自由市場



「すいませーん、それいくらですか?」


後ろから声をかけられ、通りを歩いていた鎌を担ぐ黒い男死神は、ん?と振り返った。
そこには、一般人と思われる人間が立っている。


「いくら、とは?」
「それ、素敵なランプだから買いたいんですけど」


人間が指したのは、鎌にぶら下がる漆黒の鳥かご。中では小さな光が瞬いている。
ああ、と納得してから、死神は申し訳なさそうに言った。


「これは自分のもので、売り物ではないんだ」
「あ、何だそうだったんですか。すいませんでした」


去っていく人間の後姿を見送ってから、やがて死神はフッと笑った。
それと同時に、背後から悲しみと怒りの混じった声が響く。


『これで何回目だっけ……』
「3回は確実だと思うが」
『何で?!何でそんなに商品扱いされるのさ!まあ気持ちは分かるけど!』


鳥かごの中でボンボン跳ねる光の玉あらしを、死神は笑いながらなだめた。


「それは、ここが市場だからかもしれないな」
『いやそれが主な原因だと思う』


2人がいるのは、ある町の自由市場だった。
自由の名の通り、そこには何でも揃っている。少し裏通りに入れば、怪しいものもたくさん売っていそうだ。
幸い、死神が立っているのはもっとも人の動きが激しい中央通りだった。


『でも、どうしてこんな所に来たんだよ』


少々ふてくされたようにあらしが言う。早くこの鳥かごから出してもらいたいのだ。
分かってる、というように頷く死神は、何かを探すように首をめぐらせていた。


「市場には色々なものが揃っている、そうだろう?」
『ああ、うん。そうだけど、それが何?』
「探し物を探すには一番適しているという事だ」


つまり、やっぱり何かを探しているらしい。
色んな店をあちこち歩き回った死神は、やがて落胆するようにガックリと頭も肩も下げてしまった。


「プリンが無い……」
『プリンって何?』
「プルプルしてて甘くてとろけるような舌触りが最高な非常に美味いお菓子だ」
『お菓子か!何探してんだよ!真面目にしろ!』
「真面目なんだがな」


まだ未練があるのか、再び死神は歩き出した。ゆらゆらと揺れる鳥かごと共に左右に揺られながら、あらしがふと尋ねた。


『そういえば、あんたお金持ってるの?』
「ん?」


まるで確かめるように懐に手を伸ばす死神。取り出した手の平を見て一言、


「あっ」


しばらく続く沈黙。その後まるで何事も無かったかのように死神は歩き出した。


「金の単位が違ったとかそんな事はないぞ」
『いや聞いてないし!単位違うって何?Gじゃないの?!』
「これじゃやっぱり駄目か」
『駄目だね』
「駄目か。それなら奥の手しかないな」


あらしの見ている中、死神は通り過ぎる商品の台の上からひょいと1つの石を拾い上げた。
あまりにも自然な動作だったので、あらしはしばらくしてから反応する。


『嘘!今万引き?!万引きした!』
「金の無い時は盗れ、これが旅の極意だとか聞いたが。うーんこれは違うな」
『誰だそんな事言った奴!こら捨てるなー!』


2人の漫才のような会話は、普通に万引きが行われる中しばらく続いたのだった。





自由市場のあるこの町は、大きな道が西へ東へ伸びている。
つまり、この大勢の人々は西から東からやってきて、そして去っていくというわけだ。
それでは、来たと南には何があるのかといえば。


「北には私達のやってきた遺跡、南には国の跡、つまり廃墟があるのであります!」
「なるほど、間に町があるのか」
「よくこんな所に市場なんて出来ましたね」


シャープの説明を聞いているのはウミと華蓮だけであった。クロとシロは共に市場の華やかさに見とれている。
4人とシャープが立っているのは、町の中の市場の入り口だ。


「こんな所だから市場が出来たのでありますよ!遺跡と廃墟に挟まれているのでありますから」
「えっ何でだ?」
「なるほど、遺跡も廃墟も避けてここを通る人々が集まって出来たわけですか」
「正解なのであります!」
「な、なるほど……」


お勉強会はここで終わった。痺れを切らしたクロとシロが割り込んできたのだ。


「だーっ!いつまでやってんだよ!早く行こうぜ!」
「そうよー!美味しそうな食べ物いっぱいありそうよー!」
「あっでもこの町は通り過ぎるだけで良いのでありますよ?」


控えめに引き止めるシャープであったが、この勢いを止める事は出来なかった。
クロとシロ、そしてつられてウミまで市場の中に飛び込んだ。


「しゃー!何か買うぞー!」
「いや待て俺たちお金持って無いぞ!」
「どっちでもいいわー!何か食べるわよー!」
「……まあこうなるとは思ってましたがね。止める人もいないし」


ため息と共に華蓮が呟く。止める人とは、もちろん彼らのもう一人の仲間だ。
戸惑うシャープに、華蓮は笑いながら話しかけた。


「行きましょう。このままじゃ知能が足りない人たちですからはぐれますよ」
「そ、そうでありますね。……って何気にひどい事言っているのであります!」


幸い、3人はそれほど先まで行ってはいなかった。呆然としたように何かを見つめてそこに立っている。
眉を寄せて華蓮が尋ねた。


「どうしたんですか。通行の邪魔ですよ」
「カレンー!あれ、あれー!」


裾を引っ張りながらシロが前方を指差す。それを見て華蓮も同じように呆けてしまった。
遅れてやってきたシャープが、前を見てハッと声をあげる。


「あっ、あの黒い人なのであります」


そう、いきなり現れていきなり去っていったあの黒い男がいたのだ。
見間違えるはずが無い。あんなに黒ずくめでしかも馬鹿でかい鎌を持っている奴なんて他にいるわけが無いから。
男は物色しながら、金も払わずに品物を取ってそして捨てていく。しかし誰もそこにつっこめなかった。


「……あいつ、何でここにいるんだ?」
「帰ってきたのかしらー?」


帰ってきた?今までどこに行ってきたんだっけ?
そこまで考えた所で、4人はいっせいに黒い男へと飛び掛っていた。


「「こらー!」」
「おおっ」


体当たりを受けた黒い男は少しだけヨロついて、そして振り返ってきた。


「……ああ、何だ君たちか、奇遇だな」
「奇遇だな、じゃねぇぇぇ!ここで何してんだよてめえ!」
「物色してたが」
「それは見たまんま分かってるんですよこの間抜け男」
「随分な言い分だなあ」


相変わらずマイペースな男に、4人は更に詰め寄っていた。


「まさか約束を忘れているわけじゃないよな」
「ん?約束?」
「あらしを連れ戻してくれるって言ったじゃないのー!」
「ああ、それか、うん。そうだったな。大丈夫」


納得した黒い男は、肩に担いでいた鎌をよいしょと下ろした。そして、そのまま何かを突きつけてくる。
それは、とても奇妙な漆黒の鳥かご。その中には、さらに奇妙な事に小さな光が浮かんでいた。


「これがあらしだ」
『あう』


動揺するように光から漏れた声。聞きなれた声だった。
少し響いたような声であったが、この声でしょっちゅう怒鳴られたのだから間違えようも無い。
固まる4人へと、光はためらうように話しかけた。


『ああーえっとー……久しぶり?じゃあ、ないか』


頼りなさげに揺れる光、あらしを、真っ先に鳥かごごと抱きしめたのはシロだった。


「やったー!あらしだわー!よかったー生きてるわー!」
「まじであらしかよ!何だお前随分と縮んでんじゃねーか!」


さらにクロがシロごと鳥かごを持ち上げる。ぐるぐるとそのまま回されるあらしを見ながら、ウミがハーッと息をついた。


「本当にあらしなのか……。無事でよかった」
『いやいや目回る目無いけど回ってるって!だっ誰か助けてー!』
「確かにあらしさんみたいですが……あれが魂、というわけですか?」


1人華蓮だけが眉を寄せたままだが、それは疑うというより心配そうな表情だった。
満足そうに様子を眺めていた黒い男死神がそれに答える。


「うむ。魂という名の心の光だ。おっと、鳥かごから出してはいけないぞ」
「えー何でー?!」
「閉じ込められて可哀想だろうが!」


鳥かごを開けようとしたシロとクロを、死神はマイペースのまま止めた。


「出してしまうとあらしは消えてしまうが」
「きっ消えるのか?!」
「それを早く言ってよもー!」
『でも早くここから出たいんだけどなー』


呟くあらしを見て、シャープがパンと手を叩く。


「では早く体の方へ戻してあげた方が良いのであります!」
「でも体は……弥生の所へ残してきてしまったぞ」
「それなら戻れば良いのであります!」
「いいのか?王冠は」


ウミの問いに、シャープは良い笑顔で首を振ってくれた。


「あらしさんを元に戻す方が先なのであります!」
「……!ありがとうシャープ」
「じゃあ早く帰りましょー!」
「そうだ早く戻すぞー!」
「待ちなさい2人とも、出口はこっちですよ!」


やっとあらしを元に戻してやれると、全員の心が浮かれきっていた。そんな中、当の本人だけが不安そうに鳥かごの中で揺れている。
それに気付いたのは、のんびりと隣を歩いていた死神だけだった。


「どうした?」
『あ、死神、あ、あのさ』


他の誰にも聞こえないように、あらしは死神に言った。


『もしかして皆……知らない?』
「……うん、そうだな。知らないな」


それを聞いて、鳥かごの中の光は余計に揺れた。まるで何かに怯えるように。
その様子を少し悲しそうに見つめた後、死神はポンと鳥かごを叩いてやった。


「大丈夫だよ」
『………』


光のかすかな返事は、皆の騒ぐ声に掻き消されてしまった。

05/01/04