ある日ある所に、1人の人形作りの男がいました。
男の夢は、どこから見ても人間にしか見えない、限りなく人に近い人形を作る事でした。


男は家に閉じこもってひたすら人形を作り続けました。
それこそ何も食べず、少しも眠らずに、ただ夢をかなえるために人形を作り続けました。
周りは男を心配しましたが、男が家を出てくる事はとうとうありませんでした。


やがて男は人形を完成させました。
その人形は、どこから見ても人間にしか見えない、限りなく人に近い人形でした。
その人形に足りないものといえば、人の命ぐらいのものでした。


俺はやり遂げた。

男は満足そうにそう言うと息を引き取りました。



人形の中には、人形作りの男の心だけが残りました。





人形は、1組の老夫婦の元へ渡りました。
昔亡くした息子に良く似ているからと、2人が人形を引き取ったのです。


おじいさんは刃物を作る仕事をしていました。
おばあさんは、おじいさんの作った包丁でおじいさんのために料理を作ります。

トントントン。

おばあさんは、人形の隣で包丁を使います。

トントントン。

人形は毎日包丁の叩く音を聞きました。


おじいさんが亡くなってからも、おばあさんはその包丁を使い続けました。

トントントン。

人形はやっぱり毎日包丁の叩く音を聞きました。


夫と息子が待ってるから、早く私もいかなくちゃ。

ある日、慈愛に満ちた笑顔でおばあさんが眠ってしまうまで、人形は毎日包丁を叩く音を聞き続けました。



人形の中には、おじいさんとおばあさんの笑顔、それに包丁の刃の光が残りました。





1人の男が人形を拾いました。
男は1人で旅をしている所でした。


俺も随分と昔、仲間達と旅をしていたんだ、と、男は人形に語ります。

仲間はどんどん抜けていって、今では俺1人だけさ。
それも、もうすぐ終わるけどな。

男は、不治の病に侵されていました。


男が旅を止めるまで、人形は男と一緒に色々な所へ行きました。
汚い所から綺麗な所まで、全てを人形は見ていきました。
人間以外の生きるものたちにも、たくさん会いました。


やがて男は、傍らの人形を焦点の合わない眼で見て言いました。

最後はやっぱり、1人じゃなくて良かったよ。



人形の中には、行く先々の情景に、男の冒険を続ける心が残りました。





人形は、通りすがりのある劇団にスカウトされました。


これだけ良く出来た人形、こんな所で朽ちるのはもったいない。
人形に紐をつけて動かしたらどうだろう。
きっと普通の人間が動いているように見えるに違いない。

人形は、初めて舞台の上に立ちました。


劇団はいろいろな国をまわるので、いろいろな団員がいました。
違う種族同士、いつも楽しそうに笑っていました。
お客さんも、毎回違う人たちばかりでした。

人形は数え切れないほどの人々を見ていきました。
数え切れないほどの場所にも行きました。



人形の中には、数え切れないほどの人々の思いが詰まっていきました。




やがて劇団が戦争に巻き込まれました。
数え切れないほどの死を、人形は見ていきました。
爆弾はすべてを消していきました。


後に残ったのは、生きるのを止めた生き物たちに、瓦礫の山に、人形だけでした。

他には何も残らなかったのです。





静かに朽ち果てようとしていた人形の元に、ある者が現れました。

黒い服を着たある者は、人形を見下ろして言いました。




居場所をなくした人形よ、お前の中にはいろいろなものが詰まっているな


この世のほとんどのものを見てきたお前に足りないのは、もはや自らの意思だけだ


生きるものが持つ思いは、あふれかえるほど手に入れた



人形よ

ぼくが少ーし、手を貸してあげよう


あとは自分の足で歩いてごらん


そして、自分の居場所を探してごらん


お前にはそれが出来るんだよ


ほら、お前の中にはそれがあるから



心があるから






人形はむっくりと起き上がりました。
いや、それはもう人形ではありません。

生きている人形、人間です。

人間は辺りを見回しました。


ここは、どこ。


ここは、自分のいる場所です。


僕は、だれ。


自分は、自分です。



人間は立ち上がりました。
ふと前を見ると、厚い雲がこちらへとやってきていました。
時折ゴロゴロという音も聞こえます。

嵐だ、嵐が来る。

人間は嵐が来ない方向へと体を向けました。
嵐に巻き込まれては大変です。


人間は歩き出すために一歩を踏み出しました。
そして、地面をしっかりと踏みしめて、また一歩一歩と前へ進み始めました。



何のために?               探すために。


何を探す?               僕の居場所を。



人間は覚えてはいませんが、その心には確かに残っていました。

色んな人々と見てきた思い出が、人間が人間であるための想いが。



人形は、人間になる夢を見てきたんだよ。


ある者は微笑みながら、人間の行く先を見つめていました。



人形の夢は夢を抜け出して今、歩き出したんだ。

03/12/22



 

 

 














本編の流れをぶった切りましたが、この話を記憶の片隅のどこかに置いておいて下さい。
分かる日が来ます。多分。