審判の日
聖域へと続く壁から、ぞろぞろと何人かが出てきた。とても慌てた様子だ。
「いねえぞ!」
「もっと先のほうに行ったのか?」
「まったく、いきなりどうしたんでしょうか」
「何かあったのかしらー?」
クロもシロもウミも華蓮も、いきなり飛び出していったあらしを探していた。
理由はまったくわからないままだ。ただ逃げるようにあらしは走っていってしまった。
部屋の出口へと駆け出そうとした時、隣からのんびりとした声がかけられた。
「ん?騒がしいが、何かあったのかい?」
「「死神!」」
聖域には入らずにここに残っていた死神だった。全員でそこに駆け寄る。
「それがー、あらしったらいきなり走っていっちゃったのよー!」
「へえ」
「こっちに来たように見えたが、ここを通らなかったか?」
確かにあらしは聖域を出たと思ったのだが。死神は少しだけ考えるそぶりを見せて、頷いた。
「そういえば目の前を走っていったな」
「「止めろよ!」」
「しかし君たちは、その暴走の理由を知っているのかい?」
改めてそう尋ねられて、4人は言葉に詰まってしまった。訳が分からないままあらしは行ってしまったんだから、分かるわけがない。
ほとんど八つ当たり気味に、悔しそうにクロが叫んだ。
「んじゃあお前は知ってるっていうのかよ!」
「知ってる」
「「嘘っ?!」」
事も無げに頷く死神に全員で驚く。その場にいなかったくせに知っているというのか。
華蓮が死神をギロリと睨んだ。
「あなた、何か私たちの知らない事を知っていますね」
「うん、確かに答えはイエスだな」
「イエスなのか?!ならそれを教えてくれ!」
「隠してちゃ駄目よー!教えてー!」
「てめえ教えやがれこら!」
「隠していたつもりは無いんだがな」
4人が少しだけ落ち着くのを待ってから、死神は口を開いた。
「まず君達は、ある事を誤解している」
「「え?」」
「何故あらしだけが人形にされたのか、分かるかい?」
思わず全員で顔を見合わせた。そういえば詳しい理由は聞いていない。本人からも。
「何でー?」
「どーいう意味だ?」
「まず何を誤解しているというんですか」
「人形に姿を変えられた、その点だ」
「その点って……」
言葉の意味が分からなかった。死神は微笑んだまま次々と言葉を発してくる。
「君達はあらしが鈴木に魔法で人形にされたと思っただろうが、それは違う」
「「は?」」
「鈴木は別に人形にする魔法は使っていない。ただ魂を、心を取っただけだよ」
「じゃあ何で」
「そうだそうだ!何で人形に」
「つまり、魂を取られた事で魂が入る前、元の姿に戻ってしまったわけだ」
死神の次の言葉に、皆は目を見開く事しかできなかった。
「あの子は、元、人形なんだよ」
「「……は?」」
口から出てきたのは、呆れたような声だけであった。まったく信じることが出来ない。だって、
「人形が人間になるだなんて、信じられないか」
死神が先に言ってしまったので、やはり何も言う事が出来ないままだった。沈黙する4人を見て、死神が再び口を開く。
「だがしかし、実例がちゃんといる。これは本当の事だよ。あの人形の体を見ただろう」
「「………」」
「まあ、魂を入れたのは自分だがな」
「「お前かよ!」」
「うむ。だけど、これだけは覚えていてくれ」
ピッと人差し指を立てて死神は言った。
「人間になりたいと願ったのは、他の誰でもない「あらし」だ」
「「……!」」
「本人は、正体が君達にばれるのを恐れて思わず逃げてしまったようだが」
一歩も動けないままの4人に背を向けて、死神は歩き出していた。この部屋の出口、外への通路へ。
「これから君達がどうするか、それは君達が決めることだ」
「「………」」
「自分は、しょうがない息子を慰めにいかなければならないからな」
ブラブラと歩きながら死神は出て行ってしまった。そこには、4人の仲間たちだけが取り残される。
やがて、ポツポツと声が出てきた。
「なあ……どうするかってよ」
「言ってましたねそんな事」
「どうするって」
「そんなのー」
決意をともした瞳で、4人は1つ頷いた。
「「もう最初から、決まっているじゃないか」」
その頃、瓦礫まみれの遺跡内。
「ああいくら混乱してたとはいえいきなり飛び出すなんて何やってんだ落ち着けビークール落ち着けない落ち着けないよ」
何だか頭を抱え込んでブツブツ言ってるあらしの姿があった。瓦礫の影に隠れて反省というか後悔しているらしい。
「おかしいなあ……逃げるつもりじゃなかったんだけどなあ……」
瓦礫の壁に背中を預けてため息をつくと、それは思ったより重いものだった。
皆がまだ知らないのなら、自分でちゃんと言おうと思ったのだ。それなのに、今こうして外に逃げ出してきている。
「本当、何でだろう……」
口ではそう言っているが、あらしは内心分かっていた。あの時、自分の人形の体を見て、恐ろしくなったのだ。
死神から聞いた話が現実として目の前に突きつけられて、怖くなったのだ。自分が人形だったという、その現実が。
ズルズルと体を沈めて、あらしは自分の顔を覆っていた。
「……弱いなあ」
ポツリと出てきたのは本心だった。仲間に話す前に、自分で自分から逃げているのだから。
これじゃあ、どうしようもないじゃないか。
「そうだ、弱いな」
ふいに自分以外の声が上から降ってきた。顔を覆っていた手の隙間から頭上を覗いてみれば、そこは黒かった。
「でも、それが「人間」そのものなのかもしれない」
瓦礫の上に腰掛けて足をブラブラさせる死神を見ていると、何だか全てが馬鹿らしくなってくる。
あらしはその足を半分睨みつけながら手を顔から外した。
「違うよ」
「ん?」
「人は強いよ」
「ほう」
意外な答えが返ってきたので、死神は面白そうに声をあげた。反対にあらしはつまらなさそうに頬杖を付く。
「どこが強いと思う」
「どこって、そんなの分からないけど。皆強いし」
「皆?」
「そう、皆」
あらしが指すのは、きっと彼の仲間たちのことだろう。1人ずつ死神が思い浮かべていると、下からさらに声は伸びてきた。
「あんたも強いし」
「……ん?自分が?」
「いや、強いっていうか……図太いというか」
「ああそれは、分かる」
自分で頷くのであらしは呆れた。自覚している方がしていないよりはマシかもしれないが。いや、余計タチが悪いか。
呆れた目で見上げていると、死神の楽しそうな顔がこちらを覗き込んで来た。
「自分が人間に見えるかい?」
「……いや、少なくとも普通の人間ではない」
「だろう」
何故だかその声が満足そうだったので、あらしは悔しくなった。
悔しくなったので、付け足す。
「でも人の姿ではあるじゃないか」
「人形も、その名の通り人の形をしているな」
「………」
しまった墓穴を掘った。苦い顔であらしが黙り込むと、目の前に黒いものが音も無く落ちてきた。
一瞬、その肩に担がれるでかい鎌に当たりそうになってわずかにびくつく。
「大事なのは、他人の目ではない」
振り返った死神は、座り込むあらしの目線にあわせてしゃがみ込んで、笑った。
「自分の心だよ」
「……自分の?」
「いくら他人が認めても、自分が認めてやらなきゃな」
いっそ無責任なほど楽しそうな顔の死神は、そのまま言った。
「今日はとても大事な日だぞ」
「え?」
「自分への、審判の日だ」
審判。その響きに、あらしは知らず汗を流していた。
何だかとても重要で大事な事を審判しなければならないような気がした。
05/01/15