南にある町
砂漠近くにあるその町は、結構な大きさの町だった。
何でも悪い竜を倒した英雄がいる町とか何とかで、よく人が訪れるからだ。
その話は伝説になっていて、この町にも英雄を崇める像や神殿が建っている。そのおかげでいい観光名所になっているらしい。
とにかくそんな南にある町に、あらし達は辿り着いていた。
「……やっとついた……」
町の門を見上げてウミが呟く。頭の中には、干からびそうになった砂漠越えの事が浮かんでいるに違いない。
「早く町ん中に入ろーぜー！」
「お腹いぱい食べたいわー！」
「とにかく休みたいですよ……」
「ちょっと待ったあ！」
盛り上がっていた所に水を差され、皆はムッとしてあらしを見た。
「何よー食べるわよー？」
「いやちょっと待って。それは困る」
「何かあるんですか？」
「皆、あれを見てくれ」
あれ、と指されたもの、それは、門のところにいる警備員らしき人物だった。
「あれがどうしたんだ？」
「あの人は、この町に入る者が怪しい者じゃないかを調べている人だ」
「それがどうかしたのかよ？」
「自分らの姿を良く見てみれこの野郎」
自分達の姿。それは、砂漠を越えてきたがためにボロボロであった。
しかしそれ以上に自分達五人組がどこをどう見てもかなり怪しい。
「これでよく調べられてみろ。悪魔に天使に人魚にオオカミ女なんて、この上なく怪しいだろ！」
「だってー本当にそうなんだしー」
「でもそれで町に入るのが遅くなるのは嫌だろう？」
「「うっ……」」
「……じゃあ一体どうするんだよ？」
クロが尋ねると、あらしはふふんと笑ってみせた。
「つまり、怪しまれないような身分になれば良いのさ」
「「身分……？」」
「まあ任せとけって」
隠して話し合いが行われた後、５人は箱を引っ張って門の前へとやってきた。
すると、警備員が５人へと話しかけてきた。
「おい、そこの旅人少し止まれ」
「はい何でしょう」
警備員に答えたのは華蓮だ。
「何の目的でこの町に？」
「家族で観光に来たんですよ、ほら、英雄でこの町は有名でしょう？」
「家族？」
「ええ。あれが夫のクロ助で私が妻のカレ美、息子のあら太郎に娘のシロ子です」
「ほうなるほど」
名前を変えたのは念のためである。身長等の関係で上手く家族に見えたようだ。
警備員は、その後ろにいるウミを指差した。
「……するとあの人は？」
「あれは気にしないで下さい。ただの奴隷なんで」
「ああなるほど、それでは町の中へどうぞ」
「ありがとうございます」
どうやら怪しまれずに無事町の中へ入る事が出来たようだ。
一同ふーっとため息をついていると、１人不満そうに呟いてきた。
「何で俺だけ奴隷なんだよ……１人だけ奴隷かよ……」
「どうしたウミ、僕の決めた身分に何か不満でもあったり？」
「ありまくりだろ！何で家族と奴隷なんだよ！」
「でもピッタリでしたよ」
「そんなフォローはいらないっ！」
「入れたんだから良いじゃないー。何か食べよー」
「おら行くぞ奴隷ー」
「奴隷言うなー！」
怪しまれずに入っても、中で怪しかったら意味無いんじゃないだろうか。
そんな事をあらしはチラッと思ったが、気にしない事にした。
５人は手始めに英雄の像がある広場とやらに行ってみた。竜とは直接関係無いが野次馬根性という奴である。
像は人間の男の形で広場の真ん中に建っていた。
「これが英雄かー」
「おっきーい」
やたらとでかいその英雄の像の足元には、何か文字が書いてあった。
「なになに、『竜を倒した伝説の英雄』か」
「へえ、随分と大きな英雄だったんですね」
「英雄を皮肉るなよ華蓮……」
「リュウの像ってのはねーのか？」
竜大好きらしいクロが広場を見渡したが、像はこの英雄しか建ってなかった。
「ないわねー」
「竜は悪役だから建てられなかったんだよきっと」
「何でぇ、つまんねえの」
ブーブークロが悪態ついていると、近くに来た屋台からおっちゃんが声を張り上げてきた。
「さーさーこの町名物英雄饅頭があるよー安いよー！」
「饅頭……」
「英雄をとことん使ってますね」
「買って買ってー！記念に買ってー！」
キャッチフレーズ「食べればあなたも今日から英雄に！」さて、そのお味は？
「きじパサパサーアンコ何か固いー」
だそうで。なかなか味にもうるさいシロだった。
５人は広場を去って今度は神殿にやってきた。これまた英雄を奉っている所らしい。
しかし、神殿の中には入れず、庭のみ観光可能だった。
「ここにも屋台があるんだな……」
「あーキーホルダーだー」
「ペナントも、茶碗もありますよ」
「リュウのはねーのかリュウのはー？」
「何も買わないからな」
人は多いし屋台はあちこちにあるしで、とても神聖な気分にはなれない。
それでも、綺麗に手入れされた花壇や何か意味ありげな台座や美しい噴水などを見ていると、神殿なんだなぁとは思える。
まあ、花壇につっこんではしゃぐ悪魔と天使や、台座に偉そうに座るオオカミ女や、噴水の水をタルに注いでる人魚とかいるが。
「って何やってんだお前ら！」
「ほれ、やっぱこういうアトラクションは盛大に楽しまなきゃな！」
「英雄ツアーよー！」
「アトラクションじゃないここは神殿だー！」
「よく見ればこれ椅子じゃないんですね」
「そう気付いてるなら降りろよ……」
「……あの、すいません」
控えめにかけられた声に、騒いでいた５人はぴたりと動きを止めた。
「これ以上騒ぐとここから追い出すことになりますが、ＯＫ？」
他の観光客が見つめる中神殿を見回る警備員に怒られて、５人はペコペコと謝り倒したのだった。
結局警備員に解放されたのは、それから３０分後だった。
「何だ、ちょっと騒いでたぐらいで。心のせめぇやつらだぜ」
「ちょっとお花かじっただけじゃないのー」
「いやそれはどうかと思うぞ」
「噴水の水詰めるのもどうかと思いますけどね」
いつものようにまた言い合いが始まったが、心なしか声を小さい。
そんなの無視であらしは華蓮が座っていた台座を凝視していた。台座の下に書いてある文字が読めなかったのだ。
それは見たことの無い文字だった。
「どうしたあらし、何かあったか？」
「これ、どうしても読めないんだ」
「……ああ本当ですね、こんなの見たことがありません」
「オレ、これ読めるぞ」
「「え？！」」
４人は信じられない目でクロを振り返った。
「これ、古代悪魔語だもんよ」
「これが？！」
「どうりで読めないと思った……」
「えーなんて書いてあるのー？」
「よーし、オレが読んでやるからちょっと待ってろ」
クロはやけに得意げに台座の前へと進み出た。こういう出番があまり無いので張り切っているのだ。
「えーっと……『聖杯を捧げろ』だとよ」
「……え、それだけ？」
「ああそんだけだ」
「聖杯を捧げろって……この台座にか？」
「そうとしか考えられませんよ」
「じゃあ、そのセイハイってどこにあるのー？」
「さあ……」
全員で首をかしげていると、クロがバッと手を広げた。
「よーっし！その聖杯を探そうぜ！」
「うわっい、いきなりどうした？」
「もしかしたらリュウに会えるかもしれねーじゃねーか！」
「でも聖杯はどこにあるんですか？」
「この町のどこかにあんだろ！さー行こうぜー！」
「あ、こらクロ！」
止めてももう遅い。クロは聖杯を探すために走り出してしまった。
４人は困ったように顔を見合わせる。
「……どうするんだ？」
「どうするって……クロもう行っちゃったし……」
「そのセイハイ探しましょうよー。どんなのか知らないけどー」
「仕方ありませんね。行きますか」
よしっと頷き合った後、聖杯を探し出すべく４人は南にある町の中でバラバラに散ったのであった。
03/12/30