エルフ
夜がとっぷり暮れた遺跡。そこには、少々照れた様子のシャープと弥生が立っていた。
「いやー、またもや時を忘れてしまっていたのであります」
「ごめんなさい皆さん」
あははうふふと笑い合う2人。
珍しい銀髪をさらけ出したシャープと美しく長い金髪を持つ弥生が並んでいると、とてもお似合いに思えてくる。
思えるのだが……。ずっと2人を待っていた5人はすでにぐったりとしていた。
「あーもういいですよ何もかも」
「イチャイチャすんのは目的地についてからにしろっての」
「ほ、本当にすぐ近くなんですよ、落ち着ける場所は」
「ささ、早く行くのであります」
まったく説得力の無い2人の言葉だったが、やれやれと5人は立ち上がった。
ここでこうしてノタノタしていてはまったく先には進めない。
「それで……落ち着ける場所っていうのは後どれぐらいなんだ?」
「あの瓦礫の塊のすぐ向こうにあるのであります!」
「「近っ!」」
シャープが指差した瓦礫の塊はすぐ近くにあった。つまり、目的地はここからすぐ近くにあったことになる。
5人は脱力した。
「それならそこについてからイチャついてよ!おかげでこっちは疲れるわ悲しくなるわ落ち込むわ自分が空しくなるわうううっ」
「もう嫌です……」
「おなかすいたー」
「オレもう寝たい。思い切り眠ってしまいてぇ」
「もうすぐだ……もうすぐつくんだ、頑張れ俺」
散々愚痴る5人をなだめながら、シャープと弥生は先へと進んだ。
瓦礫の塊を乗り越えたそこには、ひっそりと入り口が存在していた。まだ原形を留めている遺跡の建物があったのか。
「ここか?!ここがその落ち着ける場所か?!」
「そうなのであります!」
「やっとついたのか……」
「一番乗りよー!」
スッタカターとシロが飛び出していった。その後に負けじとクロもついていく。残りの者は揃ってのんびりと入っていった。
しばらく暗くて狭い通路が続いていたが、唐突に視界が広がる。そこには、広い空間が横たわっていた。
「うわ、広っ!」
「驚きましたね……こんな所にこんな部屋があったなんて」
床にも壁にも柱にも、昔の文字のようなものが所々に刻み込まれていた。しんとした、どこか荘厳な空気が漂っている。
奥にもまだ空間が続いているようだが、暗くてよく見えない。
「思えば夜だし、暗いのは当たり前か」
「待ってください、今明かりをつけますから」
弥生はそう言って、部屋の隅へと引っ込んでいった。しばらくすると、パッと明るくなる。
何と部屋全体がほんのりと発光しているようなのだ。
「うおーすげー!」
「すごいすごーい!どうなってるのー?」
「ここは不思議な部屋なのであります!」
「いや説明になってないから」
よく見たら刻み込まれている文字が光っているようである。もしかしたら、とても特殊な文字なのかもしれない。
何とか読んでみようと、あらしが顔をグイと近づけた。
「うーん……。駄目だ、何となく分かる気がするけどやっぱり読めない」
「私はまったく分かりませんよ」
「俺たちは元から普通の文字を読めないしな……」
「んだんだ」
「そうよねー」
文字をなぞったり叩いたりしていると、弥生が笑いながら近付いてきた。
「これはとても古い文字なんです。文字自体に魔力を持っているんですよ」
「「おおー」」
弥生の説明に、全員で感心した声を上げる。
「じゃあ、これを読むだけでこうやって光ったり?」
「ええ、呪文のようなものなんです」
「それは面白いですね」
「おもろーっ!」
皆で壁の文字などをベタベタ触っていると、弥生がスッと頭に手を持っていった。
そこには、ずっと頭を覆っていたベールがある。
「シャープと同じで、私にもこれはもう必要ありませんね」
「「あ」」
思わず声が漏れる。弥生は意外にあっけなくベールを取り去った。底に現れたのは、予想通りの美しい金髪。
元々隠している部分が少なかったのだから当たり前なのだが、しかし一ヶ所だけ、予想外の部分があった。
それは、耳。その耳はいわゆる一般人よりも、はるかに長く尖っていた。
「「……?!」」
「……ああ、ごめんなさい、皆さんを驚かせてしまって」
声も出ない様子の5人を見て、弥生はベールをしないながら謝った。
「私、エルフなんです」
笑顔でそう言われ、再び絶句する。確かに長い耳といえばエルフだ。弥生の美しい顔立ちも綺麗な金髪もエルフらしい。
そこに、呑気なシャープがアハハと笑い出した。
「つまりここにいる者みんな変わった奴らってわけでありますね!」
「いや僕は普通の人間だから」
「人間は人間だろうけどお前普通ではねえだろ」
「嫌だせめて僕だけは平凡でいさせてくれ!」
無駄な叫びが部屋に響く。と、そこで、エルフの歌姫が歩き出した。
「みなさん、こちらへ来てください」
「「え?」」
とりあえず後をついていく。とてつもない広さのこの部屋は、本当にどこまでも続いているように先へと続いている。
その途中に、テーブルのような台がポツンとあった。ここが部屋の中心なのであろうか。
そこで弥生は足を止める。
「それでは皆さんに今から、私達の目的をお教えします」
「「!」」
ようやくこの時が来た。はぐらかされて随分と後回しにされてきた、この2人の目的とやらを知るときが。
「私達の目的、それは」
誰かの喉がごくりと鳴る。シャープが、ゆっくりと口を開いた。
「暴走する鈴木を、止める事であります」
わずかな沈黙。その後、
「いいですねやりましょうってか殺りましょう原形留めないぐらい嬲り殺しましょう」
「とりあえず落ち着け華蓮」
イキイキと身を乗り出していく華蓮を一応ウミが止めておく。その隣ではクロが楽しそうに手をゴキゴキと鳴らしていた。
「マジでか?あのいけ好かねえ野郎をぶっ倒すのか?」
「いいわー!あたしもやるー!」
シロまでぴょんぴょん飛び跳ねるのを見ながら、あらしが遠慮がちに口を開いた。
「確かにあれは止めといた方が良いと思うけど、一応強いよ?何か策とかあったり?」
すると、シャープと弥生は迷うように顔を見合わせた。
「確かに……あいつは強いです。けれど、止める事ぐらいは出来るかもしれないんです」
「そうなのであります!だから今から、その準備をするのであります!」
「鈴木はそれを知って、私達を襲ってくるんです」
なるほど、鈴木が執拗に追ってくるのはこういう訳があったのか。
「だから皆さんにはそれのお手伝いをして欲しいのでありますが……」
「……いいですか?」
ためらいながらも尋ねてくる2人。しかし、5人の答えは決まっていた。
「弥生さんのためならいくらでもお手伝いしますよ!」
「オレもあいつに色々仕返ししてえ所だったんだよな!」
「やりましょーやりましょー!」
「危険な奴は今のうちに止めとかないとな……」
「とうとうあのイカれたゲス野郎の脳天をかち割る時が来たんですね、ふっふふふふ」
やる気満々の5人を見て、シャープと弥生の顔もほころんだ。
「皆さん……!ありがとうございます!」
「それではさっそく作戦を立てるのであります!」
打倒鈴木の名の元に全てが動き出そうとしていた、その時だった。
ズシン!
「うわ?!」
「きゃー!」
「何だ何だ?!」
グラグラと部屋が揺れる。突然の事だった。地震ではないこの揺れ。これは……。
「外だ!」
「外で何が?!」
「ちょっくら外見てくるか!」
「あ!ちょっと待てコラ!」
最初に駆け出したクロに続いて、結局皆で外へと走る。部屋を出て通路を駆け抜け外へ飛び出した、そこは、
一面の焼け野原だった。
「こ……これは?!」
「遺跡がボロボロじゃないですか……」
「一体、誰がこんな事を……」
「自分だ」
唐突に聞こえたその言葉。はっとして辺りを見回すと、いた。瓦礫の上に、1つの影が立って、こちらを見下ろしている。
あの小さな影の塊たちの姿は無いが、その代わりに人影自体が凶悪な闇となって、そこに存在している。
「どこに隠れているかと思ったら、こんな所にいたか」
っくくく……と笑い声が漏れる。顔は見えないが、きっと笑みの形に顔をゆがめているに違いない。
シャープが呆然と呟いた。
「最悪のタイミング、なのであります」
名も無き魔法使い、鈴木は、よりいっそう邪悪に笑みを広げた。
04/11/21