二律背反



すべてが爆風によって壊され、飛ばされた瓦礫の下に沈んだ。
破壊の光が収まった後、瓦礫の無い中心に立っていたのは、鈴木だけであった。


「……やっと静まったか」


呟き、息をつく鈴木。その周りで5人は、瓦礫に埋もれるように倒れていた。死んではいないようだが……。


「向かってきたその勇気と度胸に免じて、命だけは助けてやろう」


返事が無いことを承知で鈴木は更に言葉を続ける。


「さて……後はあの2人だ」


目の前にはあの広い部屋へと続く暗い入り口がある。そこへ足を踏み入れようとした、その時だった。
背後でガタリと瓦礫の音がしたかと思うと、


「させるかぁーっ!」
「何?!」


とっさに体を動かすと、すぐ横を巨大な刃物が掠めていった。
そのまま刃物が地面に突き刺さるのを見て、鈴木は驚きを通り越して呆れた。


「一体どこからこれを取り出してきたんだ……」
「うっさい避けんな!」
「あれの中意識があるとは、なかなか丈夫だな」


再び向かってくる頭を、片手でむんずと鷲づかみした。


「うわ!い、いだだだ!こら離せちくしょう!」


頭の痛みにじたばたもがいているのはあらしだった。弥生への愛で何とか持ちこたえたのだろうか。
痛みに思わず刃物もいつのまにか消える。


「1人でも向かってくるとは、いい度胸だ」
「仕方ないだろ皆のびてるし!そっその先には通さないからな!」
「ほう、こんな状態でもか」
「あっあいだだだ!力いれるなー!約束したんだ、弥生さんには指一本触れさせない!」
「っくくく、出来るものならやってみるがいい」


鈴木は空いているもう片方の手を持ち上げた。その手でとどめをさそうとしたのだが、


ジリリリリリリリリリ!!


「ぎゃーっ!」
「な、何だ?!」


いきなり鳴り響いた甲高い音に2人してびくりと飛び上がる。
そして頭をつかまれたまま、あらしはハッと思い出した。


「あ、これ、あの時計の音?!」
「……なるほど、あの時計か」
「うわ!か、勝手に取るな!」


鈴木にポケットの中の時計を奪われてあらしはジタバタもがくが、時計まで手が届かない。
今日ほど自分の背丈を恨んだ事はなかった。
鈴木の方はというと、時計をじっくりと眺め回している。


「見れば見るほど見事な時計だ……」
「返せ!っていうか離せ!」
「えーい少し黙っておけ!調べられんだろうが!」
「頭捕まれて黙ってられるか!」


しばらく押したり押し返されたりしながら時計を調べていた鈴木は、やがて面白そうにっくくくと笑い出した。


「なるほど、この時計は時の流れが長いものに吸い寄せられるのか」
「さっぱり訳分かんないし!離せ!」
「しかしこれで大体の仕組みは分かった。つまり……」


すると鈴木はいきなり時計を……飲み込んだ。


「っぎゃー!呑んだー!丸呑みしたー!」
「……これで力を補える」
「もうやだ何でこう変な奴らばっかりなんだよ非常識だ非凡だ……」


何かもう展開についていけないあらしはブツブツ恨み言を呟きだす。そんな事お構い無しに鈴木は言った。


「しかしこれで見る事が出来るぞ」
「え、何を?」
「以前見ることの出来なかった、お前の過去だ」


その言葉に、あらしはそういえば、と思い出していた。
前に、他の皆の過去を暴いた鈴木だったが、あらしの過去だけは見る事が出来なかったのだ。
時計の力を手に入れた今なら、見る事が出来るというのか。


「う、嘘?!」
「嘘ではない。自分も気になっていたのだ、特別に見てやろう」
「あっ待ってちょっとまだ心の準備がーってあだだだ!」


力を込めるためだろう、いきなり鷲づかみされた頭に力を入れてきたのであらしは痛みに呻いた。
何気にずっと頭をつかまれたままだったので、いい加減疲れてきていた。
鈴木は目を閉じている。次に目を開けば、その瞳はビックリするほど赤かった。よくは見た事無いが、こんなに赤くは無かったはずだ。
鈴木はその赤い瞳を最大限に見開いて、驚いているようだ。


「……こ、これは……!……っくく…っははは!そうか、そうだったのか!」


驚いた次には笑い出している。忙しい奴だ。あらしは緊張した面持ちで鈴木を見上げた。


「わ、分かったの?」
「分かったとも。お前の過去全てがな」
「本当に?記憶の無い分も?!」
「何故過去が見えなかったのかも、全部だ」
「おっ教えて!何が見えたのか!」


もがく事も忘れて必死に尋ねるあらしを、鈴木は笑いながら見下ろす。そしてとうとう、口を開いた。


「では教えてやろう」



「お前の過去は、元から存在しない」



「……は?」


言葉の意味が分からなくて、あらしは間抜けた声を上げる。


「な、何それ……どういう意味?」
「そのままの意味だ。お前の記憶がないのは、過去が無いからだ」
「ちょ、ちょっと待ってよ」


確かに記憶は無い。しかし、過去が無いとはどういう事だ。過去が無い人間なんているだろうか。


「じゃあ僕は何なんだよ!どうやって生まれてきたっていうんだよ!」
「それも分かっている」
「なら早く教えやがれ!」


すると鈴木は目を細めて、話し始めた。


「時計の力で、かなり昔までさかのぼる事が出来た」
「いや、そんな昔には多分僕は生きてないと思うんだけど」
「そうだ、お前は生まれてはいない。しかし、その体は長い時を生きてきたようだ」
「だから!全然意味が分かんないんだって!」


ギリギリと歯軋りするあらしに、鈴木はにやりと笑う。


「自分には、一体の人形がはっきりと見えた」
「……に、人形?」


何故そこで人形なのだろうか。この時のあらしには、さっぱり分からなかった。


「人形って……それが何の関係があるんだよ」
「大有りだ。見えた長い時の全ては、その人形が見てきた時間だった」
「でも僕には関係ないだろ!」
「最後に人形は、人間になった。それからお前の記憶が始まった」


ピタリ、と、動きが止まった。まるで空気までが止まってしまったかのように静寂が訪れる。
そんなしんとした空間の中、あらしの震えた声が広がった。


「……今、何て言った?」
「人形の時間が終わり、お前の記憶が始まった。そう、これは1つの時の流れだ」
「な……」
「人形に何者かが命を吹き込んだようだな。それで人形は人間になった」
「なに……」
「分かったか?お前は、人形から人間へと生まれた姿だ」


脳に、体の隅々に、鈴木の声が響いた。



「お前は、人形だ」



もしも昔話で聞いたならきっと、馬鹿げていると笑っただろう。人形が人間になるなどと、そんな馬鹿げた、ありえない話なんて。
そうだ、馬鹿げている。何て馬鹿な話なんだ。


「……はっ」


口から息が漏れた。無意識だった。それが合図だったかのように、あらしは笑い出した。


「は……はは、ははは!あはははは!」


頭の中でカチリと、空白に何かがはまった。空白にはまったのは、新たな空白だった。
これ以上もこれ以下も無い、完全な空白だった。


「なんだ、そうだったんだ、そうだったんだ!」


納得した、心から。全てのつじつまがあった。
ずっと探していた、てっきりあるものだと、忘れているだけだと思っていた。思い込んでいた。


「記憶は、無くしていたんじゃなかったんだ」


本当に、馬鹿げた話だ。


「最初っから、持ってなかったんじゃないか!」


無いものをずっと、ずっと探していただなんて。
これ以上馬鹿げた話があるだろうか。





「誰がやったのかは知らんが、面白いことをしてくれる」


やがて、鈴木は物珍しそうにそう言った。あらしは沈黙している。
何か喉の奥から込み上がってきていた。しかし、色々なものがカラカラに乾いていて、どうしても出す事が出来ない。
頭の中もカラカラだった。まるでショートしてしまったかのように、何も考えられない。


「面白いが、しかし……」


黙ったままのあらしに、鈴木は空いている方の手をかざした。


「人に作られた人形が人になるなど、おかしな話だ」


そうか、やっぱりおかしいのか、と、どこか麻痺した頭であらしは思った。
自分だってそう思うんだから、やはりおかしい事なのだろう。


「動くだけならまだしも、心まであるとは。完全な人間になるなんて聞いた事が無い」


そういえば、何でこの体は普通の人間なのだろう。人形ならば、人形の体じゃなければおかしいのに。
その時、鈴木の手に何か光がともった。お世辞にも綺麗とはいえない、どこか恐ろしい光だった。


「こんな不可思議なものを、このまま放ってはおけんな」


あらしは、ゆっくりと近付いてくるその光をぼんやりと見つめていた。


「自分が、元のあるべき姿へと戻してやろう」


鈴木は光のともったその手を、そのままあらしの体の中へと埋めた。
あらしの目がわずかに見開かれる。しかし、開かれた口から声は出てこない。

手が何かを握りこんで、徐々に引き出されていった。


「さあ人形よ、眠るがいい」



駄目だ駄目だ駄目だ。このままじゃ、何か大切なものが取られてしまう。

それが無いと僕は、僕は、




僕は……何?




その瞬間、鈴木の手が体から引き出される。
それを感じる暇も無く目の前が真っ白になり、反対にあらしの意識は闇の奥へと引きずり込まれていった。





鈴木の手には、握りつぶせばあっけなく散ってしまいそうな、ほのかな小さな光の塊があった。
逆の手には、もはや動く事も無い一体の人形が。


「……一応貴重なものだ、これは貰っておこう」


呟いてから、鈴木は人形から手を離した。離した途端に、人形はガクンと崩れ落ちる。


カシャン


空っぽの音が瓦礫の中に響き渡る頃、人形から光を奪った魔法使いはその姿を消していた。

投げ出された人形が、静かにコトリと音を立てて、そして動かなくなった。

04/11/28



 

 

 

















ちなみに、二律背反とは。
相互に矛盾する二つの命題(定立と反定立)が同等の妥当性をもって主張されること、だそうです(yahoo辞書調べ)
恐ろしい勢いで難しい言葉です。おかげで何か、お題を達成できてないような気が。
哲学は深い……!