんですかこれ。こんな卵見た事ありませんよ」
「やっぱり鳥かしらー?」


卵を凝視しているシロはお腹がすいてきているに違いない。
しかし卵といえば鳥しか思い浮かばない。では、何の鳥なのか。


「こんなでけえ鳥いるのかよ」
「人食い鳥とかな……」
「もしかして、幻の鳥の卵とか?ほら、フェニックスとか」


フェニックス、火の鳥、つまり不死鳥の事である。フェニックスの卵と言われれば、この大きさもまだ納得は出来る。
そうやって提案したあらしに、しかし死神が首を振った。


「いや、あれは案外小さいぞ」
「えっそうなの?」
「うん、小さかった」
「「見た事あるのかよ?!」
「ちょっと待つジェイ!何かこれ鳥っぽく無いジェイ!」


ずっと張り付いたままだったジャックが慌てたように声をあげた。
何だか大変そうな様子だが、華蓮は冷たい目を向ける。


「本当ですか?」
「あっまた信じてないジェイ!本当だジェイ!」
「そんな間抜けた格好のマヌケなんて信じられません」
「ひどいジェイー!マヌケを2回も言ったジェイー!」
「でもー鳥じゃないんだったら何の肉なのー?」


シロはすでに食べる気満々のようだ。ジャックは卵に張り付いたまま器用に頭を傾げてみせる。


「そこまでは分からないジェイ」
「マヌケ」
「また言ったジェイー!」
「ああしかし、今にも生まれそうだな」


さらりと言った死神の言葉に、しばらくその場の時が止まった。動いているものは死神と……卵だけ。


「孵化寸前の状態を魔法で保っていたんだろうな。鈴木の趣味かな」
「「趣味?!」」
「でも張り付いたりして少しでも温めたら生まれてしまう、それぐらい寸前だ」


全員でいっせいにジャックを見た。彼はまだ卵に張り付いている。


「「離れろー!」」
「ジェジェ?!でもこの卵、動き出してるジェイ!」
「おっ、ここにヒビが」
「「ぎゃー!」」


とうとう卵がブルブルと震えだした。今にも中のものが飛び出してきそうだ。ヒビも少しずつであるが確実に広がっている。
そこでクロがポーンと手を打った。


「そうだ!魚って卵で生まれるんだよな!という事でウミ何とかしやがれ!」
「魚じゃない人魚だっ!しかも人魚は卵で生まれるんじゃないぞ!」
「えーじゃあどこから生まれるのー?」
「「その話はまた後で」」
「とりあえず何とかしなさい!」


混乱の中華蓮が勢いよくウミを卵へと突き出した。ウミが踏ん張れるはずもなく、卵の正面に衝突してしまう。
その瞬間。


パキョッ
「「あ」」


もちろん割れた。
何とか顔をあげたウミの目の前に広がるのは……綺麗な空色。あと大きな青色の目。それと、牙の生えた大きな口。
大きな口はそのまま、


「ギャオー!」


吼えた。それと同時にビュウと強い風も舞う。1人死神が感心したように言った。


「へえ、竜か。なるほど珍しいな」
「ギャオーッ!」


割れた卵の中から空色の塊……竜の子どもは、背中の翼をばたつかせながら身を乗り出してきた。
子どもだからと言っても竜は竜だ。大きな卵に入っていたのだからやっぱり大きい。
竜の子どもは、すぐそばにいたウミをじっと見つめる。


「……あれってもしかして、食べられるんじゃないですか?」


華蓮がボソリと呟いたので、全員が正気に戻った。


「えーっ!駄目よーウミはあたしの非常食なんだからー!」
「俺は食べられる運命なのか?!」
「いやつっこんでる場合じゃないよウミ、来てる来てるー!」


気付けば竜の子どもは大口を開けてウミに迫っていた。しかしとっさにウミは動けない。腰が抜けてしまったのだ。
その場の誰もが頭からガブリとやられる覚悟をした、その時だった。
竜の子どもが、口から舌を出してウミを舐め始めたのは。


「ギャオギャオー!」
「「………」」
「……味見か?」
「多分違うジェイ!これはあれだジェイ!」


どことなく嬉しそうにウミを舐める竜の子どもを見ながら、ジャックは得意げに言った。


「これはきっと「すりこみ」ってやつだジェイ!」
「すりこみー?」
「何だそりゃ」
「生まれて初めて見る人を自分の親だと思ってしまう事ですよ」
「そうだジェイ!あの子きっとお母さんだと思ってるんだジェイ」


ウミがお母さん。それを聞いて声をあげたのはもちろん本人だ。


「俺が?!じょ、冗談じゃない!これ、竜だぞ?!」
「ギャオー!」
「おいおい、よく見るとこいつかっわいいじゃねーか!ずりーぞウミー!」
「ギャウウー」
「よっよせ、何か嫌がってるだろ!」


竜の子どもにほお擦りするクロを止めるウミ。今ではその姿が何だか保護者のように見えて仕方が無い。
クロの言うとおり、体はでかいが大きくて輝く青い瞳もちらりと牙が覗く口元も、大人の竜とは違って可愛らしいではないか。
あらしはポンとウミの肩をたたいてやった。


「子育て頑張れウミパパ!」
「や、やめろー!応援しないでつっこんでくれー!」
「羨ましいジェイー」
「羨ましいわーウミったら独り占めー」


シロが名残惜しそうに竜の子どもを見上げる。その拍子に気が付いた。


「あらー?」
「ん?どうしたのシロ」
「この竜ちゃん、手に何か持ってるわー」


手に?竜の子どもをまじまじと観察してみれば、確かに。体と同じ空色の両手で何かを握り締めているようだ。
クロがそれに手を伸ばしてみる。


「お前何持ってんだ?見せてみろよ」
「ギャオー!」
「うぎゃっ!」


しかし竜の子どもは近づけさせようとしなかった。危うく噛みつかれそうになったクロは慌てて後ろへ下がる。
そして全員で言った。


「「お願いしますお父様」」
「……いや、本当に親だと思っているかも分からないんだが……」


ブツブツ言いながらもウミは慎重に竜の子どもの目の前に立つ。
そして、やや遠慮がちに竜の子どもを覗き込みながら言ってみた。


「な、なあ、その手に持っているもの、見せてくれないか?」
「ギャウ」
「「さすがお父様」」
「……何でだ……」


素直に手を差し出す竜の子どもに何故かがっくりするウミ。その隙に皆で覗き込んでみたが……。
すると、信じられないものが手の中にあったのである。

05/02/17



 

 

 
















空色竜&ウミパパの誕生。
ちなみに人魚が卵で生まれる生まれないは、詳しい事は分からなかったのでうち設定という事で。
人魚って哺乳類の方に近いんじゃ、と個人的には思っておりますので。