聖杯



「ねーこれこれ、これはー?」
「それはマグカップですよ。聖杯じゃあないでしょう」
「ふーん……じゃあこれはー?」
「それは湯飲み。杯とは呼べないんじゃないですか?」


まるで土産を選んでいるような会話だが、シロも華蓮も真剣に聖杯とやらを探している所だ。
どこにあるかも分からないので、手始めに店を回っているのだが、


「大体どんな形なのかも分からないのに無茶ですよねー」
「ね、ね、何時に集合なのー?」
「えーっと……午後5時ですから、あと2時間ですね」
「じゃああっちのお店に行こー!ほらあれかわいーのー!」
「あ、本当ですね!いくらなんでしょう」


この2人がペアなのはシロが聖杯というものを知らなかったからなのだが……女が2人揃うとショッピングになってしまうらしい。

5人は聖杯を探すために、この町へ手分けして散っている所だ。
クロは1人飛び出してしまったのであらしはそのクロを探しに、シロと華蓮は聖杯探し、その間箱はほっておけないのでウミは留守番。
集合は午後5時で、神殿前だ。


「……暇だなあ……」


箱のそばには、いかにも暇そうな男がタルを背負ってボーっと立っていたという話である。





一方、クロを探しに町中を歩き回っているあらしは、


「くそー、クロのやつ一体どこに……」


人が多いこの町で見た目は人間1人を探すのは困難だろう。
と、思っていたが、


「おーい聖杯ー!どこにあんだ聖杯ー!」
「……どこでも目立つやつだな……」


クロは周りの迷惑を顧みず、人の多い通りで声を張り上げていた。
呼べば聖杯が出てくると思っているのか。


「おいクロ!」
「……おおっあらし!聖杯探すぞ聖杯!」
「僕はお前を探してたんだよ!しかも迷惑になってるし」
「でも聖杯が!」
「ああ分かったから、とりあえず落ち着けって」


あらしはひとまずクロを通りの角へと引っ張っていった。


「まったく……いきなり飛び出すなよな」
「だってよー、早く聖杯見つけたいだろ?」
「まあ確かにそうだけど」
「だから早く行こうぜ!絶対この町のどこかにあるだろうからよ!」


今にも走り出しそうなクロを見て、先ほどから疑問に思っていたことをあらしは口にした。


「……なあ、ずっと思ってたけどさ、クロはそんなに竜と会いたいのか?」
「あん?」
「ずいぶんと張り切っているなあと思って」
「あったりめえだろ!」


クロはぐっとこぶしを振り上げた。その目は爛々と輝いている。


「リュウはオレの憧れだからな!早く会いたいんだ!」
「へえー」


悪魔が竜にこんなに憧れを抱くものなんだろうか、とあらしは思う。
まあ地獄を追い出されたぐらいだから、仲間内でも変わってるんだろうこいつは。


「という事だから早く聖杯!探すぞ聖杯!」
「はいはい」


とうとう駆け出したクロに、あらしはため息をつきながらもついていくのだった。


しかし、クロの聖杯の知識はシロと同じようなもので、


「おい、これはどうだ!」
「いやそれはマグカップだから。さすがに聖杯じゃないだろう……」
「ほーう。じゃあこれはどうだよ!」
「湯飲みはさらに違うだろ。茶を飲むやつじゃん」


という、ほとんどシロと華蓮と同じような会話が繰り広げられていた。


「大体、店に聖杯なんて無いんじゃ……」
「そんなもんかー?」
「でも……だったら一体どこに……」
「それなりにあっやしーい所じゃねーの?」
「怪しい所?」


町にはそんなに怪しい所など無い。そう、あるといったら……。


「神殿……」
「あ?」
「一番怪しい所といったら、やっぱりあの台座のあった神殿だろう?」
「げっスタート地点じゃねーか」
「まあ聖杯がありそうな所といったら神殿だろうなあ」
「もっと早く言えっての!戻るぞ!」
「ああちょっと待ってよ!他にも怪しい所があるかもしれないんだからな!」


というわけで、そこら辺の人に聞き込み調査を試みた。
尋ねる内容はずばり、『この町の怪しいものは?』


「怪しいもの?そりゃあんた近所の田中さんは怪しいよ。あそこのダンナ、浮気でもしてるんじゃないだろうね」

「広場の英雄の像は怪しいぞ。こういう噂があるんだ。な何と、ある真夜中に像が動き出すんだっ!な、怪しいだろ?」

「あなたの運勢怪しいですぞ。ささっ、たったの1000Gで占ってしんぜよう」


と、こんなくだらない話ばかりであった。


「何か聞くだけ無駄だったんじゃねーの?」
「うーん……こんなことしてる間にもうすぐ5時だし」
「やっぱ神殿に戻ろうぜ」
「そうだね……」


2人でとぼとぼ歩いていると、同じくとぼとぼ歩いていたシロと華蓮に出くわした。
その手には、何か袋がぶら下がっていたりする。


「あ、2人とも」
「やっほー。クロ見つかったのねー」
「聖杯は……その顔じゃあ見つからなかったようですね。こっちもですよ」
「やっぱり?」
「ところで、その袋は何なんだあ?」


クロに尋ねられると、2人は気まずそうに顔を背けた。


「いやあこれはその……」
「し、仕方なかったのよー聖杯探すためにー」
「……あ、まさか、何かいらないもの買っちゃったのか?!」


袋の中を見てみると……聖杯には全く関係なさそうなものばかり。あと美味しそうな食べ物も。


「お前ら真剣に聖杯探せよな!仲良くショッピングなんかしやがって!」
「クロもいるー?美味しいわよー」
「まあ女だからな。仕方ないよなこればっかりはな」
「ものに釣られてるぞクロ」
「とりあえず戻りましょう。ウミさん1人だけ残してるから心配です」


それもそうだと、4人は急いで箱の元へと戻った。





4人が神殿の前に戻ると、そこにはちゃんとウミが待っていた。
しかしその手に持っていたものは、予想もしていなかったものだった。


「ただいまウミー」
「やっと帰ってきたか、待ちくたびれたぞ」
「っていうか、それ何?」


あらしは、ウミが手に抱えていた何かを指差した。
何だかそれはとても……いわゆる「聖杯」みたいな形をしているような気がするのだが。


「ああこれか?ちょっと取ってきた。聖杯っぽいだろう?」
「どこからちょっと取ってきたのさ!?」
「あの噴水から」
「「噴水?!」」


そうだ、と、ウミは大きく頷いて見せた。


「俺がタルに水入れてただろう?」
「ああ、無礼にも入れてましたね」
「あそこの水出てる所、取れそうだし聖杯っぽかったから取れるかもって思って取ってみたんだ。そしたらポンって綺麗に取れてな」
「「………」」
「……?ど、どうした?」


急に押し黙った仲間にウミは首をかしげた。そして次の瞬間、


「っ!でかしたウミ!」
「は、はっ?」
「すげー!これすっげー聖杯っぽいじゃねーか!」
「これがセイハイなのねー!きれー!」
「たまにはちゃんと役に立つじゃないですか!」
「な、なあ、近頃俺、結構役に立ってると思うんだが……おい」


もはやウミの言葉を聞いている者はいなかった。
とりあえず5人はワイワイ騒ぎながら聖杯仮を台座へと運んだ。

台座は、静かに聖杯が置かれるのを待っている。


「……じゃあ聖杯仮は誰が置く?」
「オレオレ!オレが置く!」
「あーはいはい、じゃあ努力賞でクロだね」


聖杯仮を手にとってクロは台座の前へと進んだ。
そして今、ゆっくりと台座に聖杯仮を……


ゴッツ!


「ってそんなに叩きつけるように置くなー!」
「は?何だよ」
「壊れたりしたらどうするんだー!」
「情緒の欠片もありませんね」
「そんなのいらねーって。早くリュウに会いたいんだから良いんだよ」
「!静かにしろ、何か聞こえるぞ……!」
「「えっ?!」」


耳をすませてみると……確かに何か聞こえる。腹の底に響くようなゴゴゴ……という音。
すると、台座がその音と共に、ズズッと動いたのだ。


「「おおおーっ!」」


あまりの感動に5人が見つめていると、台座はしばらく動いた後、静かに止まった。
どうやら本物の聖杯だったようである。


「すげえ……!」
「この下に竜がいるのか?」
「いや、英雄の方じゃないんですか?この町ですし」
「まだ下に誰がいるかも分からないんだぞ」
「……何だか不気味だわねー」


聖杯の力によって動かされた台座の下には、ぱっくりと暗い空間が広がっていた。

03/12/31