聖域
鈴木を倒す事を固く誓い合った4人と2人は、再び大きな部屋の中へと舞い戻っていた。
部屋の奥へと進む途中で、ぐすんぐすんという音が響く。
まだシロが泣いているのかと思えば……人形あらしを背負ったクロだった。
「……何で今更泣いてるんですか」
「だってよー、こいつが思ってたより軽くて軽くて、今更ながらに悔しくなったんだチキショウ!」
「一体鈴木は何をしたんだろうな……」
4人が気絶している間、あらしと鈴木に何があったかは分からない。それが悔しくてたまらないのだ。
気絶していたとはいえ、何もする事が出来なかったのだから。
今はもう泣いていないシロが、今度はプンスカ怒りながら足を踏み鳴らす。
「もー絶対あのインケンストーカー許さないんだからー!食べてやるわー!」
「おい華蓮、シロが覚えるからあんまりひどい罵り言葉は言わない方が」
「良いじゃないですか、陰険ストーカー」
華蓮の目は妹を見守る姉のような優しいものであったが、口元には邪悪そのものの笑みを浮かべていた。
ので、ウミはこれ以上口を挟まなかった。
気が付けば、広い部屋のだいぶ奥の方まで歩いてきていた。ほのかな明かりに照らされて、奥の壁がぼんやりと見える。
それは、普通の壁ではなかった。
「「うわ……」」
「何これー」
4人で思わず声が漏れる。
その壁には部屋中に広がる文字の形をもっと崩したような模様が、一層深くびっしりと刻み込まれていたのだ。
じっと見ていると、吸い込まれそうになる。明らかに他の壁とは違う。
「これ何だぁ?気持ちわりぃなあ……」
「この文字みたいなものにも何か力があるのか?」
「ええ、そうなんです」
気づけば弥生が壁の前へと近付いていた。シャープは少し離れて、弥生を見守るように立っている。
この2人が離れるとは珍しい。
「あれー?どうしたのー?」
「まさか、今から何かするんですか?」
「その通りなのであります!」
シャープの返事を聞くと、4人はそろそろと後ろへ下がった。一体今から何をするのだろうか。
弥生は壁に片手をつけて念じるように目を閉じた。
すると、
ゴウン
模様が怪しい青白い光を発した。まるで壁それ自体が光っているように、模様は発光し続ける。
それを見ていると、何故だか震えが来た。
「何、何ー?これ何ー?」
「何故だか恐ろしい気持ちになるんだが……」
「これはものすごいものなので、仕方ないのであります」
またもや答えになっていない答えを返すシャープ。どうものすごいのかは分からないが、とにかくものすごいのだろう。
弥生は一度こちらへ微笑んでみせた。
「それでは、いきます」
「「え?」」
何をいくの?弥生は次の瞬間、口を開けて、そして、
澄んだ歌声が、部屋中に響いた。
「あ……歌だ」
「歌だな」
「歌だわー」
「歌ですね」
「弥生の歌にも力が篭っているのであります!」
シャープの言葉に、シロは父から聞いた話を思い出していた。歌姫とは、歌に力を持つ人のことだと。
しかしそれを共に聞いた仲間が人形姿だという事を思い出して、再び悲しくなる。
やがて、弥生の歌に反応して、壁が瞬き始めた。
「こ、これ大丈夫なのか?」
「大丈夫であります!多分!」
「あなたそればっかりですね」
その時、弥生の歌が終わった。と同時に、壁が一度パッと輝いた。それは今までの不気味な青白い光ではなく、美しい白い光。
輝きが収まると、模様は白い光を湛えながらぼんやりと浮かび上がっていた。
「これで完了です!」
「で……一体何が起こったんですか今」
華蓮の問いに、弥生はやり遂げた感のあるいい表情で答えた。
「今、入り口を開けたんです」
「「は?」」
しかし理解できなかった。彼氏共々説明不足な奴らである。
そこへ、シャープが弥生の方へと歩き出しながら補足するように言った。
「弥生は今、聖域への道を開けたのであります!」
「聖域!」
「いかにもそれらしい言葉ですね……」
「セイイキって何ー?」
シロが首をかしげる。それに弥生はちゃんと答えてくれた。
「ここが、私達の目的地「はるかな地」です」
「おお!そのセイイキっつーところがそうなのか!」
「とても神聖なのであります!そこに私たち、特に弥生は行かなければならなかったのであります!」
この壁の向こうが、その目指していた場所。そこにウミが疑問をぶつけた。
「でも、その聖域には何があるんだ?鈴木を倒すために必要なんだろう?」
「そう!そうなのであります!」
パンと手を打つシャープ。やっと目的地に着いたことでテンションがハイになっている。
「その聖域で思いっきり身を清めるのであります!」
「身を、清める?」
「聖域は汚れの無いとても神聖な所ですから」
そんなシャープを遮るように弥生が入ってきた。そのまま、腫れ物に触るように壁へと手を伸ばす。
「ここは、その入り口を封印していた場所なんです。この中なら、鈴木も入って来れません」
「セイイキってすごいのねー!」
「でも、その聖域で身を清めるとどうなるんですか?」
「綺麗になんのか?」
その質問に弥生は例のあの意志の強い瞳を見せた。
「身を清め、聖なる力を手に入れれば、鈴木の邪悪な力も退ける事が出来るでしょう」
「「おおー……!」」
何だかゴールが見えてきた気がした。それは、希望という名のゴールであった。
嬉しくなったクロが背中の動かない仲間に語りかける。
「おいあらし!もうちょっと待ってろよ!すぐ元に戻してやっからな!」
「鈴木にお仕置きしてあげるからねー!」
シロもあらしの背中をバシバシ叩きながら笑う。そこに、華蓮が考え込むように口を開いてきた。
「つまり、聖域に入るのは弥生さんだけという事ですか?」
「「え?」」
「そうなのであります!聖なる力を手にする事が出来るのは、歌姫だけなのであります!」
つまり、弥生が聖域にいる間はただ待つだけになるという事か。
何だか時間が勿体無く感じた4人は、顔を見合わせた。
「……その間にせめてあらしを元に戻してやれねぇかな」
「でも一体どうやって人形にしたのかも分からないからな……」
「あいつの住みかに、手がかりか何かがあるかもしれませんね」
「じゃあ鈴木の家探しましょうよー」
勝手に話を進めていく4人に、慌てて声をかけたのはシャープだった。その後に弥生も続いてくる。
「ちょ、ちょっと待つのであります!それはすごく危険でありますよ!」
「そうですよ、鈴木の住みかは私たちでさえ分からないんですから……」
心配顔の弥生とシャープに、4人はいい笑顔でぐっと親指を立てた。
「「大丈夫!多分!」」
「ああっ!それは私の台詞なのであります!」
「言ってる場合じゃないでしょう!皆さん、待ってください!」
さっそく4人が動き出そうとした、その時、どこからか邪魔が入った。
「ちょっと待ってもらおう」
それは4人でも2人でもない、男の声だった。全員ハッとなって部屋の入り口へと目を向ける。
そこに立っていたのは……ひたすら黒い人影だった。
「だ、誰だ?!」
「どうやってここに……!」
「そこの入り口から入ってきた」
「いやそりゃ分かるんだよ!」
人影は入り口の手前に立っているのでここからでは顔がよく見えない。
ので、いつでも反応できるように身構えながらゆっくりと近付いていく。
人影はそれに気づいているのかいないのか、気にした様子もなく話しかけてきた。
「いや何、実は君たちの様子をずっと遠くから見させてもらっていた」
「えー?ずっとー?」
「うむ。非常に安全な場所から」
「「卑怯だ!」」
人影は、手に何やら長いものを持っている。さらに近付き、その長いものを確認すると、全員でギョッとした。
それは何と……大きな鎌だったのだ。
「で、お前は誰なのでありますか?!」
「ただの通りすがりだ」
「「嘘付け!」」
とうとう顔の見える位置まで歩み寄った。顔はいいのだがどこか眠そうなその瞳も、髪や服と同じ真っ黒。
クロに負けず劣らずの黒ずくめだ。歳は分からないが、とりあえず黒い男だった。
男は皆をなだめるようにまあまあと両手を上げた。鎌は肩に担いでいる。
「少なくとも自分は敵ではない。そこら辺は分かってくれ」
そこで気づいた。この男の雰囲気は、どことなく鈴木に似ている。確かに危険は感じないが、得体の知れない所が不気味だ。
緊張の中、華蓮が男にゆっくりと尋ねた。
「一体あなたはここへ何しに来たんですか?」
「そう、それなんだが」
男は頷くと、ピッとどこかを指差してきた。その指の先は、クロを、正確に言えば、その背中を指していて……。
「自分は、その人形を元に戻す手伝いに来たところだ」
そう言って、男はうっすらと笑って見せたのだった。
04/12/08
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黒い男を見て「何だかなーどこかで見たような気がするんだよなー」とお思いのそこのあなた。
しばらく気のせいにしてあげて下さい。