来訪者



ボロボロで広い遺跡の中で、珍しく原形を留めたまま真っ直ぐ立っている一本の太い石柱。その上に人影はあった。
闇の姿ではない。その人影は全身、何もかもが黒かった。ただ瞳だけが閉じられている。
そのまま見つめていれば、そのうち空気の中へ溶け込んでいきそうに気配というものが無い。

人影は、閉じていた瞳を開いた。その瞳は、禍々しいほどの、赤。その赤い瞳で、スッと遠くを見据える。


「……さて、どうなるかな」


どこか楽しげにそう呟くと、人影は肩に担いでいた長いものを担ぎなおす。そして、ひたすら見つめ続けた。
手を出す事も無く、見捨てる事もせず、ただひたすらに、傍観者を徹していた。






今までにも何度か鈴木と対峙した事はあったが、今回ほど危険を感じたことは無かった。
たった1人でそこに立っている鈴木に、クロが一応強気に発言してみせた。


「へ、へえー、1人で来るたあいい度胸じゃねーか。今日はあのうじゃうじゃいた影たちはいねぇのかよ?」
「ふん、あいにくと、下僕を操る術は得意ではないのでな」


鼻を鳴らしながら律儀に答える鈴木。あれだけ影たちを出してきて得意ではないと言うか。


「と、とりあえず、弥生さんとシャープは中に入ってて」
「え?!」
「そんな事、出来ないのであります!」


驚く2人を見て、華蓮がため息をつきながら口を開いた。


「あなた方には、奴を倒す策があるんでしょう?」
「え、ええ……」
「そしてそれには準備がいるのでしょう?」
「そうであります……」
「ならその準備とやらをさっさとやって下さい。ここで足止めして差し上げますから」


言いながら拳銃を取り出す華蓮。その顔は非常に嬉しそうだ。彼女の場合、自分でとどめをさしたいだけなのだろう。
戸惑う2人をあらしが急かす。


「ほら早く行って行って!じゃないともたなくなるから!」
「で、でも……!」
「大丈夫弥生さんっ!」


不安そうに瞳を曇らせる弥生に、あらしはビッと親指を立ててみせた。


「あなたには鈴木の指一本も触れさせませんから!」
「あらしー、かっこよく見せようとしても無駄だと思うわー」
「うっさいシロ!えーいこの野郎シャープ!弥生さんを死ぬ気で守れよ!」


やけくそ気味に叫ぶあらしに、シャープが力強く頷く。


「まかせるのであります!」
「よーし行けー!」
「はい!であります!さあ弥生、行くのであります!」
「でも皆さんが!」
「大丈夫なのであります!きっと!」


なおもためらう弥生を半ば強引にシャープが連れて行く。そして2人は、通路の奥へと消えていった。
鈴木は特に慌てた様子を見せない。


「逃げたか……まあいい、これから追いかければすむ事だ」


余裕である。その目の前に、鋭い光が入ってきた。漆黒の光を放つ、見た目も名前もしょぼいが頼もしい武器、ぐんぐにるだ。


「追いかける前にこっちの相手をして貰いてぇんだけどよー」
「むしろ逃がしませんからね絶対」


ぶんぶんとぐんぐにるを振り回すクロの隣で華蓮が不敵に笑う。そのやや後ろの方ではウミとシロとあらしが並んでいた。


「ウミ、水という武器があるんだから、お前は前の方に並んでおいた方が良いんじゃない?」
「な?!俺が?!俺よりあらしが行くべきだろう!」
「何で?!武器も持ってないのに!」
「立派な刃物持ってるじゃないか!水より攻撃できるだろう!」
「持ってないってば!」
「ねーねー、あたしはー?」
「「ここにいなさい」」


後ろでワーワーごねている間に、前の方ではだんだんと戦いの雰囲気に近付いてきていた。
睨み合う悪魔とオオカミ女と、悪の魔法使い。余裕しゃくしゃくな顔で鈴木がくっと笑う。


「もしや止める気だけでなく、勝つ気でいるのか?」
「何だよ悪いか?!」
「いえ抹殺する気満々ですが」
「出来るものならやってみるが良い」


鈴木がそう言って笑った瞬間、銃口がピタリと頭へと向けられた。


「言われるまでも無く」
「早?!」


ヒュッと鈴木が消えた。いきなり飛んできた弾をかろうじて避けたのだ。いわゆる瞬間移動というやつである。
闇に消えまた闇からドロンと現れた鈴木の目の前には、黒光りする尖った3つの先端が現れていた。


「何っ!」
「ち!避けんなてめー!」


体を反らしたその空間にクロが飛び込んできた。地面に足をつけて、飛び込んできた反動を利用してまた跳ねる。
そうする事で、鈴木との間合いを取った。鈴木はこっそりと額の汗をぬぐう。


「……なかなかやるな」
「すばやく攻撃して魔法を使う隙を無くす作戦ですよ。魔法使いにはこれが一番です」
「んなるほどな!そりゃすげえ作戦だ!」
「今のは無意識だったって事ですかクロさん」
「うっせえ!これからはちゃーんと頭に入れてやってやるぜ!」


再びぐんぐにるを構えるクロ。にやりと笑う華蓮。
そうはさせるかとその場から動こうとした鈴木だったが、


「……?」


何故か足が動かない。おかしい。ふと足元を見下ろしてみればそこは何と、一面水浸しであった。
しかもありえない事に、水の一部が足に絡まっているかのように引っ付いているではないか。
その時、


「足元固めたぞ!」
「ナイスウミ!」
「何だと?!」


声のした方には、地面に這いつくばったウミがいた。たるの水をぶちまいて、遠くから水を操って鈴木を止めていたのだ。
このチャンスを見逃さないわけが無い。


「死になさい!」
「ぐおおおおっ!」


立て続けに何発か発射された弾を鈴木は何とか上体を反らして避けてみせる。
まるで映画の一場面のような見事な避け方だ。これを二回もやってのけるとは、さすが鈴木。
そこへ、まだ水とくっついたままの足元に、クロが突っ込んだ。


「ぎゃははははー!もらったー!」
「な?!」


ぐんぐにるが迫る。もう少しで足に刺さるという所で、水を固めていたウミの手に衝撃が走った。


「痛っ!」
「えー?!どーしたのウミー!」
「いや……今水を伝って何か痛みがきたんだ」


まだピリピリする己の手をウミ自身が不可思議な目で見つめる。
痛みで水から手を離してしまったので、鈴木にはまたもや逃げられてしまった。


「水を通して魔力を逆に流し込んだ。もう水は通用せんぞ!」
「「何?!」」


鈴木の発言に全員が衝撃を受けた。


「「そんな魔法使いのようなすごい技を使うなんて!」」
「自分は魔法使いだっ!」
「あ、そうだった」
「仕方ないですね、こうなったら」


決意の光をともした瞳で、華蓮は言った。


「全員でいっせいにやっちゃいましょう」
「1対5?!」
「しゃー!そうこなくっちゃなー!」
「残りの水全部使うか」
「たーくさんかじってやるわー!」
「ちょうど持ってたこの刃物でやっちゃうか」


全員が戦闘モードに入ったのを見て、鈴木は顔を引きつらせる。


「お前たち……本気か?」
「「もちろん」」
「ぐおおおおおー!」
「「覚悟ー!」」


しばらく飛び交うのは、凶器の光。上がる悲鳴。誰かの雄叫び。痛そうなドカバキという音。まさに袋叩き状態だ。
そんな状態でしばらく経った後、誰かのどこかがプッツンと切れる音が聞こえた。


「ぐおおおおおおおー!」
「「うわあ!」」


いきなり両手を振り上げて立ち上がる鈴木に5人は四方に避ける。とうとう鈴木は切れてしまったらしい。


「いい加減にしろ!自分は魔法使いだ!肉弾戦が出来るわけないだろう!」
「もやしですか」
「もやし美味しそうー!」
「やーいもやしもやしー!」
「えーい黙れ!」


カッと怒鳴った鈴木は、片手をスッと天へと向けた。すると何かがその手に集まってきているかのように、風が吹き荒れる。
何やら、嫌な予感がした。


「もう手加減はせんぞ……」
「「げっ」」
「お前たちもろとも、全てを吹き飛ばしてやろう」
「ぎゃー!落ち着け鈴木ー!」
「やめてー!きゃー!」
「誰がやめるかっ!くらえ!」


カッ!


光が爆発する。強い衝撃に、全てが巻き込まれていった。

柱の上の人影は、爆風に少しも揺らぐ事無く、そこに在り続けていた。

04/11/26