はるかな地



まるで、それだけで相手の全てを知ろうとしているかのように見つめ合いながら抱き合って動かない一組の男女。
そんなシャープと弥生の横では、5人が少し距離を置いて立っていた。いや、1人は何だか暗い様子でふさぎこんでいる。


「なるほど、シャープさんとあの女性弥生さんは共にお互いを探していたわけですね」
「そうよー!すごく会いたがってたのよー!」
「それがやっと会えたんだから抱き合いたくもなるよな!」
「何にせよよかったな。こうやって集まれたし」
「そうですね。……ところで」


つい、と華蓮は隣に呆れたような不思議そうな視線を向けた。


「この人は一体どうしたんですか」


この人、とは、さっきから頭を抱えて地面に這い蹲り現実から逃げるように塞ぎ込んでいるあらしの事だった。
こんなに落ち込んでいる姿は初めて見る。あーと声を上げたシロは、トコトコとあらしの元へ歩み寄った。


「あらしー、大切な人がいるって分かってたじゃないー」
「分かってたけどそうだけどさぁぁ」
「恋って儚いものだってお父さん言ってたわー。だから仕方ないのよー」
「……そうか、そうだよね、人の夢と書いて儚いもんな……」
「そうよー、儚く散るのよー」


慰めて慰められてるその2人の背中がやけに人生を悟ったような感じだったので、他の3人は顔を見合わせた。
別れている間に色々あったようだ。クロとウミが肩をすくめる中、華蓮が1つ頷く。


「たまたま会った女に一方的に惚れてでもその女には昔の男がいて未練たらしくウジウジしている、というわけですね」
「華蓮の言葉がいつも以上に深く傷を抉ってくるーっ!」
「儚く散ってる証拠ねー!」
「大丈夫ですよあらしさん。初恋って実らないものなんですよ。私は実りましたが」


うおおっと悶えるあらしと非常に楽しそうに邪悪な笑いを湛える華蓮を眺めながら、ウミがしみじみと言った。


「よく分からないが、あらしは華蓮に弱みを握られたようだな」
「げ、それって致命傷じゃねーか。ごしゅーしょーさま」
「ああ……気の毒に」


こうやって5人が騒いでいると、シャープと弥生がやっと体を離した。


「ああ皆さん!少し時間を忘れてしまっていました……すいません!」
「久しぶりに会ったものでありますから、我を忘れてしまっていたのであります!」


照れ笑いの2人。あらしの目が少々暗い光を湛えているのは気のせいでは無いだろう。
それに気づく事無くシャープが続ける。


「弥生に会う事が出来たのもあなた方のおかげなのであります!ありがとうございます!」
「呼び捨て……」
「あらし落ち着いてー」
「私からも……本当にありがとうございました」


深々とお辞儀をする弥生。そこに華蓮が口を開いてきた。


「で、いい加減教えてくれませんかね。あなた方の目的というものを」
「そうだぞシャープ!何でお前このネーちゃんと会いたかったんだよ!」
「ヤヨイもー、これからどうするのー?」


自分達を見つめてくる5人の目に、弥生が決意を秘めた瞳で見つめ返してきた。


「私達は、これから行かなくてはいけない所があるんです」
「「行かなくてはいけない所?」」
「そうであります!私達は今からそこへ向かうのであります!」


鎧の隙間から見えるシャープの瞳にも同じように決意の光が見える。


「どうしてその場所に行かなければならないんだ?」
「それってどこなのー?」
「何だかとても遠い所にあるようなはるかな地なのであります!」
「だからそれはどこなんですか」


やっぱりはっきりとは言わないシャープに華蓮はイライラしているようだ。もうすぐ拳銃も出しかねない。
それに慌てたのかただ単にタイミングが良かったのか、あらしがガバッと顔をあげた。


「弥生さんっ!」
「は、はい何でしょう」
「僕らも一緒に行きます!」
「「はあ?!」」


思わずその場にいた全員が声を揃える。その次にシロがポンと手を叩いた。


「そうよー!助けてあげるって言ったじゃないヤヨイー!」
「で、でも」
「いけないのであります!これ以上皆さんを巻き込むわけにはいかないのであります!」


弥生の横からシャープが慌てて身を乗り出してきた。そこへ、腹をくくったのかニヤリと笑いながらクロが言う。


「んだよー。ここまで来たんだ、オレたち十分巻き込まれてるっつーの」
「むしろこっちから飛び込んだような感じだな」
「言えてますね」


ウミも華蓮も笑う。シャープは非常に困った様子で弥生を見た。弥生ももう諦めているようで、困ったように笑うだけ。
それを確認したシャープは、ああっと重いため息を吐く。


「出来るだけ周りを巻き込みたくはなかったのであります……!」
「シャープ……でも、手を貸してもらった方が成功の確率も上がるわ」
「……それもそうでありますね」


シャープは、やけになったような何かを諦めたような顔で5人を見つめてきた。


「皆さん!どうか私達に力を貸してほしいのであります!」
「おお!……って、何するんだ?」
「今はただ、はるかな地を目指すのみであります!」
「場所は言わないんですね」


華蓮が苦い顔をするがシャープは無視した。その代わり、決意を湛えた瞳で全員を見渡す。


「それでは、皆ではるかな地へ向かうでありますー!」
「「おおーっ!」」


拳が振り上げられる。出発だ!
……しかしその時、嫌な空気をピリリと感じた。それは明らかな敵意。何故かと全員が辺りを見回す。
弥生が不安そうにシャープを見上げた。


「シャープ……」
「ええ……しつこいでありますね」


剣に手を伸ばすシャープに5人は驚いた。剣を出さなければいけない状況といったら……1つしかない。敵だ。
しかも今の状況で敵とくれば……。


「ま、またあの影たちが出るの?!」
「またって……あらしさん達の方にも出たんですか?ストーカー」
「スト?!」
「ストーカーは出なかったわー。影だけいーっぱい出てきたのよー!」
「え、じゃあ鈴木は来なかったのか」
「鈴木?!やっぱあの影ってあいつのだったんだ……」


5人の話を聞いて、弥生もシャープに尋ねていた。


「あいつが……来たのね?」
「そうなのであります。……というか、鈴木というのは何でありますか?」
「あいつの名前だよ。いつの間にか定着しちまってよー」
「なるほど、あいつの名は鈴木でありますね」


こうして広まる「鈴木」という名前。逸らされた話を戻すようにウミが口を挟んできた。


「で、その鈴木が近くにいるのか?」
「いえ、似ているけど違うのであります」
「きっと、あの影たちの方でしょう……」


弥生が不安そうにガサッと一歩後ろに下がったその時だった。辺りの芝生が昼から夜になるようにあっという間に闇色へと色を変えた。
影だ。影の塊がこちらへ押し寄せてきている。


「「ぎゃあああー!」」
「皆さん下がっているのであります!」


シャープが叫ぶ5人と弥生の目の前に飛び出した。勢いが衰えない影に、勢いそのまま剣を振り下ろす。
影は飛び散り動きは鈍るが、他の方向からどんどんと近付いてくる。
ハッと気を取り直したのかクロがぐんぐにるを手に一歩前へ出た。


「よ、よっしゃあー!オレもやってやるー!」
「暴れるのはいいけどクロ、落ちるなよー」
「は?落ちる?……ってぎゃあああ!はは早く言えー!」


そう、ここは天国なのだ。しかも天国という名の浮き島に、その端っこに今現在立っている状態だ。
すぐそこには落ちたら助からないだろう崖が存在するのだから、クロじゃなくてもここで暴れる事は出来ないだろう。


「て、天使はよくこんな所で生きていけるなぁおい」
「だって飛べるものー!」
「おおそうだったな!忘れてたぜ!」
「のん気な事言ってないで戦いなさい!」


華蓮の怒鳴り声と同時に発砲音が鳴り響く。すぐそこに影が迫っていたのだ。我に返ったクロがぐんぐにるを振り回す。


「おらおらー!近付くんじゃねぇてめーら!」
「しかし、すごい数だな……!」


いつでも水を取り出せるようにタルに手をやりながらウミが呻くように言った。
影たちはさっきよりも明らかに多い。このまま飲み込まれてしまいそうだ。あらしは慎重に身構えながら弥生を振り返った。


「弥生さん気をつけてってうわあああ手遅れー?!」


弥生は黒い影たちに囲まれてオロオロしていた。ベールから覗く長い金髪が闇色に染められそうだ。
そのままどこかへ運ばれるようにジワジワと離れていく。


「やや弥生さんっ!」
「しまったのであります!」
「そっち行っちゃダメよヤヨイー!そっちはー……!」


シロの叫びにあらしは気が付いた。そう、ここは浮き島の端っこ。影たちの向こうには地面が無い。弥生が運ばれる先にも。
ガクンと弥生が下に下がったのを見て、あらしは弥生へと飛び出し腕を掴んでいた。
やった、これで大丈夫、と思ったら。

自分の足元にも地面が無いことに気づいた。


「あ」
「「馬鹿ー!!」」


皆の叫び声と共にヒュッという風の音が耳に入った。これは落ちる音だ。目の前には空がある。
黄昏の色を無くし今まさに夜が来る前の、群青色の空。その空が遠ざかろうとした次の瞬間。
目の前に、違う色が飛び込んだ。


まるで花が咲いたようだった。暗く青い空の中に咲いた、輝き光る赤い花。

花びらのような雫のような紅色の羽根が夜空に散る。



いままで見た事も無いような赤い翼が目の前に広がっていた。



その赤に一瞬見とれている間に、シロの小さな手があらしの手をしっかりと、確かに掴んだ。

04/10/28