英雄



「竜?竜っつーたらおめえ、村壊すわ森燃やすわ人襲うわでおっそろしいやつだべ」


畑仕事の手を止めて、村のおじさんAは語ってくれた。


「でもなあ、その竜をぱっぱーとやっつけちまった者がおるんだべ。それが英雄って呼ばれとるんだべさ」
「英雄?」


おじさんAの話を真面目に聞いているのはウミだけだった。

あらしはぼーっと空を見上げて話を聞いておらず、
シロはいつもの如く腹が減って食い物探してウロウロしていて、
華蓮は何かつながるものがあるのか村のわんちゃんと戯れているし、
クロなんかは立ったままグーグー眠り込むという荒業を成し遂げていた。

これも、おじさんAの話が延々30分ほど続いているせいである。
おかしい、竜について何か知っているか、と聞いただけのはずなのだが。
何だか嫁の話やら畑の調子やらおじさんAの悩みなどの話しか聞いていないような気がする。
それでもウミが辛抱強く聞いていたら、ようやくそれらしい話題が出てきたわけである。


「ああ、そりゃもう強いやつだったらしくてなあ、あーっというまに竜をやっつけて英雄になったらしいんだべ」
「それはすごいな」


ウミは素直に英雄の話に感心しているようだ。


「で、その英雄というのはどんなやつなんだ?」
「さーてそれは分からんべなあ。ただ、南の方にある町にいたとか何とか……」
「そうか、ありがとう」
「いんやいんや、それにしてもおらの息子はいつまでもクワの握りが未熟でなぁ」
「や、あの、そういえば急ぐ用事があるのでもう話はいい。それじゃあ」
「おお、元気で旅するんだべよー」


ウミがおじさんAから逃れたのを見た瞬間、逃避していた仲間達も一斉にその場から立ち去っていった。


そして、おじさんAから十分に離れた場所。そこで一同はふーっと一息ついた。


「はーっ!なんつー長ぇ話なんだよあのオヤジ!」
「もーお腹空いてたまらないわよー!」
「村のおじさんというものはこうも長話するものなんだろうか……はあ……」
「ところでどんな話だったんですかウミさん?」
「……お前らなあ……」


少し頭に来るものがあったが、ウミは英雄のことについて皆に話してやった。
結局それしか竜のことについては聞けなかったのだが。


「竜を倒した英雄の話か……そんな話があったんだ」


あらしも聞いた事の無い話だった。物語ではよくある話ではあるが、実際にあったというものを聞くのは初めてである。


「ガセネタじゃねーの?」
「噂ですし、ありえますね」
「じゃあ他の人の話も聞いてみるかなぁ」
「また聞くのー?」
「もう俺はこりごりだぞ……」


仕方ないので、今度は他のおじさんBに聞いてみる事にした。みな平等に、5人全員で。


「竜ー?ハテ、どこかで聞いた事があったべなー」
「どんな事でもいいから何か無いか?」
「竜の話だけにしてくださいね」
「おお、あったべあったべ!昔きれーなヨメさんを竜が連れてっちまったんだべ。それを英雄があっちゅーまに連れ帰ってきたんだべよ」
「また英雄?」
「んだ。ここから南にある町の方にその英雄がすんでたらしいべ」
「へー」
「よく分かりました」
「ありがとおじちゃーん!」
「ははは、そういえば近頃大根の育ちが悪くて……」


おじさんBの話が始まる前に、5人は忽然と消えうせた。

その後も色んな村人に聞いて回ったが、ほとんど同じような内容で。
村の女の子は、


「りゅうってすごくこわくてね、ガオーってわるい子はたべちゃうの。でもね、えいゆうさんならドカーン!ていっぱつでたおしちゃうの!すごいでしょ!」


村のおばさんは、


「やーねえ竜ってほら怖いでしょ?私とかの美人は攫われちゃうわーおほほほ!英雄がいたっていう南の町なら安心ってもんよねえー!」


村のじいさんは、


「わしのペットにも竜がいたがのう、南の英雄にやっつけられてしまってのう。あーばあさんや、そういえばわしの朝飯はまだかのう?」


村の犬は、


「ワン、ワンワン!」


というわけで、そのほとんどが「南にある町の英雄」の話だった。


「この英雄が何かの鍵みたいだな」
「でもこの話は昔の事なんでしょうか?そうしたらもう英雄は……」
「そうだとしても何か残ってるんじゃないかな」


5人は顔を見合わせて、よしっと大きく頷いた。


「とりあえず、まずはその南にある町に行ってみよう!」
「「おおっ!」」
「で!南にある町っつーのは一体どこにあんだ?」
「南に決まってるでしょう」
「南のどこだ?」
「ちょっと待って、地図、地図……」


あらしは懐から、ギルドからパクった……もとい、貰った地図を取り出して皆に見えるように広げた。
そして現在位置を確認し、目線をそこから下へとずらす。


「南の町は……ここだ」
「あったか」
「近いのー?」
「………」


すると、あらしはいきなり黙り込んでしまった。


「どしたあらし?」
「何かまずいものでもあったんですか?」
「……これ……」
「「?」」


そっと指差されたところを見てみれば、進む先にあるものが……
砂漠が存在した。


「これは……少々難儀ですね……」
「砂漠……」


一気にウミが死んだような顔になった。これは、完全に人魚の干物が完成してしまうかもしれない。


「さばく?」
「サバ食う?」


そして例によって例の如くクロとシロは砂漠をご存じなかった。
まったく、とため息をつきながらもあらしが説明してやる。


「砂漠っていうのは、一面カラッカラの砂ばっかりで、水がほとんど無い無茶苦茶暑い荒地なんだよ」
「じゃ、じゃあ食べ物もないわけー?」
「ないね」
「いやー!そんな所行きたくないわよー!」


シロが叫ぶとウミもブンブンと必死の形相で頷いてきた。
こりゃ諦めるしかないかなーとあらしが考えたその時、


「これぐらいでお前らリュウのお宝を諦めるつもりかああーん?」


クロだ、クロがくわっと仲間らに怒鳴ってきたのだ。


「砂漠が何だ!それを越えればすべての希望が待ってんだぞ!」


一見まともなことを言っているが、その爛々と輝いた目を見ればただ竜が見たいだけだというのが分かる。
しかし、他の仲間たちは全員ハッと思い出した。竜のとてつもないものとやらを。


「そうだ!素敵な老後をおくるためにお宝を!」
「そうですよ!金!金を手に入れるんですよ!」
「美味しいお宝!美味しい竜!」
「い、行くのか?水が全く無い大地に行くのか?」


1人ウミだけがおろおろしているが、勢いを取り戻した皆を止める事は出来ないだろう。
こうなったら覚悟を決めるしか無い。


「死ぬ気でいくぞ!砂漠の向こうの竜へ!」
「「おーっ!」」
「おー……」


目指すは英雄の地、南にある町へ。

03/12/23