ギルドマスター



「やあ、やあ、やあ、ちょうど良い所へ来てくれたのネ」


ある町のある一角にある1つのギルドに入ったとたん、あらしたちはそこのギルドマスターに声をかけられた。

ギルドとは旅の寄合場所みたいな所で、1人のマスターがそれぞれ管理している。
主に旅人の支援をしているのだが、手を貸す代わりにギルドはたまたま立ち寄った旅人に色々な用事を頼んでくる事があるのだ。
旅人がそれをこなして、ギルドが儲けて、それで旅人とギルドの輪は成り立っているという訳である。

つまり、どんな厄介事でも旅人は頼まれれば大体引き受けなければならないわけで。
それを知っているあらしは、嫌な予感がして思いっきり顔をしかめてみせた。


「何ですか」
「ずいぶんと嫌そうな顔をするのネ。まあ、こっちへ来て話を聞くのネ」


やっぱり……とあらしはため息をついた。話を聞けイコール用事を頼む、という事だ。
この、やけに語尾に「ネ」をつけるチビっこい男も侮ってはいけないのである。
しかし、ギルドに初めて入るらしいクロもシロもウミも華蓮も事情が分からないようで、


「ねーねー、あの人あらしのお友達なのー?」
「話を聞けって、どういう事だ?」


あらしはうんざりしながらも、4人にギルドの事を簡単に説明してやった。
すると、予想通り全員ゲッという顔になった。


「うえー、オレ仕事とか嫌いだぜー」
「それは断れないんですか?」
「基本的には、特に理由がなければ断れないんだよ……悲しい事に」
「「はあ……」」


5人は足取り重くギルドマスターの後をついて行ったのだった。





ギルドマスターはその体に似合わない大きな椅子に座ると、改めて話を切り出した。


「さて、実は少し用事を頼みたいのね」


とたんに前に並んだ旅人全員「ほらきたー!」という顔になった。


「用事と言ってもそんなに難しい事ではないのネ。このギルドの書庫の整理をして欲しいのネ」
「書庫の整理?」
「そうなのネ。今書庫はすんごい散らかってるのネ。それらをジャンル別や年代別に分類して棚に綺麗にしまって欲しいのネ」


考えるだけでしんどそうな用事である。
本が結構好きなあらしは別として、クロやウミなんかは既にぐったりとしている。


「そこってどのぐらい本があんだよ……?」
「そうネ……数えるのもめんどいから分からないのネ。とにかくたくさんあるのネ」


聞いたクロは後悔したようにさらにぐったりしてしまった。
全員がやる気をなくしたのを見て、ギルドマスターは努めて明るく語り出した。


「あそこには結構珍しい本とかもあるのネ。見てるだけで楽しいのネ。結構お得なお仕事なのネ。だから頑張って欲しいのネ」
「だってオレ文字読めねーもん」


いきなりクロが衝撃的なことを言い出した。


「……本当?」
「ただ、古代悪魔語なら読めるぞ」
「いや微妙……古代とか……」
「まずそんな言語があるんですね」
「俺も海水地方人魚語なら読めるんだがな……」


この調子ならシロも読めなさそうである。


「……華蓮は?」
「一通りなら」
「そうかよかった……はあ……」
「……まあ、頑張るのね」


ギルドマスターも、何となく同情してくれているように見えた。





「ここが例の書庫なのネ」


ギルドマスターの案内でやってきたのはギルドの奥の部屋だった。
少し古めかしいドアで、いかにも書庫という雰囲気が出ている。


「少し埃臭いかもしれないのネ」
「全然OKです」


1人だけちゃっかりマスクをしている華蓮が頷くと、ギルドマスターはゆっくりと書庫のドアを開けた。中には……。

見渡し限りの本、本、本。あと古い机がいくつかと、壁一面の大きな本棚。
はっきり言って、気が遠くなりそうである。


「はー!スゴイ量だなあ……」


積み重ねられた本の山を眺めながらあらしは感嘆の声を上げた。
これだけの本を見るのは、旅をしている中でも初めてである。


「すんごい本のにおいが立ち込めてんなあ」
「これが全部食べられたらなー」
「ここにある全ての本を片付けるのか……」
「まずは換気しなきゃいけませんね」


他の者も一様に驚いているようだ。ギルドマスターはそんな5人の様子を見て満足そうに頷いた。


「これ全部ボクのコレクションなのネ。集めるのに随分と苦労したのネ」
「それにしてはやけに散らかってますね」
「うっ……し、仕方ないのネ、ボクは整理整頓が苦手なのネ!」
「ええ、これギルドマスター個人の用事なのか」
「ううっ……」
「自分の用事のためだけに人を使っていいのか?」
「ひどいわー!」
「わ、分かった分かったのネ、片付けてくれたらこの中の本を一冊やるのネ!」
「ええー?食べ物がいいわよー!」
「金出せ金ー!」
「えーいつべこべ言ってないで早よ始めるぞ!」


「刃物」を出して怒鳴るあらしは内心本が欲しいと思っていた。
何せ金は食費等にどんどん消えていくので、本を買う余裕が無かったのである。


「えーと、なるべく本を傷付けないようにして欲しいのネ」


「刃物」を見て少しビビったギルドマスターがかなり控えめに言ってきた。
それにあらしは当然、と言わんばかりに頷く。


「前向きに検討しておきます」
「あ、いや、なるべくというかネ……出来ればというかネ……」
「こいつらが暴れない限りきっと大丈夫です」
「おめーが一番暴れてるじゃ……」
「何か?」
「イエ、何でもアリマセン」


「刃物」一振りでクロを黙らせると、あらしはぐっと握りこぶしを作って、


「よーし、皆適当に持ち場について片付けろ!」
「随分とアバウトな命令だな……」


ボソリと呟いたウミも他の3人も、適当にそこら辺に散らばって片づけをし始めた。
まあ、まずは本から埃を叩き落す事から始めなければならなかったが。
5人が作業に入ったのを見て、ギルドマスターはドアに手をかけて外に出た。


「じゃあボクは他のお仕事してくるから、後はよろしく頼むのネ」
「他のお仕事なんてあったのか」
「ギルドマスターなんだからあるに決まってるのネ」
「へー!一体どんな仕事なんだよ、命令するだけだろ?」


イキイキとクロがギルドマスターに質問してきた。きっと出来る限りサボろうとたくらんでいるに違いない。


「それだけじゃないのネ。いろんな書類を見たり書いたり、たまには会議とかに出掛けなきゃいけないのネ」
「結構大変なのねー!」
「面倒な仕事だなあ」


いつのまにかシロも会話に参加している。2人してサボる気満々のようだ。
それに気付いたのか、ギルドマスターがニヤリと笑いかけた。


「何なら仕事、変わるのネ?」
「えー、オレはパスー」
「まだこっちの方が楽だわー」


慌てて作業に戻ったクロとシロを見て、ギルドマスターはよしっと満足顔。
この男もなかなかやるようである。


「それじゃ頑張るのネー」
「「はーい」」


こうして、ギルドマスターはバタンとドアを閉めて書庫から去っていった。

03/12/12



 

 

 













ギルドについてはうちの設定という事で。他の所ではまた違うかもしれません。