精霊



「い、いだだだだっ!」


天空に浮かぶ島に悲痛な声が響き渡る。
悲鳴をあげているのは、赤くなっているが目に涙は見えないシロに腕を噛みつかれているウミだった。


「どうですかシロさん、元気でましたか?」
「うん!やっぱりウミは美味しいわー!」
「よかったなシロ。でもウミってそんなに美味しいんだ?」
「魚ダシが滲み出てんだろ?ぎゃははは!」
「お前らっ……!ああ、やっぱり甘噛みでも痛い……」


シロと他の3人に恨みがましい視線を向けるウミ。何でかじられたのかというと、シロに元気になってもらうためだった。
例によって例の如く泣き終わったシロの口から出た言葉が「腹減った」だったのだ。


「ありがとーウミー!これで一応大丈夫よー!」
「一応、か……」
「まあ、シロだし」
「どうでありますか?」


そこへシャープが声をかけてきた。隣には弥生の姿もある。2人は影たちが襲ってこないように牽制してくれていたのだ。
シロは力強く頷いて、元気よく立ち上がった。


「もう平気よー!まかせてー!」
「「おおー!」」


全員が期待を込めてシロを見つめる。それというのも、シロが腹減ったの後こう言ったからである。


『何か食べて元気でたら、この影何とか出来るかもしれないわー!』


一体シロは何をするつもりなのだろうか。
すると視界いっぱいに、バサリと赤い翼が広がった。


「いくわよー黒ゼリー!」


ゼリーに見えなくも無い黒い影たちにシロは指を突きつける。それと同時に、その背中の紅翼を一度羽ばたかせた。
ぽう、という不可思議な音が聞こえた。と思った次の瞬間、


「ふぁいあー!」


シロの声と共に赤い光が指の先からほとばしる。いや、光ではない。あれは……。
炎だ、小さな炎の塊だ。炎は、真っ直ぐ影たちの方へ飛んでいき、
ボン!


グギャァァァ!


燃え上がった。影たちの黒が本当の黒になり、灰になったようにボロボロ崩れていく。
火が消えると、そこには少しこげた芝生が見えた。影が消えたのだ。


「きゃー!やったわー成功よー!」
「「おおおおー!」」


全員で思わず感嘆する。ぴょんぴょんと飛び跳ねるシロの元へクロが駆け寄った。


「シ、シロー!すげーなさっきの火!何だあれ!」
「あれはねー、魔法よー!すごいでしょー!」
「魔法?!シロ、魔法使えるの?!」


あらしが驚いて尋ねると、シロはうんと頷いた。


「天使って大体の人は使えるのよー!でも翼出してないと出来ないのー」
「なるほど、だからシロさんは今まで魔法を使わなかったわけですね」
「うん……。ごめんねー、もっと早く言ってたらもっと役に立ったのにー……」


しゅんとうなだれるシロに、華蓮は慌てて言った。


「いえいえ、今誰よりも一番役に立っているじゃありませんか」
「ああ、俺なんか甘噛み役だからな……」


やや落ち込み気味に呟くウミに、シロはにっこりと微笑む。


「そうねー!今までの分いーっぱい頑張るわー!」


そう言ってまた影に向き直るシロは、影たちを倒すべくまた指を突きつけたのだった。





「ふぁいあー!」


ボン!影の一部が崩れ落ちる。


「ふぁいあー」


ボン!影の一部が崩れ落ちる。


「ふぁ、ふぁいあー」


ボン!影の一部が……。


「シ、シロ、シロ!頑張りすぎじゃない?休めば?」
「おいおいふらふらしてっぞ!大丈夫かよ?」


いい加減疲れてきたらしいシロに仲間達が声をかけた。
さっきから炎をボンボンと当てているのだが、何故だか影たちはまるで減っていないように思える。
様子を見守っていたシャープが、うーんとあごに手をやりながら口を開いた。


「もしかしたら、細胞分裂か何かで増えているのかもしれないのであります」
「んだとー!それじゃキリがねえじゃんかよ!」
「このまま繰り返しても同じなのか……。どうすればいいんだ?」
「こいつらの弱点をつくのであります!」


カッ!と影たちを指すシャープ。おおっとどよめく周り。そこに弥生の一言。


「その弱点とは、何なの?」
「「………」」
「でもきっとどこかに弱点はあるはず!なのであります!」
「だーっ!どーすりゃいーんだよー!」


途方にくれる一同。その時あらしがハッと目を見開いた。おまけに口も開いた。


「ああああー!おっ思い出したー!」
「ど、どうしたんだあらし?」
「ほら、皇帝に助けてもらった時!皇帝がライトでこの影たちを追い払ってたじゃんか!」
「「お」」


同じく目を見開く4人。


「確かに……。サーカス団と共に入った町でこの影たちに襲われた時、あの皇帝さんがライトで助けてくれましたね」
「おお!鈴木に呪いかけられて体透き通ってる皇帝だろ?そうだったな!」
「サーカスをやろうとした所に鈴木が影たちと襲ってきたんだったな、忘れていた」
「ピカーッ!って光ったら影消えちゃったからー、これが弱点ねー!」
「何やら皆さん、妙に説明口調でありますね」


とにかく弱点を見つけたのだ、これで反撃が出来る。全員で影の弱点であるライトか何かを探し始めた。


「誰か持ってねえのかよライト!」
「懐中電灯ならあったんだけど、電池が切れてるんだ」
「電池ぐらい買っておいてくださいよ」
「他には無いのか?」
「あたし出来るわー!」


シロの言葉に全員で振り向く。シロはえへんと胸を張っていた。


「小さーい光だったら出せるのー。だからー、頑張ればピカーッて出来るかもしれないわー」
「で、でかしたシロ!」
「でもシロさん、魔法使い過ぎてませんか?力は残っているんですか?」


華蓮に心配そうな声をかけられても、シロはにっこりと笑い返してみせた。


「平気よー!やってみるわー!」
「無理すんなよシロ!」
「分かってるわー!」


バサリと赤い翼がはためく。シロは集中するように目を閉じて、両手を前に突き出した。
他の者はシロが影に襲われないように周りを囲む。

強い光を出す事はとても難しい。シロはまだ子どもなのだ、そんなに魔法を使いこなせるわけではない。
それでも、やらなければならなかった。この影を倒すために、仲間たちを助けるために。


「シロ」をくれた仲間達を、自分の力で守るために。


シロは目を閉じながら祈った。神様、どうかほんのちょっとだけでいいから、この闇を消し去る光を下さい。
何の力も無いけど、せめて自分の出来る事で仲間達を助けたいんです。
お願いします。


手に光が集まったのを感じる。でも足りない。これじゃあ全ての影たちを消す事は出来ない。
実はもうあまり力は残ってないから、光も1回しか出せないだろう。
影たちのざわめきが聞こえた。きっと襲い掛かってくる前なのだ。シロはぎゅうっと目をつぶった。

ああ、誰か、力を貸してください。助けてください。誰か、



   お母さん、助けて。



シロはびっくりして思わず目を開けていた。いきなりブワッと大量の光がシロの元へ集まったかのようだ。
シロの手に集まった光は、今にもはちきれんばかりに膨れ上がっている。
仲間達が見守る中、シロはその手を振りかざしていた。


「くらいなさーい!」



世界が、真っ白になった。それほど強烈な光だった。何も見えない。
だがその中で、シロは不思議な感じがして、そっと目を開けてみた。


そこには光があった。しかし、ただの光ではない。何かの形をかたどっている。
これは幻覚か。シロは光を凝視した。光が今、笑ったように見えたのだ。
笑っただけではない。細長い手が見える。それが、シロに近付いてきている。

シロはそれを見つめていても、不思議と怖くは無かった。むしろ、何か懐かしい感じ。これは……。


   シロ


今度は幻聴まで聞こえてきた。名を呼ばれてシロは気が付く。
懐かしいはずだ。だって、この笑顔を、この腕を、何回も何回も見てきたのだから。


   よく頑張ったわねシロ ずっと見守っていたのよ


フワリ、とシロの体が光に包まれる。不思議だ。光なのに、本当に抱きしめられているような心地がする。
ずっと、ずっと求めていた光が今、ここにある。


   シロにはお友達がいるから もう大丈夫ね


「お、おかあさ」


声が上手く出ない。ずっと言いたかった事がたくさんあるのに。
その時、光が薄らいできたのに気づいた。消えてしまう。早くしないと、この温かさが消えてしまう。


「お母さーん!」


だからシロは、この言葉に全てを込めた。


「あたし、「シロ」でよかったわー!ありがとう!」


スウ、と光が離れた。シロの目の前に浮かぶ光は、微笑んでいた。とても嬉しそうに微笑んでいた。
シロは思わずほう、とため息をつく。

母は、まるで光の精霊のように美しかった。


   ピートさん……お父さんとモモをよろしくね


「任せといてー!」


   シロ…… 私の可愛いシロ お母さんはずっと 貴方の側についているからね


母は光の中に消えていった。光も同じように消えていく。
最後の一欠けらが消えようとした時、その光の欠片はスッとシロの翼の中に入っていったように見えた。
思わず自分の翼を掴んだシロが周りを見回すと、影たちは跡形もなく消え去っていた。


「や、やった!影が消えてる!」
「成功したんだな!」
「やったなシロー!お前すげえよ!」
「……シロさん、どうしたんですか?」


赤い翼を掴んだままうつむくシロの顔を華蓮が覗き込んだ。とたんにシロはパッと顔を上げる。
その表情は……とても幸せそうだった。


「あたしね、もう本当に大丈夫よー!だって、精霊さまがついているんだものー!」
「え?」
「それにね、みんながいるから!あたし、すっごく幸せよー!」


シロが本当に幸せそうに笑うので、つられて仲間達も笑顔になる。

紅色の翼から、柔らかな光が零れ落ちたような気がした。

04/11/10



 

 

 















祝、70話目!あともう少しだー!
なお、天使の魔法についてはうち設定です。