切れない絆



その声はとても聞き覚えのあるもので、しかもつい最近聞いたことがあるものだった。
目の前にいるウミが自分の後ろを見つめたまま固まっているのを見て、少なくともマシなものではないんだなとあらしは確信する。
そして勇気を持っておそるおそる振り向いてみれば……。

そこには、体の透けた背が高めの男が1人。


「コーテーだ!」


腹を満たして元気100倍のシロが笑顔で言ったように、そいつはつい先ほど別れたばっかりの皇帝だった。


「なーんでおっさんがこんな所にいるんだあ?」
「別れてからまだ2話分しかたってないぞ」
「思いっきりしばらくは出てこないだろうという感じで別れたじゃないですか」
「しかもあの国から出てこれるんだ?」


全員でいっせいに質問すると、皇帝は呑気に笑いながら答えた。


「いやなに、ここも私の国なもんでな、移動できるのだ」
「結構広いんだこの国……」
「うむ。私の国の都市全てに呪いがかけられてしまったがな」
「それだけ鈴木に恨まれてたのか……?」


のろいをかけた恐ろしい奴の名は「鈴木」で定着してしまっているようだ。
皇帝は、懐かしむように目を細めてこの霧に包まれた都市を見回した。


「懐かしい。ここは私の生まれた都市なのだ」
「へー。ここが」
「この地下には水脈があってな、綺麗な水で有名な都市だった」
「確かにここの水は綺麗だ」


人魚のお墨付きをもらって、皇帝は微笑んだ。


「しかしこの美しい都市も、人がいなければ廃墟同然だ……」


皇帝が最初にいたあの瓦礫の都市も、霧に包まれたこの無人の都市も、同じ廃墟なのだ。
人のいない都市など、都市とはいえないのである。


「それなのに皇帝はここにいなきゃいけないんだ?」
「そうだ」
「大変ねー。一緒に食べるー?」
「おお、それはありがたい」


シロに勧められて、皇帝は5人の輪の中に入ってきた。
体透けてるのに何か食べられるのだろうかとあらしが見ている中、皇帝は普通にパンをかじり始めた。
人を見かけで判断してはならないんだなぁ。


「いや……そういう問題じゃないと思うんですが……」


あらしの心を読んだかのように華蓮がつっこんできた。


「何で霊ごときがものを食せるんですか」
「ごときって……」
「霊ではないと言っておろうが、まったく」


ムシャムシャと常識をひっくり返しながら皇帝は答える。


「この世は何でもありの世界だ。気にした方の負けだぞ」
「そんなもんかー……」
「何だか納得がいかないんですけど」
「食べなくても存在は出来るのだが、たまには味をかみ締めるのもいいものだ」


言いながら、皇帝はペロリとパンを平らげてしまった。
そこで思い出したのだが、あのパンは実はウミのものだった気がする。まあ、ウミは水を手に入れてご機嫌だから別に良いだろう。


「ところで、この先にも皇帝の都市が?」


あらしが聞くと、皇帝は首を横に振った。


「この先は私の国ではない。ちゃんと人が住んでいる町があるはずだ」
「呪われていない国ですね」
「そうだ、この先の事は私には分からない。行った事が無いからな」


それじゃあ出発するか、と5人は昼飯の片づけをし始める。
片付けるといってもそんなに散らかしてはいなかったので、すぐに終わらせてしまった。
広場を去る時、華蓮がふと皇帝に尋ねた。


「あの黒い大きなクリスタル、あれが呪いの原因ですか?」


すると、皇帝は眉をひそめてクリスタルを見上げた。
その顔には憎しみの影がちらついている。


「そう……鈴木がこれを打ち込んだ瞬間この都市は変わった。……とても禍々しいものだ……」


皇帝につられてあらしもクリスタルを見上げた。いつ見ても、気分が悪くなりそうなほどの負の力があふれている。

どうでもいいが、鈴木という名は変更した方が良いんじゃないだろうかとか考えながら。




皇帝の案内もあって、5人は来た時より早く霧から出る事が出来た。


「かーっ!シャバの空気はうめーなー」


大きな深呼吸をしながらあほな事を言っているクロの隣に立って、あらしは霧の都市を振り返った。都市を背に、少しこちらから離れた所で皇帝が立っている。
もしかしたらこれ以上出れないのかも、とあらしは考えた。


「ねえね、コーテーも一緒に来ない?1人だとヒマでしょー?」


どうやら皇帝が気に入ったらしいシロが笑顔でそんな事を言い出した。
勝手に決めんなとかあらしは思ったが、皇帝は微笑んだまま首を横にふった。


「いや、私は行けない」
「えーどーして?あ、国から出れないとか?」
「出れるは出れるんだが」
「「出れるんだ?!」」


てっきり出れないものだと全員思っていたらしく、思わず口をそろえる。
すると、皇帝はやっぱり微笑みながら理由を言った。


「前にも私は国から出ようとした。1人でこの国に存在しているだけなのは苦痛でしかないからな。しかし、途中まで進んだ時、私は急に国へ帰りたくなったのだ。あんなに出たいと思っていたのに、だ」
「「………」」


5人全員、皇帝の話に聞き入っていた。


「何故なら、私の『思い』がこの国に私を縛り付けているからだ。この体は呪いのせいだが、私がここに留まるのは私の『思い』のせいなのだ」
「そういえば、一番最初あんたは自分が生前の『思い』だと言っていたな」
「そうだ、私はこの国の皇帝だ。私とこの国は切れない絆でつながっている」
「だから来れないのねー。なんだー」


残念そうに呟くシロに、皇帝は笑いかけた。


「しかし誘ってくれてありがとう。嬉しかったぞ」


その笑顔は、今までの笑顔と違って本当に嬉しそうだった。





「それでは元気でな」


箱に乗り込んだ5人に、皇帝が話しかける。
何だかこのまま去るのが忍びなくなって、あらしは思わず口を開いていた。


「えっと……皇帝、僕はいろんな所を旅してきたけど、その中でこんな言葉を聞いたことあるんだ」
「ふむ?」
「一緒にご飯食べた仲は、いつまでも切れない絆でつながってるって」
「!」


皇帝はわずかに目を見開いた。


「うっわー。何かくせー台詞だなあらしー」
「うっさい!言うな!」
「こっこんな狭い場所で刃物振り回さないで下さいよ!」
「ぎゃー!斬られるっ!」
「魚の切り身ー!」


いきなり暴れだした5人に、皇帝は声を立てて笑った。
最後に声を出して心底笑ったのは、いつだっただろうか。


「さあ行って来い旅人よ!私はここにいる、ずっとここにいるからな!」
「何だか急に元気になったな皇帝」
「じゃーまたねーコーテー!」
「……あれ?何でこの箱の角のところ切れてるんだ?」
「さっきのおめーのせいだろーがよ!」
「またまた世話になりましたー」


ガラゴロギャーギャーとやかましい音を再び立てながら去っていく旅人達に、皇帝は手を振り続けた。
そして手を振り上げてそのままはっと気付いた。


「そういえばこの普通の者には入れない都市に何故入れたのか聞くの忘れてた。……まあいい、一緒にご飯を食べた仲だからな」


皇帝は、しばらくそのまま手を振り続けた。


切れない絆で結ばれた旅人達が地平線に消えて見えなくなるまで、いつまでも手を振り続けた。

03/12/9