砂漠の水
時折吹き荒れる砂混じりの風。どこまでも乾いた大地。直に照りつける太陽。砂漠とは、そういう所だった。
まさに未知の土地。油断は許されない場所だ。
「経験したことはあっても、やっぱり砂漠はきついな甘いr…」
額に浮き出た汗を拭って、あらしは空を仰いだ。
どこまでも続く青。しかし今はのんびりと眺める気にはなれない。
よしっと気合を入れ直して、あらしはまたペダルをこぎ出した。
そう、今回は珍しくあらしが三輪車に乗っているのだ。
「サバク怖い……サバク怖い……」
クロはブツブツと呟きながら箱の中でぐったりしている。
どうやら地獄は普通より寒いところらしく、暑さに弱いらしい。おまけに全身黒なものだからぐったりもするだろう。
対照的に天国は暑いところなのか、シロはまだ元気そうで、
「あーあ……この砂が全部食べれたらいいのにー」
と、愚痴をこぼせるほどだ。シロでも食べられないものがあるらしい。
華蓮はシロほど元気とまではいかないが、一応意識はあるようで。
言うまでも無いがウミはそろそろ干からびてきそうだ。
つまり、場慣れしたあらししか動けるものがいなかったのである。
「皆生きてるかー?」
「お腹空いて今にも死にそうよー」
「何とか、生きてます……」
「死ぬ……サバクに殺される……」
「……ミ……ズ……」
どうやらまだ生きているらしい。
「ねーねーあとどのぐらいでここ出れるのー?」
「まだまだ……砂漠は広いからなあ……」
「ごはんはー?」
「まだまだ」
「えー!もう死んじゃうわよー!」
死んじゃう可能性としては、そこで干からびている男が一番危ういと思われる。
あらしは一旦三輪車を止めてコンパスを確かめた。
何も目印になるものが無いこの砂漠では、方角だけが頼りなのだ。
「よーし、このまま前進っと」
さっきからこうやって進んではいるが、そろそろあらしも限界が近づいてきた。
とりあえずどこかで休みたい。
「何かないかなあ……」
見渡してみても見えるのは砂ばかり。
夜になれば冷えるが、夜はまたひどく寒くなるのだ。砂漠なんだから仕方の無いことなのだが。
あらしは地図を眺めながらうーんと首をかしげた。
「どこかにオアシスがあるとかいう噂を聞いたんだけど」
「水っ?!」
「本当ですか?!」
独り言を聞きつけてウミと華蓮がすごい勢いで起き上がってきた。
「何でもっと早く言ってくれなかったんですか!」
「水ー!」
「噂だし無いかもしれないし、ぬか喜びさせちゃうかもしれないじゃないか」
「おあしすー?」
「押さない慌てない喋らない素早く、ってやつか……?」
砂漠を知らなかったシロとクロがオアシスを知ってるはずも無い。
あるかどうかは分からないけど、とあらしは説明してやった。
「砂漠の中で水があるところだよ。めったにお目にかかれないんだけど……」
「水があんのかー?!」
「早くそこに行きましょうよー!」
「いやだから、まだあるかどうかも分からない……って聞いてないな……」
やんややんやと騒ぎ出した4人を見てあらしはしばらく呆れ返っていた。
が、元気が出たんならまあいいか、と三輪車をこぎ出したのだった。
数十分後、砂漠に不自然な砂煙が立ち上っていた。
砂煙は二つ。大きい砂煙の方が小さい砂煙の方を追いかけているように見える。
小さい方は、箱を引っ張った爆走三輪車だった。
「もっと、もっと早くこいで下さい!」
「無茶言うなー!」
「早くしないと追いつかれるわよー!」
どうやら何かから逃げているようだ。
その何かはというと後ろの砂煙の正体、砂漠名物ジャイアント砂トカゲ。とりあえず箱ごと5人を丸呑みしてしまえるほどの大きいトカゲである。
ちなみにこのトカゲ、雑食で結構何でも食べてしまうとか。
「食われた方が水分あるんじゃないか……?」
「冗談じゃありませんよ!しっかりして下さいウミさん!」
「あ゛ーっ!足がつるー!」
「頑張れあらしー!ファーイトー!」
正直言ってあらしは限界だった。さっき限界だったのだから今はさらに限界だ。
頭も酸欠でぐらぐらしてきた。
「おいシロ、お前あれ食えよ、腹減ってたろ?」
「嫌よ固そうだもん。クロこそぐんぐにる投げればいいじゃないー」
「オレパス。きかねぇってあれは……」
「だーっ!もうだーめーだー!」
その時、うつろな目をしていたウミがむっくりと起き上がった。
「水……」
「「は?」」
「水ー!」
「あーちょっと落ち着いて下さいウミさん!」
「こいつ、とうとう幻覚見始めたぜ」
「違うっ!水!水の気配がするんだ!」
「「ええっ?!」」
さすが人魚。そんな能力まであったか。
「本当かウミっ!」
「俺を信じろ!あっちだ!」
「えー信じろって言われてもー」
「魚だしな」
「えーい!いいから早くあっちに行け!」
ここはウミに賭けるしかない。あらしはウミの指し示す方へと三輪車を走らせた。
トカゲもドカドカとついてきたが、やがてスピードが遅れ始めた。
「あれー?あいつのろくなったわよー?」
「あのトカゲ、水が苦手とか聞いた事あります」
「じゃあ本当に……ぜいぜい……オアシスがこの先に……?」
「あー!」
立ち上がったクロが前方を見ながら大声を上げた。視力5.0以上の彼の目に何かが見えたらしい。
「どうしたクロ?」
「あれかー?!あれがオアシスってやつかー?!」
「「何ー?!」」
しばらく前に進んだら皆にも見えた。
太陽の光に照らされて光り輝くあれは、そう、確かに水面だ。オアシスはあったのだ。
「水ー!」
箱が到着しないうちにウミは水の中に飛び込んでいった。ほとんどカラのタル背負ったまま。
遅れてクロ、シロ、華蓮と次々にドボンドボンと水の中に沈む。あらしはよいしょとオアシスの脇に箱を止めた。
トカゲの姿はもうどこにも見えなかった。
「ああ、体の中に水分が吸収されていくのが手に取るように分かる……!」
「うへー気持ち良いー!オアシスサイコー!」
「あー生き返りましたねー」
「これで食べ物があれば文句なしなのにー」
きゃーきゃーはしゃぐ4人の前に、あらしは水に飛び込まずにバシャバシャと顔を洗うだけだった。
「ああ気持ち良いー……オアシスがあって助かったよ」
「ねーねーあらしも入りなよー!すっごく気持ち良いよー?」
シロが声をかけると、あらしは不自然に顔をあさっての方向へと向けた。
「い、いやいいよ……ほら、濡れるし、風邪引いちゃうし……」
「砂漠で風邪を引くか?」
「……まさかあらし、お前」
クロはバシャバシャとあらしに近づきながら言った。それはもうとても嫌な笑顔で。
「泳げないんじゃねーの?」
「!!」
ダラダラと汗を流すあらしが、その言葉を聞いた瞬間びくっと反応した。
「えー?!そうなのー?!」
「ふーんカナヅチなんですかー。へー、ほほー」
「泳げない生物が存在するなんて信じられないな」
「いーじゃねーか入っても!沈んだら助けてやっからよー。ほれほれ」
「うわーちょっと本当に全然ダメなんだって……ぎゃー!」
クロに引きずり込まれて、あらしは勢いよく水の中へと消えた。そして消えたまま、一向に出てくる様子が無い。
4人は冷や汗をタラリと流しながら顔を見合わせた。
「本当に浮かんでこないな……」
「おかしいですね、人間は浮力の関係で浮かんでくるはずですよ」
「死んだら浮かんでくるんじゃねーか?」
「ねー助けなくていいのー?」
「「そうだった!」」
ウミが急いで水の中に潜ること数秒後、すぐにあらしは水面へと引きずり出された。
さすが人魚の姿なだけあって、泳ぐのだけはめちゃくちゃ早い。
「ぶっはー!っはーはー!あー死ぬ!死ねるっ!」
「あ、生きてたー」
「どざえもんにならなくて良かったですね」
「こいつ本当に泳げねーでやんの!ぎゃはははっ!」
「くそーこの悪魔殺すっ!!」
「まっ待て刃物出すな!このまま離すぞ!」
死の大地の真ん中で盛大にはしゃぐ5人の旅人を、砂漠の水は静かに包み込んでいた。
03/12/27