刺青
かくして、シロの魔法の光によって影たちは1つ残らず消えていったのだった。
「あーっ!うじゃうじゃいたのが消えちまってすっきりしたぜ!」
「逆に一部分黒くなっちゃってるけどね」
周りは炎に焼かれた草々のせいで、こげた黒が広がっていた。火事にならなくて良かった。
天国が炎に包まれる事があったらシャレではすまされない。
「鈴木本体は……ここにはいないみたいですね」
「助かったのであります」
息をつくシャープの隣で弥生が微笑みながら頷く。
「本当……。今邪魔をされては全てが台無しになってしまうもの」
「それなんですが、まだ目的の方を教えてもらえないんですか?」
「いいかげん教えてくれないか?」
5人に見つめられて、シャープはガシャンと鎧を鳴らしながら振り返った。
「それでは、落ち着ける場所に行ってからお話しするのであります!」
「「落ち着ける場所?」」
「シャープ、それって、あそこね?」
「そうなのであります!あそこなのであります!」
視線だけで会話をする弥生とシャープ。まるで本当に心が通じ合っているようだ。
すると、こっそりシロがあらしの腕をぐいぐいと引っ張ってきた。
「あらしー、仲良さそうなの見ても落ち込んでないのねー」
「ああ……うん、もういいんだ、弥生さんが幸せならそれで……!」
「愛ねー」
「……ところでシロ、何か、顔色悪くない?やっぱりさっきので疲れたんだろ」
あらしに顔を覗き込まれてシロは目をパチクリさせた。話が聞こえたのか、クロも同じように身をかがめてくる。
「マジでか?大丈夫かよシロ」
「だ、大丈夫よー!平気だもんー!」
「無理すんなっての。ほれ」
クロが背中を向けて手招きするので、シロは首をかしげた。今シロは翼を出していない。しまった状態に慣れてしまったのだ。
シロがモタモタしていると、痺れを切らしたクロがひょいとシロを持ち上げた。
「おっしゃ!行くぞー」
「きゃー!」
「背負ってやるって、素直に言えばいいのに」
後ろであらしのため息声が聞こえる。しかしシロは、クロの背中で周りの景色に夢中だ。
いつもより、高い。
「高ーい!高いわー!クロっておっきいのねー!」
「そーだろオレはでっかいだろ!でもシロも小せえと思うぞ」
「あたしはちっさくていいのよー!だって飛べるものー!」
「てめえオレへのあてつけか!そんな奴には高速の刑だコラー!」
「きゃー速いわー!」
2人の天使と悪魔(身長差大)がじゃれ合うのを、3人の仲間と2人のカップルは半分呆れながら眺めた。
やがて華蓮が、呆れた顔のまま皆を振り返る。
「……それじゃあ、落ち着ける場所とやらに行きましょう」
「そうでありますね」
「そんなに離れた所じゃないんで……こっちです」
弥生とシャープの後についていく3人。クロとシロがそれに気づいたのは、しばらく経った後のことだった。
「……あー!みんな行っちゃってるわー!」
「おーいおい!置いてくなっつーの!」
いつの間にか肩車状態になっていた2人は、慌てて仲間の後を追ったのだった。
そして今現在、5人と2人は長い階段を下にくだっている所だ。
「落ち着ける場所っていうのは、まさか……遺跡?」
「ええ、そうなんです」
あらしの言葉に弥生が頷く。弥生の歌声に惹かれて、初めて会った場所だ。
その時の事を思い出して、あらしはくっと拳を握り締めた。
「何て短かったんだあの幸せなひととき……!」
「ど、どうしたんですかあらしさん!?」
「あれは気にしない方が良いですよ、ここが今少々駄目になっているんです」
ここ、と華蓮が指したのは頭だったが、突っ伏すあらしには見えていない。
クロの頭の上から、シロが不安そうな声をあげた。
「でもー、影さんたちってもういないのかしらー?いーっぱいいたけどー」
「大丈夫でありますよ!多分!」
根拠の無い励ましをシャープが口にした後すぐに階段が途切れる。どうやらやっと遺跡についたらしい。
「これは……すごいな、遺跡は初めて見た」
「思ったより広いですね……」
「うほー!こーんな所があったのかよー!」
初めてここを訪れるウミと華蓮とクロは一様に驚いた様子だった。改めて見ても、瓦礫ばかりの遺跡だ。
しかし広い。ほとんど夜のこの時間では、遺跡全てを見通す事は到底不可能だ。
「ここに本当に落ち着ける場所ってのがあるのかよ?」
「安心してほしいのであります!ちゃんとあるのであります!」
「もうちょっと先にあるんですよ」
また歩き出しながら、弥生が説明をするように口を開いた。
「私は先にここへついて、シャープが来るのを待っていたんです」
「あ、だから歌ってたんですね」
「そうです。でもあいつが……鈴木が動き出したのを知って、今すぐ会わなくてはならなくなって」
すっかり定着した鈴木の名。あとは本人がこの名前を認めるだけだ。
シャープがとても申し訳なさそうに弥生を見る。
「私が遅れたばかりにこんな事に……許してほしいのであります、弥生」
「いいの、今あなたがここにいるだけで……」
またもや足を止める2人。何というか、ここまで来るとさすがに突っ伏すあらしが気の毒だ。
そろそろ苛立ってきた華蓮がパタパタと片足を地面に打ちつけ始めた。
「大体弥生さんは、あれのどこが良いんですか?」
あれ、というのはもちろんシャープの事である。
姿は未だに全身鎧のままだし、妙な口調だし、華蓮の言い分も確かに分かる。しかしいつもの事だが、はっきりと言い過ぎだ。
ウミが少しフォローするようにたしなめた。
「人の好みはそれぞれなんだ。それにああ見えて、シャープは良い奴だぞ」
「人が良いだけじゃないですか」
「それ言ったらシオンだって同じだと思ーああああいだだだだ!」
「すごーい!クロの耳がいっぱい伸びてるわー!」
「少なくとも紫苑はあんな変な格好はしていません!」
いつもの如く言い争いというかじゃれ合いをしていると、会話を聞いていた弥生がふと何かに気が付いたようにシャープを眺める。
「……そういえばシャープ」
「何でありますか?」
「何でそんなに全身鎧姿なの?」
「……え?」
はた、とシャープは自分の体をまじまじと見下ろした。そして考え込むようにしばらく動きを止めた後、ポンと手を叩く。
「おお、鎧着てたのを忘れていたのであります!」
「「おおーい!」」
「いやー、寒さ除けと身分を隠すために着ていたものでありますが、すっかり馴染んでしまっていたのであります」
「身分隠すのにそんな鎧必要か?!」
「私はよく目立つのでありますよ」
よいしょと鎧を脱ぎ捨てるシャープ。まずは足から。そしてどんどん上へ。中には普通に服を着ていたようだ。
胴の部分も取る。ついに胸、そして腕だ。腕の部分が露わになると、そこには……。
どこか禍々しい、青い刺青が現れた。
「「……!」」
「シ、シャープ、その刺青は……?」
「え?ああこれでありますか?色々厄介なものでありますよー。私には影響無いのでありますが」
などと訳の分からない事を言っている間に最後、兜も取られた。とたんに闇夜の中、何かが光る。
これはおかしい。金属である鎧が全て取り払われたのだから、体のどこも光るわけが無い。しかし現に光っている。
そう、これは別におかしい事ではないのだ。
シャープの髪は、どの金属よりも美しい光を放つ、銀色だったから。
おまけに、
「「美形だー!」」
「卑怯だー!そのギャップ卑怯だー!」
「え?!な、何でありますか?!」
その顔とその口調は反則である。
「その髪何なんですか、その刺青も!今まで見たことありませんよ」
「てめえさては人間じゃねえな!」
「失礼な、一応人間でありますよ!……まあ、ただ」
スウッとシャープは目線を上げた。遠い昔の、何かを思い出すように。
「とても珍しい一族ではあるのであります」
「「珍しい一族?」」
「私のフルネームは、『シャープ・C・ブラッド』。しかし」
弥生の腕をそっと持ち上げながらシャープは言う。
「貴方と共に生きることを誓い、一族から離れた時、一族の名も一緒に捨てたのであります」
「シャープ……」
「今の私は、ただのシャープなのであります」
後の名は一族全員が持つ名前だという事か。珍しいという事は少数なのだろうに、よく抜け出せたものである。
「この呪われた刺青も、もはや関係は無いのであります」
「でもシャープ……本当に、よかった?私なんかのために……」
「今更なのでありますよ、弥生」
またもや2人は、しばらく自分達の世界で見つめ合うのだった。
「ってか、本当に訳が分からないんだけど」
「もうちょっと待ちましょー」
「……だな」
取り残された5人は、夜空の下座り込んでいた。
04/11/17
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シャープについて心当たりのある方がいるかと思いますが、そっとスルーして下さい。