呪い



それは一言で言うならば、とても禍々しいものだった。
見た目はただの真っ黒なクリスタル。しかし、そのクリスタルからは明らかに負のエネルギーが滲み出している。
おまけに大きさはそこら辺の二階建ての家よりも巨大で、それがこの都市の中心に深く突き刺さっているのだ。
これがこの都市の呪いの原因である事は、一目瞭然である。


「……でっか……」


あらしの口から出た言葉は、それなりに平凡なものであった。
次に言葉を発したのはシロだったが、


「不味そう……」


実に彼女らしい発言だった。実際不味そうではあったが。


「これがこの都市の霧の正体なんでしょうか?」
「そうにしか見えないけど……」
「でもこの辺りは霧が薄れているぞ」
「じゃあもう害は無いんじゃねーかあ?」
「それよりごはんーごはんー」


5人であーだこーだと話し合った結果、今はもうただ霧をこの都市にたちこめさせているだけではないか、という事になった。
つまり、別に近くにいてもどうにもならないという訳で。
そうなると……。


「霧も無いし広い場所だし、休むにはぴったりの場所だとは思うんだけど、どうする?」
「じ、冗談だろう?こんな明らかに怪しいものの前で飯を食うのか?」
「へっ、意気地なしが」
「そういう問題じゃないだろう今回は!」
「もーどうでも良いから早くごーはーんー」
「私はシロさんに食べられたくないので、別にここで食べても良いです」
「……。俺も……いい……」


こうなると、シロの存在は強力なものと確認せざるを得ない。


「じゃ、決定ー」
「おーしメシだー」
「ごはーん!」


こうして、一見とても近寄りがたい広場での昼食会が行われた。
メニューは非常に固いパンと以前狩ったある動物の肉と水。
肉はじっくりと火を通さねばなるまい。常識では。


「待ちきれないしー」
「肉は生に限るだろ絶対」
「はいはい、君らはもうかじってなさい」


生肉主義のクロとじっくり待ってる暇も無いシロは、非常識という事になるのだろうか。
少なくともあらしは非常識だと信じている。

小さなコンロみたいなものに火をつけて、華蓮は肉を焼き始めた。
辺りに、とても美味しそうなにおいが立ち込める。


「それにしてもこのパン固すぎねーか?」
「わがまま言うな。焼きたてはきっと柔らかかったに違いないんだから」
「食べられればいいのよー」
「どうせ固いならもっと歯ごたえが欲しいですね」


パンについて文句等言いながらかじっていると、ウミが何かを発見した。


「あ……」
「ん?どうしたウミ?」
「あれ、井戸じゃないか?」
「え、本当?」


井戸の姿を確認する前にウミは立ち上がってそちらへと近づいていった。彼にとって水は、その名の通り命の源なのだ。
井戸は、広場の片隅の方にあった。ちょうどあの黒いクリスタルの隣あたりである。
あんなに怖がってたくせに、と、あらしは心の中で思った。


「……ああ、水があるぞ!」
「本当ですか?」
「おいおい、ちゃんと飲めるようなもんなのかよー」
「ちょっと待ってろ」


ウミは備え付けられてあった桶をスルスルと井戸の底へと落として、中に水を入れて引っぱり上げた。
あらしも近づいて桶の中を覗き込んでみた。ちゃんと透明で、見た目的には普通の水である。


「どう?」
「……大丈夫、普通に綺麗な水だ」


ほら、とウミは桶の水を飲んでみせた。人魚なだけあって、ウミは水に関することだけは信用できる。


「ラッキーでしたね。ウミさんがこれで干からびませんよ」
「チッ」
「舌打ちするなクロ」
「飲み水も今のうちに確保しておこう」


これでしばらくは水に困る事は無いだろう。すると、華蓮がポツリと言い出した。


「……それにしてもおかしいですね」
「何が?」
「水も異常無し。霧も別に毒があるわけでも無い。クリスタルも害無し。建物の様子もちゃんとしてますし、何故人だけがいなくなったんでしょう」
「この霧じゃさすがに生活できなかったんじゃないのか?」


タルいっぱいに水を足したご機嫌なウミが答えてきた。


「確かにそうですが……」
「まー生活しようと思えば出来そうだよなー。それに、あっさりと自分の家捨てていくもんなのか?」


クロが生肉をかじりながら話に参加してきた。クロにしては随分とまともな意見である。


「何か不満でもあるのかクロ?」
「いやな、自分の町を簡単に捨てるもんなのかと思ってよ。人間ってのは」


悪魔というのは自分の家を大事にするものなのかもしれない。いや、もしかしたらそれはクロ自身の性格からかもしれないが。
どちらにしても、旅をして定住しないあらしには分かりがたい気持ちだ。


「でも、呪いが普通に怖かったのかもしれないよ」
「まあなー」


呪いとはこの都市を無人にするものだったのではないだろうか、と、あらしは考えた。
呪いをかけられたのはこの都市ではなく、人の心だったのではないだろうか、と。

まあ今となってはもう分からない事であったが。
あらしたちは旅人で、この都市を去る者だから呪いが本当にそんなものなのかは調べようも無い。

何となく考えた事を、何となく皆にも話してみた。


「ほっほーう。なかなかおもろい事考えるなー」
「そうですね、人の心に呪いですか」
「呪いって怖いのねー」
「何とももったいない都市だな、ここは」


ほとんど原形をとどめた都市を眺めながらのウミの言葉に、全員で頷いたその時、


「なるほど、とても興味深いなその考えは」


5人の誰のものでもないその声は、すぐ背後から聞こえてきた。

03/12/8