嘆きの歌



遺跡は遠くから見れば見るほど何も無い瓦礫の山であった。
これでは確かに誰も近付こうとはしないだろう。天国へ続く階段があることもまったく分からない。
この中に何年も、聖域は隠されてきたのだ。


「そういえば、あの黒い人は何という名前なんだ?」


今更のようにウミが尋ねれば、クロもシロも華蓮もシャープでさえもあっという顔をした。
何故だろう、今まで気にもしていなかった。全員で隣をのんびりと歩く男を見る。
すると、クロの手にぶら下がる漆黒の鳥かごの中からあらしが答えた。


『あれ、死神っていうんだってさ』
「あれとは失礼だな」
「「死神?!」」


皆が固まったのを見て、やっぱりなあとあらしは内心思っていた。何というか、人間の名前としてふさわしくないと思う。
しかしこの黒い男死神は、死神なのだ。


「あーだから鎌持ってるのねー!」
「うーん。これはずっと持っていたものだがな」
「ずっと持ってるのか?」
「うむ。さて、鎌を持っているから死神なのか、死神だから鎌を持っているのか、どっちかな」
「どっちだって同じでしょうが」


話しているうちに遺跡についた。聖域に続く入り口はもう少し先だ。
散らばる大小の岩々を眺めて、ハッとあらしが声をあげた。


『そうだ!あの鈴木の爆発、大丈夫だった?』
「んなの大丈夫に決まってるだろ!お前が一番大丈夫じゃ無かったって事だぞ!」
『うん、爆発は大丈夫だったんだけどね。ウミの上にちょうど落ちたもので』
「あっお前だったのか俺の上に落ちてきたの!」


あちこちに見える細かな石はその時に飛ばされてきたものだろう。爆発は思ったより大きいものだったようだ。
よく生きていたものだ。


「ねーねー、人形にされた時、痛かったー?大丈夫だったー?」


シロがふいに心配そうな顔で鳥かごを覗き込んできた。人形にされるだなんて、普段は想像出来ないものだろう。
しばらくあらしは沈黙していた。


『……いや、痛くは無かったよ』
「本当ー?」
『うん、でも……ちょっと、怖かったかな……』
「それはそうでしょう。人形にされてしまったんですから」


そう言いながらも華蓮の目は優しかった。シロも大丈夫よーと鳥かごをポンポンと撫でてくれる。クロもウミも笑っていた。
それを見て、皆が本当に心配してくれていたのが分かった。何だか、不思議な心地だ。


『……ありがとう』
「お礼はちゃんと元に戻ってからでいいだろう」
「んだんだ!」
「もうすぐ聖域でありますよ!」


前を歩くシャープも元気よく笑いかけてくれる。もうすぐ、全てが元通りになる。
そのはずなのに、何故だろう。不安は大きくなるばかりだ。この恐怖の正体を、あらしは知っていた。
これは、体が震える原因は……。


「ああ、あれが入り口だな」


死神ののんびりとした声が届いた。前を向けば、本当に小さな入り口が見える。
あの奥には大きな部屋があって、そしてさらに奥に聖域があるのだ。
自分の体が、もうすぐ見えてくる。





部屋は、古代の文字の放つ光によってぼんやりと浮かび上がっていた。変わらない様子に、シャープがホッと息をつく。


「どうせだから、聖域に中に入ってしまうのであります」
「えっいいのか?えーっと、あれだ、汚れちまうとか言ってたじゃねーか」
「それは用心のためであります。聖域はそんなに簡単に汚れないのでありますよ!」


許可を貰ったのならば遠慮なく中へ入ることが出来る。
奥の壁、聖域に入り口へと近づいた所で、後ろから声をかけられた。


「体に魂を戻す時は、歌姫の力を借りるといい」
「「え?」」
「おそらく出来るはずだから」


そうやって言う死神は、足を止めていた。


「あんたが戻すんじゃないのか?」
「それがな、自分はその聖域には入らないほうが良いだろう」
「あなたが邪悪だからですか」
「遠慮が無いなあ」


頭をかきながらも否定はしない。その表情は、どこか苦笑しているように見えた。
確かに全身真っ黒だが、邪悪、というより邪気は感じないのだが……。


「まあ、早く入れてきてくれ」
『え、本当に行かないの?!』
「ん?何だ?パパがいないと不安か?」
『うっさい!自分でパパ言うな!』


いつの間にか2人は漫才コンビになっていたらしい。死神が本当に来ない様子だったので、皆は壁の中へと入っていった。
そのまますり抜けられるらしい。意外と薄かった壁を一思いに潜り抜ければ、そこには……


「水だー!」


1人先に飛び出していったものもいたが、たしかに水もあった。中央に噴水があったのだ。
周りの景色は、輝くほどの白い石柱に、鏡のようにこっちの姿を映し出しそうなピカピカの床。
そこに、弥生がいた。


「皆さん!一体どうしたんですか?」
「弥生、いきなりゴメンなのであります!」
「……!まさか」


何かに気づいた弥生は皆を見渡し、漆黒の鳥かごを見つけるとそこに駆け寄った。


「あらしさんですか!」
「お、分かるのか!」
「ええ!ああよかった、無事だったんですね……!」
『ああああそんなくっつかれたらそんなああああ』


弥生が鳥かごごと抱きしめるので、中の光の玉はいっそ可哀想なほど跳ね回った。
剥き出しの魂だと本当に感情が丸分かりだ。華蓮が冷やかすように口を開く。


「そんなに心配だったんですか?」
「もちろんですよ!だって、大切なお友達ですから!」
『分かってたもういいんだ友達でいいんだ』
「あ、しぼんだわー」


跳ねたりしぼんだりするあらしを面白がっているうちに、シャープが聖域内を走り回りながら弥生に尋ねた。


「ところで弥生、あらし君の体はどこにあるのでありますか?」
「あ、それなら向こうの花畑の中に」
「わざわざ花畑の中に入れたのかよ!」


まるで本当に死人のような扱いだ。緊張するように光が鳥かごの中でビクリと固まる。
全員で、花畑があるという方向へと向かった。
人形の体は、花に埋もれるようにそこに在った。


「あー本当に埋まってますね……。死んでるみたいじゃないですかこれじゃあ」
「華やかにしておきたかったんです……」
「華やかではあるが」
「でもこれって、どうやって戻すんだよ?鳥かごから出したら消えちまうんだろ?」
「そういえば弥生の力を借りろとか言ってたな」


皆が何か話し合っていたが、あらしには聞こえていなかった。ただ前を見ていたのだ。
ただの無機質の塊となって横たわっている、自分の体を。

本当に、人形だった。


「弥生、出来るのでありますか?」
「……ええ、やってみせる……いいえ、やります!」


弥生が頷いたのを見て、クロは鳥かごをその場に置いた。そこに、弥生が静かに近付いてしゃがみ込む。
鳥かごの開け口に手をかけて、準備万端だ。


「……行きます」
「「……!」」


皆が固唾を呑んで見守る中、弥生の手がゆっくりと鳥かごを開けた。
そして優しく、形を崩さないようにそっと光をその手ですくい上げる。光がかすかに震えた。
光が鳥かごから引き出される瞬間、それは聞こえた。


「あ」
「歌……」


弥生は歌っていた。光を護るように、柔らかく歌う。ウミがハッと声をあげた。


「そうか、歌姫の力だから『歌』なのか」
「消えないように、歌で護っているわけですね」
「すげーな歌姫ってのは!」
「でもー……、何だか、悲しい歌だわー」


シロの呟きに、もう一度歌に耳を傾けた。それは、確かに魂を護る歌であるはずだった。
しかし、じっと聞いていると……どこか悲しくなる旋律。何故なのかは分からない。


「歌にはそれぞれの力が込められているのであります」


弥生を見守りながら、静かにシャープは言った。それではこの嘆きの歌は一体何に向けての歌なのだろう。
弥生は歌いながら人形の方へと歩いていく。そしてそこにしゃがみ込むと、光を、人形の上へと落とした。
人形の中に、光が吸い込まれると同時に歌は終わり、


光がそこに満ちた。


「わっ眩しっ!」
「何?何だ?」


思わず光を避けて目を覆う。光はすぐに消えた。そこには、先ほどと変わらない光景がある。
その時、景色が動いた。


「……うっ」


花畑の一部が揺れた。いや、揺れたのは花ではなかった。その中に埋もれていた人間が身動ぎしたのだ。
すると、呻き声をあげて、上半身が起き上がった。


「……戻った?」


ポカンと自分の体を見下ろす人間、あらし。確かめるように右手を握ったり開いたりしてみる。
どこにも異常は無かった。そこにあるのは、人間の手だった。
仲間たちも近寄ってきて、頭とか腕とか触ってみる。


「……普通だよな?」
「これは、普通だな」
「人形じゃないわよねー?」
「人形ではありませんね」
「……人間、かな?」


最後にあらしがそう尋ねれば、顔を見合わせたほかの4人が同時に頷く。
頷いた瞬間、喜びが爆発した。


「「戻ったー!!」」


飛び跳ねたり叩いたり叫んだり笑ったり、本当に爆発したように騒がしくなった。
傍らにいた弥生とシャープも安堵の息をつく。


「よ、よかった……!戻って本当によかった」
「よくやったのであります弥生!」


戻った戻ったと喜びまくる皆を見ていたら、あらしは何かに気が付いた。
気が付いたとたんに、まるで冷水を浴びたように気持ちが冷えていく。

違う。戻ったんじゃない。だって、本当は、人間ではなくて……。

でも皆はそれを知らない。……まだ、知らない。


「……っあ」


気付けば立ち上がっていた。少しふらついたけどそれっきりだった。ちゃんと立てる。
皆は、いきなり立ち上がったのに気付いて振り返ってくる。


「……あらし、どうした?」
「大丈夫ー?」


何か言おうとして、上手く声が出なかった。パクパクと口を動かして、結局何も言えない。
今は目に見える全てが恐ろしかった。震える足は、ジリジリと移動して、そして、


「あっ!おい待てよ!」
「どこに行くんですか!」


あらしは何かから逃げるように、駆け出していた。

05/01/08