王冠



聖域とは、とても神聖で清潔で綺麗な所、らしい。そんな場所を汚す事は絶対にしてはならない。と、いう事で。


「私達は聖域を汚さないよう外に出ておくのであります!」


シャープの言葉に従って今、クロもシロもウミも華蓮も遺跡の中でボーっと色々待っている所だった。
もちろんシャープも聖域には入らない。つまり、聖域には弥生ただ1人が入っていったのである。


「あーあ、セイイキってどんな所だったのかしらー」


ゴロゴロしながらシロがつまらなさそうに呟いた。本当に暇で仕方ないのであろう。
同じくゴロゴロしていたクロも大きく頷いた。


「気になるよなー!ちょっとでも良いから見てみたかったぜー」
「やっぱり、綺麗な水がたくさんあるんだろうな……」


体育座りのウミが遠い目を虚空に向けながら夢見心地に言う。
それというのも、タルの中の水が減ってきているからだ。ずっと水の補給が出来ていないせいである。
壁に寄りかかっていた華蓮が、好き放題ゴロゴロしている3人を眺めながら皮肉げに口元をゆがめてみせた。


「あらしさんに感想でも聞いてみたらどうですか?」
「覚えてるかしらねー?あらしー」
「いや、無理なんじゃないか?黒い人が魂をとられてるとか言っていたし」
「んだよなー。あれただの抜け殻だもんなー」


今話題になっているあらし、の体はここにはない。安全だろうという事で、弥生と共に聖域へと運ばれていったのだ。
本人が知ればひどく羨ましがるかもしれない。そこでクロが少々表情をゆがめて見せた。


「っていうかあの黒い奴、一体誰なんだよ」
「しりませんねあんな得体の知れない奴」


華蓮もそうやって吐き捨てた。クロも華蓮も、あらしを連れ戻してくるとか言って消えたあの黒い男を信用してはいないのだ。
対して、完全に信用しているのはシロとウミだった。


「正体はわからないけど、そんなに悪い奴じゃないだろう」
「いいじゃないのー!せっかく助けてくれるんだしー」
「甘い!お前ら揃って甘い!」


ビシッとシロとウミに指を突きつけてクロが声をあげる。


「あたしってば美味しいのー?」
「いやその甘いじゃねえ!あんな怪しい奴、簡単に信用していいのかよ!」
「そんなに信用してたら騙されちゃいますよ、ウミさんみたいに」
「俺は手遅れなのか?!」


ギャーギャー騒ぎだした3人の元へシャープがやってきた。そして始まった口喧嘩を殴り合いになる前にまあまあとなだめる。


「とにかく今は、信じて待つことしか出来ないのであります」
「「………」」


もっともな事なので全員が大人しくなる。しかしこうなるとまた暇だ。
やらなければいけないことは沢山あるのに、今出来る事は1つも無い。あまりの暇さにまた一同が騒ぎ始めようとした、その時。


「あああああーっ!」


叫び声だ。この声は、確かに弥生のもの。
すぐさま反応してみせたのはやっぱりシャープで、あっという間に聖域の入り口の壁へと駆け寄っていった。


「弥生っ!どうしたのでありますか?!」
「大変よシャープ!」


弥生は壁の中からひょっこり顔を出してきた。
壁から顔だけが出ている非常にショッキングな場面だが、その表情はとても慌てた様子だ。
何だ何だと集まってきた4人に気付かずに弥生はそのままシャープに叫んだ。


「あれが無いの!」
「ええっ!あれが無いのでありますか?!」


また2人の間だけで会話しているようだ。もう慣れた様子でウミがシャープの肩を叩きながら尋ねた。


「どうしたんだ?」
「あれが無くて大変なのであります!」
「だから、何が無いんですか?」


イライラした様子で華蓮が尋ねると、弥生が叫ぶように教えてくれた。


「王冠が、無いんです!」


予想外の発言に4人があっけに取られる。王冠が、無い?


「王冠ってー、王様とかが被ってるやつよねー!」
「多分……でもそれがどうしたんだ?」
「別に王冠無くたって何にもならねーだろ?」
「それが、そうもいかないのであります!」


戸惑う4人にシャープが困った顔で振り返ってきた。


「この聖域は弥生の祖先のものなのであります!」
「王の聖域ってやつですね」
「はい。だから聖域を動かすのに、王家の王冠が必要なんです」


しかしそれが無いという。つまり……このままでは、弥生の身を清める事ができない。
と、いう事は……鈴木を倒す事が出来なくなってしまう。


「そりゃ大変じゃねーか!」
「そうなのであります!大変なのであります!」
「弥生の一族は滅ぼされたんだろう?なら……王冠も無いんじゃないか?」


ウミの言葉にシロがショックを受けた顔で座り込んでしまった。せっかく見えてきた希望が打ち砕かれてしまったのだ、当然だ。
しかし弥生は力強く首を横に振った。


「王国は滅びても一族は滅びません。聖域がこうしてここに在るように」
「じゃあ王冠はどこにあると言うんですか」
「きっと王国にあるのであります!」


元気良く叫んだシャープに華蓮が白い目を向ける。
その王国は鈴木の手によって消されてしまったと、本人達から聞いているのだから。
華蓮の考えが伝わったのだろうか、シャープは付け足してきた。


「王冠は王国の跡、つまり廃墟にあると思うのであります!」
「はいきょー?」
「何だ、国残ってたんだな」
「ええ、本当に何も無い廃墟ですけど……。ここからは結構近いはずです」


弥生が喋っている間に、すでにシャープは出かける準備に取り掛かっていた。
おそらく、弥生の代わりに王冠を取りに行くつもりなのだろう。それを見逃すはずが無かった。


「おいシャープ、オレたちも連れてけ!手伝うから!」
「ええ?!」


楽しそうなクロの声に、シャープは手を止めて思いっきり驚いた様子で振り向いた。


「でも、ただ王冠を取ってくるだけなので、大丈夫なのでありますよ」
「うっせえ!暇なんだよ!」
「本音が出たな……」
「そうですね。シャープ、私は1人でも大丈夫だから、手伝ってもらって」


こちらの本音を察した弥生も共に言ってくれる。シャープは少しだけ頷いた後、見事頷いた。


「それじゃあ、皆で行くのであります!」
「「イエーイ!」」
「よろしくお願いします」


弥生に見送られながら、4人はシャープと共に遺跡から旅立ったのであった。





広大な遺跡は、どこまでも続いているように見える。しかし、先へと進むに連れて、瓦礫の大地の最後が見えてきた。
ずっと先に続くのは、ボチボチ草の生える大地に、真っ直ぐに伸びる一本の細い道。
そしてその先に小さく見えるのは……町だ。


「うへえ!こんな近くに町があったのかよー!」
「こんなに近いと、聖域もばれやすいんじゃないですか?」
「大丈夫なのであります!一般人にはばれないようになっているのであります!」
「どんな風にしてあるのー?」


尋ねられたシャープは、ぐいっと爽やかに笑いながら答えた。


「そりゃもう何か凄い事をしているのであります!」
「実はお前何も知らねえんだろ」


呆れた様子でクロがつっこむが、その隣でシロは納得したような顔で頷いていた。


「すごい事ねー!それってすごいわー!」
「納得できたのか今ので!」


ウミは驚いているが、もし詳しく説明されてもシロは同じ事を言っただろう。
一度心配そうにちらりと振り返った後に、シャープは歩き出した。


「それでは出発なのであります!まずは、あの町に行くのであります!」
「久しぶりの町だな!」
「そうねー!」


自然に胸が高鳴る。ずっと驚きと混乱の中にいたので、心が疲れてしまっているのかもしれない。
これは、少し心身の休養となるだろう。幾分か軽い足取りで、町へと近付いていった。





人の賑わう通り。両端には色々な品物が台の上に並び、人から人へと渡っていく。
そんな道の真ん中を、黒い人物が普通に歩いていた。


『こんなに怪しい格好なのに、誰も気にしてないとか、すごく不自然だよなあ』


声のようで声ではない声が、黒い者の背後から響く。
そこには漆黒の鳥かごがあった。鳥かごは、黒い者が肩に担ぐ大きな鎌にぶら下がった状態だ。
そしてその鳥かごの中には……小さな光の玉が1つ。


「そういえば、よくこんな事を言われるな」


光の声に答えるように、前を向いたまま黒い者は口を開いた。


『何て?』
「お前は変なのに存在感が無い、だからもっと変だ。と」
『あ、それすごく同意したい』


2つの声は人ごみに混じるようにすぐに消えていく。だから、その声をとがめるものは1人もいなかった。


「もうすぐつくからな」
『……うん』


ぶらぶらとまるで散歩をしているように歩く黒い影は、いっそ不自然なほど自然に、混雑する人と人の間を進んでいった。

04/12/29



 

 

 

















最後の雰囲気は、迷子になった子どもを連れ帰るパパンのようなものでお願いします。