竜の眠り
竜は遥か遠い場所にいる
1ページ目に書かれているのは、たったそれだけであった。
おかしい、もっと文字があったような……と、あらしは思うのだが、いくら見てもそれだけしか書かれていない。
「それだけなのか?」
他のものも不審に思ったらしく、ウミが眉を寄せながら尋ねてきた。
「うん、ここはそれだけ」
「もっと書いてありませんでした?」
「そうだと思うんだけど……」
しかし書いてあるのはどう見たって1行だけ。これはおかしい。
「とりあえず続きあんだろ?読んでみたらどーだ?」
「聴かせて聴かせてー!」
「よ、よし、続きを……」
竜は深き眠りに入っている
次のページもこれだけしか書かれていない。
「この本は何なんでしょう?ただの物語、それとも伝記?」
「竜の話のようだな」
「りゅう?」
どうやらシロは竜を知らないらしい。すると、クロが瞳を輝かせながら身を乗り出してきた。
「知らねーのかよシロ!リュウってのはなあ、とてつもなくでっかくて、ごつくて、炎吐いたりしてすんげーかっこいいやつなんだぜ!」
「へー!何だか食べ応えありそうねー!」
「そんでよ、そのリュウってやつはとてつもなくつえぇんだ!」
「すごーい!是非食べてみたいわー!」
何だが話がかみ合っていないが、あらしは無視することにした。
それにしてもクロは竜がずいぶんとお気に入りのようだ。
「えーと、もう続きをざっと読んでみようと思うんだけど諸君」
「「いいでーす」」
「それじゃあ……」
その眠りは、起こさぬ限り永遠に覚めることは無い
そして竜が目覚める事も無い
もし、彼方の地へ行き竜を起こす事が出来たならば
その時はとてつもないものを手にするだろう
竜の眠る地、そこは
「そこは……」
「「そこは……?」」
「……ない」
「「……は?」」
「続きは、もうない」
「「ええー?!」」
キーンときた耳を叩きながらあらしは4人に言い返した。
「仕方ないだろ、本当にそこで終わってるんだから!」
「でもこんなにぶ厚い本なんだぞ?!文字もたくさん書いてあったし!」
「じゃあ見てみろよ」
ほれ、と本を手渡されたウミはそのまま華蓮に渡した。文字が読めないからである。
華蓮はあらしと同じようにペラペラと本をめくってみた。
「……本当です、それしか書いてありません」
「それ見ろ」
「ええーどうなってるのー?」
「ずいぶんと変な本だなあ」
「変な本」の一言で済まされた不可思議な本は、いくら見てもそれだけしか書かれていない。
ので、5人は次のその書かれていた内容について考え込んだ。
「つまり要約すると、遠いどこかで竜が眠ってて、それを起こせばすんごいものが貰える、というわけだ」
すんごいもの、の部分で全員の目が妖しく輝いた。
「こんな「とてつもないもの」とか書いてあんだからよ、よほどすんげーものなんだろーな!」
「何てったって竜だからな」
「そんなにすごい美味しいものなのねー!」
「一体いくらぐらいのものなんでしょうか……!うふふふふ」
「お、落ち着け皆、まだ金目のものと決まったわけじゃないだろ?」
あらしがそう言うと、すっかり金の亡者と化した華蓮がくわっと振り返ってきた。
「金目のものじゃなければ何だと言うのです!」
「うわっ」
「これだけ秘密のにおいがプンプンしてるんですよ。それに竜ときたら、そりゃあもう世界を買えるほどのものになるはずです……うふ、ふふふ」
「……だめだこりゃ」
うつろな目でブツブツ呟く華蓮には、もう何と話しかけても聞こえないだろう。
「美味しいりゅうの美味しいお宝……!ああ早く食べたいわー……!」
かなり勘違いしているシロも止めるのは難しそうだ。
「それだけ金があれば……仲間と再会した後も生活に困らない……!」
「世界征服……世界征服……」
現実的な夢を描いているウミも、なにやら物騒なことを呟くクロも、そのとてつもないものとやらに夢中である。
何だかやばいものを感じたあらしは、慌てて4人の妄想に割り込んだ。
「ちょ、ちょっと待て!この話が本当かも分からないんだぞ!それを探すのか?!」
「探す価値はありますよきっと」
「でも……」
「えーいあらし!よーっく聞け!」
ズビシッとクロに指を差され、思わずあらしは口をつぐんだ。
「山のような金を手に入れてみろ!ここにある全ての本を買う事はもちろん、食費にも困らないし、乗り物を便利なものに変えることが出来るっ!」
「おおっ!」
「それに!平和な町に庭付き一戸建ての家を買い、そこそこの奥さんと結婚し子どもを育て、平凡な家庭を築き、のんびりとした余生を送る事が出来るんだぞー!」
「………!!」
あらしに衝撃が走った。
そうだ、金、金、金さえあれば、そこら辺にいる凡な人々の暮らしが出来るのだ!
のんびりとした余生、ああ何て魅惑的な言葉なんだろう。
「行こう!大量の金もとい竜のお宝を手に入れるのだ!」
「「おおーっ!」」
この瞬間、5人の心はひとつになった。
そして確信した。これからまず何をすべきかを。
「みんな……!」
「「………」」
「逃げるぞ!」
「「ラジャーッ!」」
真ん中でスッパリ分かれたままの本棚が転がったさっきよりはるかに散らかっている書庫から、5人は脱兎の如く逃げ出したのだった。
しかも例の竜の本を抱えて。
それから数十分後。
「さーて、書庫は綺麗になってるかネー?」
ご機嫌で書庫を訪れたギルドマスターが大声を発するのはこれから数秒後。
「こっこれは何なのネー?!」
しかし今更犯人を捜してもすでにこの町から逃げ去った後で。
ギルドマスターが数日間寝込んだ事を5人が知る由も無い。
竜の眠りを覚ましたものは、とてつもないものを手にするだろう―――
03/12/21