死神



ひどく薄暗い所だった。場所はどこだか分からないが、おそらくここは部屋の中だ。誰の部屋かは知らない。
そこらじゅうに本やら怪しいものが積みあがっている。

雑多としている部屋の隅、そこに漆黒の鳥かごが置かれていた。


『……あれ?』


そしてそのかごの中にあらしは、光る球体としてそこに存在していた。


『なっなんじゃこりゃあああ!』
「んん、見える聞こえる話せる、元気じゃないか。ここまでとは、さすがだな」


ポンポン鳥かごの中で跳ねるあらしを見て、満足そうに頷く男がいた。大きな鎌をその肩に担ぐ、非常に黒い男だ。
あらしはハッとして男を見た。


『……あ、さっきの』
「いかにも。君には影みたいなものに見えていただろうが、確かに自分はさっきの者だ」
『ねえ、ちょ…これ何?どういう事?とりあえずここから出して欲しいんだけど』


しかし男は、無情にも首を横に振った。


「残念だが、それは出来ない」
『えっ何で!』
「君をそこから出してしまうと、君が消えてしまうかもしれないからさ」


消えてしまう。その言葉に衝撃を受けたあらしはビクリと固まった。


『き、消え……?』
「いくらその魂が強くても、さすがに外に長時間出されていると消されてしまうだろう」
『そ、そうなの?』
「外には強い力がたくさん満ちているからな」


鳥かごを興味深そうに眺めた男は、同じように部屋中を見渡している。


「はあ、しかし『G』も色んなものを作ってるな」
『……G?』
「ん?……ああ、確か…鈴木か。うん、鈴木、こっちの方がいいじゃないか、鈴木」


鈴木鈴木と連呼しながら男は面白そうに笑う。鈴木の名前がいたく気に入ったようだ。
そこであらしは唐突に、今までのことを思い出していた。


『あっ……!そうだ、鈴木!あいつに頭掴まれてえーっと…皆は、皆は大丈夫かな』
「仲間たちかい?随分と元気そうだったよ」
『ほ、本当?』


心配そうに瞬くあらしに、男は微笑みながら頷いてみせた。


「君を助けてくれと、脅迫まがいに頼まれてしまったよ」
『………』
「まあ、ひどく疑われていたけどな。そんなに自分は怪しいかな」


どこをどう見ても怪しい姿でそんな事を言う。あらしは目の前の男が誰なのかをまったく知らないことに今更気が付いた。
尋ねる余裕も無かったからだが、今なら、出来る。
しかし残念ながらそれは出来なかった。


ボン!


いきなり部屋の中に派手な音を立てて煙が現れたからだ。いや、現れたのは煙だけではない。
その中に、人がいた。鈴木か?


「うわっ埃っぽいな。少しは片付けた方が良いんじゃないか?鈴木」


パンパンと自分の肩辺りをたたきながら部屋の中を眺め回しているのは、鈴木ではなかった。
シルクハットをかぶり黒マントを羽織る、派手なオレンジ髪の男。
オレンジ髪に、対照的に真っ黒な髪の男が振り返って尋ねた。


「その鈴木は?」
「どこか行ってるみたいだ。まったく、仕事熱心な事で」


皮肉るように返したオレンジ髪は、鳥かごに気付いたようだ。一瞬目を輝かせて、興味深々に近付いてくる。
あらしはビクッと震えた。


「へえ、これが例の魂か!一から作ったのか?」
「いや、基礎を作っただけだ。今はかなり成長してる」
『……え?な、何、作ったって、どういう事?』
「うわ、話せるのか!すごいなーこれ、いいなあー」


戸惑うあらしをそっちのけで、2人はのん気に笑い合っている。


「今度どうやったのか教えてくれよ。興味あるんだ」
「うーん、それがどうやったのか、自分でもよく分からなくて」
「何だよそれ、はっはっは!」
『無視?いやちゃんと答えてよ!こら聞け!』


バシバシと鳥かごに体当たりして叫ぶあらしに、黒髪がまあまあと宥めに入る。


「確かに君には知る権利がある。ちゃんと教えよう」
『よしちゃんと教えろ!』
「君のその魂は、自分が作った」


意外にあっさりと知らされた事実に、しばらくあらしの時は止まった。やがて小刻みに震えながらも、何とか声を絞り出す。


『……あんたが?』
「作ったといっても、魂の元を人形の中に入れたに過ぎないが」
『元って……』
「その魂の元と人形の中にあった「想い」が良い具合に混ざって君が出来た」


そんな事を言われても、よく分からない。自分の生まれた瞬間なんて覚えてないのだから。
考え込むように黙ったあらしの前で、黒髪はハッと目を見開いた。オレンジ髪が驚いたように顔を覗き込んでくる。


「どうしたんだ?」
「……と、いう事は……」
「ん?」
「自分はパパという事か?」
「………」


また馬鹿な事言い出したと言わんばかりに表情をゆがめたオレンジ髪は、懐から手の平サイズの肌色の飲み物を取り出した。
そのまま飲み始めたオレンジ髪には構わずに黒髪は1人で暴走している。


「いや、お父さんの方がいいか?どっちが良いと思う」
『知るかっ!こっちは色々考えてんだから!』
「何ならニヒルに親父とか呼んでもいいぞ」
『絶対嫌だ死んでも呼ぶか!』


漫才を始めた2人の間に、ぐいっと肌色の飲み物を飲み終わったオレンジ髪が仕方なく入ってきた。


「いやそれより目的果たしたのなら早く帰るぞ!鈴木が帰ってくるだろう、な、お父さん」
「……意外に良い響きだ」
『う、嘘!はっ早く行こうよ、もう捕まるのは嫌だし!』
「いや、しかし」
『早くしろ親父!』
「ああ、それもいいな」


どうやら満足したらしい黒髪はやっと鳥かごを手に取る。その時、パッとオレンジ髪が外を見た。
その顔には、焦りが見える。


「ああもう言わんこっちゃない!後でもう10個パック貰うからな!」
「じゃあ極秘写真も追加で」
「えっ嘘マジで?よっしゃ頑張るか!」


いきなりやる気を見せたオレンジ髪はパチンと1回指を鳴らした。途端にどこかで


ボン!


と、爆発する音が鳴り響いたので、かごの中であらしはびくついた。
もう一度指を鳴らそうとしたオレンジ髪を、黒髪が止める。


「行く前に結界を外してくれないか。脱出防止のものが張ってある」
「は?それぐらい自分でやれよ。結構力がいるんだぞそれ」
「写真集に奮発」
「オレに任せろ!」


パチチン!と軽い音が響いた。オレンジ髪が両手同時に指を鳴らした音だ。それに呼応するように周りが、空気が揺れる。
あっけに取られていれば、派手な音を立てて空間が割れた。まるでガラスが舞うかのように透明の破片が崩れ落ちる。
その中に立ちながら、オレンジ髪は肩越しに笑ってみせた。


「どうだ!」
『うわかっこいい!』


思わず興奮した様子であらしが叫ぶ。鳥かごを片手にぶら下げて黒髪は頷いた。


「これで自分は楽にここから逃げ出せる」
『うわかっこ悪っ』
「はっはっは!それじゃ、早く出ろよ!」


最後の指を鳴らす音が響けば、目の前にボン!と煙が現れた。オレンジ髪が現れた時と同じものだ。
予想通り、煙が晴れたそこにオレンジ髪はいない。


「さて、こっちも出るか」


ようやく動き出そうとした黒髪は、しかしすぐに足を止めた。
怪訝そうに見上げてくるあらしを見て、至極当然のように尋ねてくる。


「聞くのを忘れていた。君の名前を教えてくれ」
『……は?』


あらしは、自分が今ひどく間抜けた声をあげたのを自覚した。


『あんたさっき1回僕の名前呼ばなかった?』
「君自身の口からはまだ聞いていなかったものでな」
『……あらし、だよ』


言ってからあらしは気が付いた。この名が自分で適当につけた名であるという事に。
人形の時の名前があったのかもしれないが、残念ながらそれは覚えていない。それにそれは人形の名前だ。今の自分の名ではない。
あらしは、自分がまったくの名無しで、自分を表す名称を持っていないように思えた。

名前を持っていない人間は、いないから。

しかし黒髪はそれでも頷いた。


「あらし、か。分かった」


よいしょと歩き出そうとした黒髪を、あらしは慌てて止めた。


『ちょ、ちょっと!こっちが名乗ったんだからそっちも名乗れよ!』
「ん?」
『まだあんたの名前、聞いてない!』
「……ああ、そうだったな」


何故か少々ためらった様子で、黒髪はゆっくりと口を開く。


「……自分の名は……」
『うんうん』
「……お……いや、違うな。これは違う……」


首を振った黒髪は、あらしに微笑みながら言った。


「自分は『死神』という名を貰った。とても大切な名だ」
『……え、死神?』
「そう呼んでくれ」


微笑む黒髪……死神をあらしはポカンと見上げる。予想もしていなかった名だ。
そのまま呆けるようにあらしは話しかけた。


『あんた、死神なの?』
「そういう名前だ」
『そう……。死神が、僕を作ったんだ……』
「何かおかしいかい?」


冗談ではない本気の顔でそう尋ねてくるので、あらしは少しだけ笑った。


『何かおかしい感じもする。けど』
「ん?」
『その名前、あんたにすごく似合ってるよ』
「そうか、ありがとう」


嬉しそうにそう言うと、死神はトンと一歩足を踏み出した。
と思った一瞬後には、その黒い姿も鳥かごも、跡形も無く消え去っていた。





「おのれ『L』め、やってくれおったな……」


数分後、薄暗い部屋に憎々しげな声が響く。部屋の主、鈴木であった。
周りを見渡して、そして部屋の隅を見て異変に気付く。


「……持っていかれたか」


そこにあったはずの漆黒の鳥かごが丸ごと姿を消していた。イライラと舌打ちをしようとした所で、ふと動きを止める。


「いや……『L』は持ってはいなかった。とすると、一体誰が」


考え込みながら鳥かごを置いていた所へと歩み寄る。そして、気が付いた。
持ち帰った魂を調べてみようと初期化の魔法をかけていたのに、それを無理矢理破った後があることに。
鈴木は余計に険しい顔つきになった。


「破っただと?……っく、誰だというのだ」


機嫌が悪いのを隠そうとしないまま、鈴木は闇の中にもぐりこんでいった。

04/12/20



 

 

 

















死神が例の「死神」と同一人物ですかと尋ねられれば、そうですとも答えられるし微妙だとも答えられるわけで。
とりあえずこの死神は死神です。死神という名なのです。

オレンジ髪の彼に見覚えがあるかと思いますパート2。彼は、杏社長の「
メーカーズ」「ヤクルーター」に出てきている彼です。
ネタバレなのであまり語れませんが、本物はもう本気で痺れちゃうほどかっこいいので、是非見たって下さい。
ご協力ありがとうございましたー>杏社長