故郷



そこはどこかで見たような野原だった。
何の変哲も無いぽかぽかとした陽気の中、少々草の長いその野原の真ん中には一本道がずっと遠くまで伸びている。
それだけだった。平和すぎるほど、平和な所だった。


「うーん、ここ、どこかで見たような気がするけどどうだろう」


道の真ん中に立ってあらしがそうやって呟けば、隣で周りをきょろきょろ見回していたシロも頷いてきた。


「あたしもよー!どっかで見た事ある気がするわー!」
「オレもオレも!っかしーな、来た事あんのか?」


訝しげにクロも首を捻るが、分からないものは分からない。
ボーっと野原を眺めていたウミは諦めるように肩をすくめた。


「色んな所に行ったから、似たような所があったのかもしれないな」
「あーそうかも」
「そんなのどうだっていいでしょう。今は進むのみです」


華蓮がズバッと一刀両断してくれたので、道の真ん中に立ち止まっていた仲間たちはぞろぞろと歩き始めた。
柔らかい風が吹く中、野原はさながら緑の海のようにサラサラと波立っていた。
何も無い誰もいない野原には、静寂が満ちている。


「ところで、本当にこのまま真っ直ぐでいいのか?」


不安になったのかウミがそうやって尋ねてきた。このまま道に迷えば水の補充が出来なくなる可能性があるからだ。
手書きの地図を取り出して、あらしが確かめる。


「うん、一本道たどればすぐだってシャープも言ってたし」
「信用できるんですかその地図」


華蓮が信用しないのも無理は無い。その紙には、上から下へ真っ直ぐな線が伸びているだけだった。
線の上の方には「聖域」と書いてあって、下の方に赤く「ここ」と示してあるだけ。これでは地図かどうかも疑わしい。


「一本道とか言ってたしなあ」
「本当にこの通りなら地図なんていらないでしょう」
「シャープは心配性みたいだな……」


あらしと華蓮とウミが地図についてあれこれ話している間に、少し前を歩くクロとシロは呑気に喋っていた。


「しっかし簡単なお使いだよなー!王冠取ってくるだけだろ?」
「でもー、王冠がどこにあるか分かんないわよー?」
「大丈夫だろ!この先のヤヨイの故郷に絶対あるって言ってたじゃねーか」
「そうねー!探せばすぐに見つかるわねきっとー!」


クロとシロが笑い合うように、5人は弥生の祖先の国、つまり廃墟にあるという王冠を探しに歩いているのであった。
あらしが無事元に戻った事に弥生もシャープも喜んでくれた。
これでこっちの用件は済んだのだが、手伝ってもらったのだから、こっちも手伝わなくては。

という事で、みずからお使いを買って出たのだ。もちろん、5人で。


「ところでー、王冠ってどんなのかしらー?」


シロがそう尋ねてきたので、クロもハテと首をかしげた。


「オレも実物は見た事ねえなー。何てったって、王冠だもんな!」
「そうよねー!王様のものだものねー!」


王の冠。そこで2人は顔を見合わせた。どうやら同時に同じ事を思いついたらしい。
それから、揃ってニヤリと笑いながら後ろを振り返る。そこにいたのは、


「……な、何だ?いきなり」


嫌な予感を感じたのか、少し警戒した様子のウミがいた。そうだ、そうだった、ここに本物の王族がいるじゃないか。
2人は意気込んでウミに迫った。


「おいウミ!お前本物の王冠見た事あんだろ?」
「どんなのか教えてー!」
「え、いや、無い」
「「無いの?!」」


クロとシロだけじゃなくあらしと華蓮も驚いた声をあげる。
そんな皆の様子を見てウミは少々悩み始めた。何か思い出しているらしい。


「というか……まああるとは思うが、父さんが被りたがらない人で、俺も見た事無いんだ」
「な、なるほど」
「ポールさんなら嬉々として被りそうですがね」
「「同感」」


ある意味誰よりも吟遊詩人だった義兄を懐かしむ。
あまりポールを好いていなかった華蓮はすぐに現実に戻ってきて、皆を急かした。


「ほらほらまた歩みが止まってますよ。道は一本なんですから早く先行って下さい」
「へいへい」
「王冠楽しみねー」


ブラブラとまた歩き出しながら、クロが空に向かってため息をついた。


「あーっだりいなー。そういや、箱ってどうしたんだっけか」
「「あっ」」


全員でハッと気付く。そういえば、今まで気にしていなかったが、手作りのあのボロ箱はどこにいったんだ。
すると、ウミがポンと手を打った。


「そうだそうだ、箱は人魚の国においてあるぞ」
「「嘘っ!」」
「ルーおばさんに飛ばされる時、置いたままだったんだ」


そういえばそうだった気もする。5人がいったん別れたときに、箱を忘れていたようだ。
あんなボロ箱も今ここにあったらまだ楽だったろうに。全員で息をつく。
わずかにそよぐ野原に目をやりながら、あらしはポツリと呟いた。


「そういえば……何か、久しぶりだなあ……」


主語は言わなかった。しかし、全員が分かった。こうやって5人で、5人だけで旅をする事が、とても久しぶりのように思えたのだ。
実際本当に久しぶりかもしれない。他の者も混ざったりバラバラになったりして、今まで忙しかったから。


「何だか、ホッとするわー」


心地良さそうにシロも言った。多少急ぐ用事ではあるが、全員同じ気持ちだった。
しばし風の音だけを耳に入れる。気持ちの良い時間。
それは、仲間の空気であった。


「これで箱があったら完璧なのになーっ」
「鈴木の件が終わったら、改めて取りに行こうか」
「そうしましょうか。箱はともかく三輪車が勿体無いです」


急ぎ足でものんびりした歩きでもない、5人の速度。何故だか、帰ってきたような気分だ。
どこから、どこへ、それすらも分からないが。
その時、ふとウミが言った。


「そういえば、死神がいないな」


最初はそのまま歩き続けた。やがてあらしがバッと後ろを振り返る。


「うわ本当だいないー?!いつから、いつからだっけ!」
「やっべー全然気付かなかったぜ!そういやいねーよ!」
「忘れてたわー!何でー?」
「別に良いんじゃないですか?いなくても」


華蓮の言葉に、慌てふためく4人の動きが止まる。


「あの人、あらしさんを元に戻すために現れたんでしょう?役目は果たしたんだから、帰った可能性がありますよ」
「う……そ、そうかも」
「心配しなくても、あれなら大丈夫でしょう」


さりげなくあれとか言ったが、なるほどと全員が納得した。確かに、あれならほっといても大丈夫だと思えた。
という事で、気を取り直して5人はまた歩き出した。


「よーし、このまま真っ直ぐ行くぞー」
「「おー」」


野原が終わるのは、もうすぐだった。





5人は並んで立ち尽くした。別に、衝撃的な景色が広がっていたわけではない。
野原が終わり、茶色の大地をしばらく進んだ所で目の前に見えてきたものは、近頃見飽きたものであった。
つまり、瓦礫まみれの荒れた土地だった。


「……嘘」


しかし5人は立ち尽くす。まるで信じられないものを見ているかのように目を見開く。
それには、理由があった。この光景は、つまり、


「覚えてる。この景色完全に覚えてる」


見飽きたどころではなく、見知った所だったのだ。
聖域が隠されたあの遺跡に戻ってきたわけではない。もっとずっと前にここを訪れたのだ。


「いや、いや、気のせいかもしれない、もしかしたら」


まだウミがそう言っているが、皆もう確信していた。ここが、どこなのかを。
ただ前を見据えながら、華蓮が口を開く。


「……とりあえず、進みましょう」
「「おう……」」


おそるおそる目的地へと近付いていく。瓦礫が周りを取り囲んでいった。あの遺跡よりも荒れている。
それは自然に滅びたというより、滅ぼされたような姿だった。
やがて、前方に何か目立つものが見えてきた。


「「………」」


全員無言でそれを見た。目の前に立つのは、なかなか大きな灰色の建物だった。
この廃墟の中でその形を崩す事無く、しかも辺りが妙にガランとしているので異様に目立つのだ。
その時、視力が化け物並みに良いクロが低く呻いた。


「やっぱりいるぞおい……」
「「!」」


思わず立ち止まる5人。何がいるって、そんなの聞かなくても分かっていた。予想していたからだ。
その時、声がした。


「近くに来たから戻ってきてみれば、いやはや、縁があるな旅人達よ」


三度目の展開に頭が真っ白になりながら、5人は体の透けた男と再会した。

05/01/28