賢者の石



今まで色んな変な人たちに出会ってきたが、体の透けた人間の知り合いは1人ぐらいしかいない。
という訳で、目の前にいる体の透けた男は、間違いなくあの皇帝だった。


「「皇帝だー!」」
「久しぶりだな旅人たち。皆変わらないようでよかった……が、あの乗り物が無いな」


そう言う皇帝が一番変わっていない。もう死んだ身なのだから仕方の無いことだ。
ようやく思考が回復して来たあらしがババッと首を巡らせた。


「え、じゃあ、ここってやっぱり皇帝の国?!」
「当たり前だ」
「道理で見た事あると思ったら……。戻ってきたわけですね」


華蓮のその言葉に、全員で思わずしみじみとしてしまった。ここに訪れた時の事がまるで遠い昔の事のようだ。
そういえば、鈴木との因縁めいた対決も、思えばここから始まっていたのかもしれない。


「皇帝、あの後鈴木には会えたのか?」


思い出したようにウミが尋ねれば、皇帝は首を横に振ってみせた。


「いや、一度も会えてはいない。ついているのかついていないのか……」
「こっちは会いまくりだったぜ?嫌ってほど顔合わせちまった」
「僕はもう会いたくないな……」
「おお、何かあったのか?」


5人の様子に、特に暗い表情を見せるあらしに皇帝は首をかしげた。すると勢いをつけて5人が話し始める。


「何かあったのかって、そりゃひでえ事が色々あったんだよ!」
「まあ色々あって私の紫苑は元に戻る事が出来たんですが」
「色々あって知り合ったシャープと弥生はあいつに狙われてたり」
「ひどいのよー!色々あって鈴木ったらあらしを人形にしちゃったんだからー!」
「それも色々あったもんだから詳しい事は省略するけども」
「なるほど、つまり色々あったという事だな」


本当に分かったのか一応納得してみせる皇帝。


「鈴木には会わなかったが、こっちも貴重な情報を手に入れたぞ」
「え、なになに?」
「ちょっと待って下さい!その前にやらなければいけない事があります」


いきなり華蓮が話を止めたので、全員でキョトンと振り返った。
華蓮は呆れた様子で口を開く。


「あなたたち、当初の目的をすっかり忘れてますね」
「当初の目的?」
「「……あ!」」
「そう、弥生さんの先祖の王冠を取りに来たんですよ」
「王冠だと?」


皇帝が反応した。それを見て、5人の中にひとつの考えが浮かぶ。いやでも、そんなまさか。
全員を代表してそのまま華蓮が話を続けた。


「もしかして、王冠を持ってたりしますか?」
「もちろんだ。この国が滅びる前も滅びた後も、王の冠はこの国にある」
「じゃあおっさん、あんたに……子孫とかいたりするか?」


クロが恐る恐る尋ねると、皇帝は非常に驚いた表情になる。


「どういう事だ?」
「や、さっき話した弥生さんって人が、昔滅びた国の王族の子孫らしいんだ」
「でー、鈴木倒すのにセイイキで綺麗にならなきゃならないんだけどー」
「それには王冠がいるって言うから、俺たちが取りに来た所なんだが……」


そこで5人は話を止めた。皇帝が顔を覆って震えだしたからだ。
皇帝はそのまま震える声で言った。


「……その人は確かに、この国だと言ったのか?」
「真っ直ぐ行けって言われて真っ直ぐ来たら、ここについたし……」
「おそらく、間違いないと思いますよ」


皇帝は空を仰いだ。そして、まるで天に祈るように手を合わせた。


「……私には、妻と子どもがいた」
「「!」」
「国が滅びる直前にここから逃がしたが……手遅れだったと、思っていた」
「「………」」
「生きていて、くれたのだな……」


がっくりと膝をつく皇帝を、5人はしばらく無言で見守っていた。
そこに存在していても、向こう側の景色が見えてしまう悲しい男は、ただただ誰かに祈りを捧げている。
やがて皇帝は立ち上がり、元気よく歩き出した。


「ならば、王冠を渡さなければな。取ってくるから少し待っていてくれ」
「「おおー!」」


やはり皇帝はあの灰色の建物に入っていこうとする。その後に続いて5人も入ろうとしたのだが……。


ゴン!
「あでっ!」
「ぎゃっ!」
「あいた!」


何かに阻まれて入ることが出来なかった。目の前には何も無いはずなのに、大きな壁があるように先に進むことが出来ない。
皇帝が顔を覗かせた。


「どうした?入れないのか?」
「ちょ、これどーなってんだよおっさん!」
「いたーい!」
「それが普通ではあるのだが。この国は普通の人間には入ることが出来ないようになっているのだ」
「「えっ?!」」


しかし前は入れていたじゃないか。声を出す前に皇帝がこう言ってきた。


「しかし、この国のものを何か持っていれば、入ることが出来る」
「この国の、もの?」
「前に持っていて、今は持っていないものはあるか?」


いきなりそんなこと言われても思いつかない。5人は顔を見合わせた。


「何かあったかしらー?」
「オレ、箱か三輪車しか思いつかねえ」
「同感です」
「でも2つともこの国のものだとは思えないんだが」
「……時計」


ぽつりとあらしが呟いた。皆でそちらを見れば、あらしが複雑そうな顔でボソボソ言う。


「ほら、あの野原でシロが見つけた、あの時計」
「……ああ、そんなものもあったような……」
「今持ってないんですか?あらしさん持ってましたよね」
「いやあれ、鈴木に飲まれちゃって」
「「飲んだ?!」」


一体自分達が気絶している間に何があったのか。


「時の力を持った時計か、懐かしい。私が昔持っていたものだ」


なにやら建物の中でガチャンゴトンと派手な音を立てながら皇帝が口を挟んだ。
もしかして、この音は王冠を探している音なんだろうか。その時、皇帝が思い出したように言った。


「おお、そうだ、鈴木の貴重な情報を言うのを忘れていたな」
「それそれ!気になってたんだ!」
「何なんだ貴重な情報って!日記つけてるとかそんなんじゃねえだろうな?」
「そこまでプライベートな事は私も知らないが」


少しだけ派手な音が止んで、皇帝の言葉がそこに響いた。


「鈴木の邪悪な力の、源があるらしい」


言葉の意味が分からずに沈黙する5人。皇帝は先を続けた。


「昔は、今ほど邪悪な力を持ってはいなかったらしいのだ」
「そ、そうなんだ?」
「しかし、その力の源を手に入れて、奴は活発に動き始めたという事だ」
「その源って何なんですか?」


その時、皇帝が建物から姿を現した。
その手にはとても古いものであるはずなのにどこも欠ける事無く、いっそ神々しさを感じさせる1つの王冠があった。
しかし皆、皇帝の話のほうに集中している。皇帝は少し間を空けてから、答えた。


「賢者の石だ」


賢者の石。その単語にどこか重みがあって5人は息を呑む。
聞いた事はあるが、一体どんなものかは分からなかった。賢者の石というだけあって石なのだろうが。
その時、どこからともなく声が聞こえた。妙に聞き覚えのある声だった。


「賢者の石か……なるほど、これでようやく分かった」
「「ええっ?!」」


その声に敏感に反応する5人。やがてあらしが、瓦礫の上に見つけた。


「あーいたー!」
「うっ」


思わず投げた石にぶち当たってボトリと落ちる黒い物体。全員でそこに駆け寄った。


「うわー思わず石投げちゃってた!だ、大丈夫?」
「いたた。何だ、反抗期かい?」
「違うわっ!」
「おっ前どこ行ってたんだあ?死神!」


そう、そいつはいつの間にか姿を消していた死神だった。どうやってここまで移動したのだろう。
死神は頭を押さえながら立ち上がった。


「いや何、自分も鈴木の事をちょっと調べていたんだ。友人に頼んで」
「あなたの友人もまた変人なんですか」
「いや、女の子の写真を渡せば大抵の事は何でもしてくれる便利な友人だ」
「「変態だ?!」」


少しだけ後ずさっている間に、死神は土をはたき、そしてにやりと笑ってみせた。


「しかしこれで、行動に移せるぞ」
「「え?」」
「移すって……どういう事?」


死神は堂々とそこに立ち、真っ直ぐ堂々と言ってのけたのだった。


「賢者の石を、盗むぞ」

05/01/30



 

 

 

















死神の言う友人は、もちろんあの人です。

ちなみに賢者の石は、金を作ったり不老不死の力があったり等有名な石ですが、
ここでは「ものすごい力を秘めた邪悪な石」としてください。鈴木さん欲張っちゃった。