太陽と月



「うん、君達の言いたい事は分かっている。だからその首を絞めてくる手だけは外してくれないか」


黒い男の発言に、4人は詰め寄っていた。
一体どういう意味だ戻す方法知ってるのかっつーか戻せるのか嘘だったら殴る等、男をガクガク揺さぶりながら次々と言葉を発する。
それというのも、この男が人形を、あらしを元に戻す手伝いに来たとか言い出したからだ。


「皆さん落ち着いて!ひとまず話を聞きましょう!」
「そうであります!まだ何も分かっていないのであります!」


シャープと弥生の必死の制止にやっと勢いが止まった。男は変わらずマイペースによいしょと鎌を担ぎなおした。
あらしを背負ったままのクロが、信じられないような目で男を見る。


「お前!本当にあらしを元に戻せるのかよ!」
「言っただろう。手伝いに来たって」
「じゃあ何が出来るんだ?」


少しだけ期待の光をその目にともして信じやすいウミが尋ねる。すると、男はうむ、とあごに手を当てて考えるそぶりを見せた。
ちゃんと答えてくれるのか。


「そうだな……。応援が出来る。頑張れ」
「「いらねえ!」」
「冗談だ。うーん、犯人をよく知っている。これでどうだ」


犯人。鈴木の事であろう。完全に疑っている華蓮がへえっと声をあげた。


「犯人の何を知っていて、どういった事が出来るというんですか」
「まあそこまで詳しくは知らないが。口癖が「ぐおおおお」とか」
「そりゃ聞いてりゃ誰だって分かるっつーの」
「毎日日記をつけているとか」
「随分とプライベートだな!」


男は最後に「後はこれぐらい」と、口を開いた。


「住んでいる所を知っていて、そこに行く事が出来る」
「えー!鈴木のお家知ってるのー?!」


シロが目を丸くすると、男はうむ、と頷いた。すっかり信じ込んだウミが男へと身を乗り出す。


「じゃあ、そこを教えてくれ!」
「残念。それは出来ない」
「「何で!」」


首を横に振る男に思わず全員が声を合わせる。男は動じる事無く続けた。


「何故なら、その場所はとても遠くて、しかも君達には絶対に行けない場所だからだ」
「そんなの分からないじゃないー!」
「あなたなら、そこに行けるというのですか」
「うむ。忍び込んで、魂を取ってくるぐらいなら、出来る」


何気なく言った男の言葉に、後ろで聞いていた弥生が眉をひそめた。


「魂を取ってくる?それは……どういう意味ですか?」
「「あ」」
「文字通り。その子は魂を……厳密にはそうじゃないな。言わば、心を取られて人形になった」
「それ全部分かるのか?!」


全員で驚いていると、男は呑気にピースしてきた。


「言っただろう。全部見ていたと」
「うわ何かムカつくなこいつ」
「ねー!じゃあ、あらしを元に戻してあげる事が出来るのねー!」


シロが希望に満ち溢れた笑顔で見上げれば、男は微笑んで見せた。


「ああ、出来る」
「きゃー!やったー!じゃあ早く戻してあげてー!」
「そうだな、早いに越した事は無い」
「ちょちょ!ちょっと待ってくださいよ!」


さっさとどこかへ行こうとした男を、華蓮が慌てて引き止めた。ん?と振り返ってきた男に、華蓮は指を突きつける。


「一体どうしてそこまでしてくれるんですか!怪しいじゃないですか、ただの赤の他人だというのに!」
「それは……」


何かを言おうとして、ふと男は言葉を止めた。そして一度だけ、その目を天井へと向ける。
いや、男は天井を見てはいなかった。見ていたのは、きっと、天井の向こうに広がる先の無い天井。
しかし気が付くと男は目線をこちらに戻していて、やっぱり眠そうな瞳のまま言った。


「簡単に言えば、自分とその人形は赤の他人ではないから、かな」
「……え?」
「じゃあ少し行ってくる。まあ待っていてくれ、多分、連れて戻るから」


そんな言葉を残して男は消えていた。一瞬の事だった。
瞬きをしている間に、目の前に立っていた黒い男はその姿を消していたのだ。


「「………」」
「何だったんだよ、今の……」
「ああいう得体の知れない奴、私は嫌いですね」
「いいじゃないのー!そんな事ー!」


呆然としている仲間達に、シロがにっこりと笑いかけた。


「あらしが元に戻るんなら、よかったわー!」
「「!」」
「……そうだな、変な奴だったけど、意外にいい奴かもしれないしな」


相変わらずウミは人を信じるのが早い。逆に華蓮は嫌そうに顔をしかめている。


「まあ、元に戻してくれるなら何だっていいですけど……」
「ここはとりあえず待つしかなさそうでありますね」


緊張していたのかシャープがふうっと息を吐いた。その隣でも弥生が、不安は残るがどこかホッとしたような表情をしている。


「私たちはここで、私たちが出来る事をしましょう」
「「はーい……」」
「……なあ、お前ってあんな変な知り合いがいたのか?」


クロが背中に呼びかけるも、やはり返事は無いままであった。





そこは、どこかとても高い所だった。地上からは手も、目さえも届きそうに無い孤立した空の中。
そこにポツンと、細長いものが建っている。真ん中に大きな穴が開いている、筒状の長い長いもの。その上に、人がいた。

今日は少々風が強い。その風に、黒いマントがあおられていた。
バタバタとはためくマントの上には、同じように真っ黒なシルクハットが乗っかっている。
そのシルクハットからちらちらと覗く髪の毛は、対照的にとても鮮やかな色だった。


「ん?」


ずっと何かを覗きこむように下を向いていたシルクハットが上を向いた。
その人は、若い男だった。マントの中にはパンク風味の服を着ていて、それがよく似合っている。
空に浮かぶようなその鮮やかなオレンジ髪が、ふいに後ろを振り返った。

そこにはいつの間にか、鎌を持った黒髪が立っていた。


「びっくりした、お前から来る事があるとは思わなかった」


オレンジ髪がビックリしたというより感心したような声を出す。黒髪は1つ頷くと、いきなり本題に入ってきた。


「手伝って欲しい。ちょっと、『城』に侵入したい」
「は?!」


オレンジ髪は今度こそ驚いた。思わず体ごと向き直って、そして珍しいものでも見るかのようにしげしげと黒髪を眺める。
黒髪は、顔色1つ変えなかった。


「どうしたんだよ?あんなに『城』に近付きもしなかったのに」
「うん、今回はちょっと用があってな」
「普通に帰ればいいじゃないか」
「こっそり入りたいんだ。少し盗るものがある」


黒髪の話を聞き終わると、オレンジ髪は少々困ったように頭をかいた。


「でもなあ、オレこの前派手な事しちゃったんだよなあ」
「知っている、聞いた」
「え、誰から?」
「『B』ちゃん」
「ああ、『B』ちゃんか、そりゃ仕方ないな」


ガックリと肩を落とした後、オレンジ髪は余計に困った顔をした。


「だから『R』に今、特に睨まれてるんだよ。さすがに今動くのは」
「そうか、残念だ、せっかくこれを持って来たというのに」
「は?これ?」


黒髪は懐から何かを取り出してきた。それは小さな入れ物に入っている、肌色の飲み物だった。しかも10個パックとか書いてある。
それを見て、オレンジ髪は目の色を変えた。


「そ、それは!」
「ワイロだ。手伝ってくれたらこれをやろう」
「はっはっは!お安い御用!オレに任せとけ!」


オレンジ髪は陽気に笑いながら黒髪の手から飲み物をサッと奪い取る。それを黒髪は大変満足した様子で眺めていた。


「それで?いつ忍び込むんだ?」


ぐいぐい奪い取ったものを飲みながらオレンジ髪が尋ねた。んー、と生返事を返しながら黒髪は空を見る。
太陽がそこにあった。


「今」
「今って……ああ、そうかそうか!」


無茶な事を言い出す黒髪に、しかしオレンジ髪はすぐに頷いた。そして飲み物を手に、何事かをブツブツと考え始める。
作戦を立ててくれているオレンジ髪を、黒髪はただ邪魔にならない様に黙って待っていた。


「……ん、よし!これで行くぞ!」
「分かった。で、どういう風に行くんだ?」


頷いた後に尋ねてくる黒髪に呆れながらも、オレンジ髪は指を突き出した。そして空中にさらさらと光の地図を書き出していく。


「オレがここでこうしてるから、その間にお前はここからこう行くんだ」
「ふむ」


本人達には分かるのだろう。複雑な地図へ変わっていく光の線を2人で確認していく。
最後にオレンジ髪は、手を払って宙の地図を散らしながらニヤリと笑ってみせた。


「それじゃ、しっかりやれよ!」
「うむ、ありがとう」
「はっはっは!10個パックじゃ割に合わないけど、友人の頼みだからな!」
「それじゃおまけしてこれも」


言いながら黒髪が取り出したのは、写真だった。誰かはわからないが、映っているのは多分、女。
しかし一瞬で黒髪の手から写真は消えて、オレンジ髪がすごく嬉しそうに何かを懐にしまっている。


「グッジョブ!どこでこれ手に入れたんだよ?」
「企業秘密だ」
「ちぇっ。でもサンキュー、げへげへげへ」


怪しく笑いながら懐をポンポン叩くと、オレンジ髪は気持ちを入れ替えるようにキリッとした表情を見せた。ギャップが激しい。
そのままオレンジ髪は、片手を頭上へと挙げた。


「幸運を祈る!」


パチンという指を鳴らす音が空に響く。音が消えた時、そこに立っていたのは黒髪だけであった。
鎌を担ぎなおすと、黒髪は眩しそうに空を仰ぐ。


「太陽と月、か」


ボソリと呟く。しばらくそのまま黒髪は動かなかった。まるで何かを待つように、太陽を見つめ続ける。
やがて、黒髪はスッと目を閉じた。次に現れた色は……赤。

その時、太陽が欠けた。


「絶好の侵入日和だな」


黒髪が楽しそうに言っている間にも太陽は欠け続ける。その姿を月の後ろへと隠し続ける。
世界に今、昼間の闇が訪れようとしていた。


「木を隠すには森の中」


どこかで聞いた言葉を、黒髪はやっぱり楽しそうに呟いた。太陽はもう半分隠れた。空も、ほとんど闇に近くなる。


「闇を隠すには、闇の中」


楽しそうな声は、太陽と月が重なり合うちょうどその時、黒髪と共に空から消えた。

04/12/11



 

 

 














最後辺りは自分だけ楽しんでましたすいません。

オレンジ髪の彼に見覚えがあるかと思います。彼は、杏社長の「
メーカーズ」「ヤクルーター」に出てきている彼です。
ネタバレなのであまり語れませんが、本物は比べ物にならないほどかなりかっこいいので、是非見たって下さい。
ご協力ありがとうございましたー>杏社長