黄昏
「待たんかこらーっ!」
「誰が待つかー!」
追う者と追われる者の叫び声。両者共にかなりのスピードで移動中だ。
追われる方の声は荷馬車から顔を出して罵るクロのもので、追う方の声はもちろん鈴木である。
彼は何か黒い雲か霧みたいなものに乗って追ってきているのだ。
「お前魔法使いならパパンと瞬間移動でもしてみろよ!」
「魔法使いとて万能ではないわっ!ぐおおおっ!」
影たちも追ってくるが、荷馬車を引っ張る馬は恐怖からかかなり必死だ。そのため、いまだ追いつかれていない。
「しつこいですねあのストーカー」
「ストーカーは言い過ぎだと思うぞ華蓮……」
「っていうかジャックの奴はどこまで飛んでったんだろうなー」
「あの1人で騒がしい人も大丈夫でしょう。生命力強そうですし」
「それも言い過ぎだと」
クロにウミに華蓮は荷馬車の中で体を支えながら会話をする。荷馬車の中は鈴木にぶっ飛ばされたジャックがいなくても変わらず狭い。
その時、馬を操っていた傭兵……もとい亡国の騎士シャープが前から呼びかけてきた。
「もうすぐ天国に着きそうでありますよーっ!」
「本当か傭兵……じゃなかったシャープ!」
「はいであります!」
鈴木の隙をついて荷馬車に飛び乗ってからどれぐらい時が過ぎただろうか。
いまや真っ赤な太陽が山の向こうへと静かに沈む時間である。やっと天国に入ることが出来るのだ。
「って、天国にはどうやって入るんだよ?」
「まさか……死ぬ、なんて」
「そうですね、なんなら私が今すぐ連れて行ってあげましょうか、天国へ」
「け拳銃構えなくてもいけるのであります!」
華蓮に打たれる前にとシャープは早口でまくしたてた。
「天国への扉があるのであります!それに入ればいいだけなのであります!」
「なーんだ、扉があるんじゃねえか……。驚かすなっての!」
「チッ」
「意外と簡単に入れるんだな天国」
ふと外を見たウミの目に『この世の楽園ビ☆バ天国はこのまま真っ直ぐ!』と書かれた看板が一瞬だけ写る。
ウミは色々見なかった事にした。
「……天国はこのまま真っ直ぐなんだな」
「そうでありますよ!」
「どうしたんですかウミさん。魚みたいに顔色悪くして」
「いや何でも……って今密かに魚を馬鹿にしたな?!」
「コラー!無視をするなー!」
思い出したように後ろから鈴木の声がした。思ったよりも近い。シャープが焦ったような声をあげた。
「このままだと危ないのであります!あいつを引き離さなければならないのであります!」
「任せて下さい」
「「おお!」」
スックと立ち上がった華蓮にクロとウミが目を丸くする。普段弾の無駄撃ちをしない華蓮だがやはり鈴木相手だと血が騒ぐようだ。
華蓮は荷馬車から外へ身を乗り出すと、髪を風になびかせながら拳銃を鈴木へ向けた。
「死になさい」
「何っ!?」
顔を引きつらせる(と思う。フード被って見えないが)鈴木に華蓮はためらいも無く銃弾を発射させた。2,3発ぐらい殆ど同時に。
「ぐおおおおっ!」
「チッ。高等技術マト●ックス避けとは……。奴もなかなかやりますね」
「今台詞の中に雑音が」
「しっ!言うんじゃねえウミ!消されるぞ!」
「誰にだ?!」
ブリッジをするように体を反らして弾を避けた鈴木に、華蓮はまたしても舌打ちする。
おたおたと体を起こした鈴木は、血が頭に上ったのかただ単に怒っているのか顔が真っ赤だ。
「おのれ!これでも喰らえ!」
「げっ、来たぞ!」
「オレに任せろー!」
華蓮に変わって今度はクロが荷馬車から顔を出した。見れば、鈴木に誘導されて影たちが荷馬車へと近付いてきている。
クロは背中のぐんぐにるを引っ張り出した。
「このやろこのやろ!近付くんじゃねえてめぇら!」
「本来の使い方と間違ってませんか?それ」
「うるせぇ言うな!」
バシバシと影を叩いたり振り回したりしているクロは一応これでも必死だ。大量の影たち相手に突いている暇が無いのだ。
影たちは形を崩したりしながら徐々に後ろへと下がっていく。
「あー!後ろ下がったらぐんぐにる届かねえじゃんか!」
「一応あいつらは近付いて来ないなこれで」
「後は、あの陰金男をもっと離すのみですね」
情けなくブンブンぐんぐにるを振り回しているクロの隣で華蓮とウミがちょっとだけ後ろを見る。
影達は一定の距離を保っているが、その背後にはまだ怒っているらしい鈴木がいる。もっと引き離さなければ。
「……これだけはやりたくなかったんだが、仕方ない」
「「お?!」」
タルを下ろしたウミにクロと華蓮が興味津々な視線を向けてくる。
「いつもまるで役に立たないあなたが一体どうしたんですか?」
「ひどいな?!俺だって俺だって……。……この水を使うんだ、今から」
「あーなるほどなー。だから仕方ねえのか」
何よりも命の源である水を使うのは人魚であるウミにとって心苦しいものなのだ。
しかしそんな事全然関係ない悪魔とオオカミ女は大して感動もしなかった。
「じゃ、頑張れよウミー」
「少しは役に立って下さいよね」
「後で覚えてろよお前たち!」
半泣きで、しかし涙は勿体無いから流さないままウミはタルから水を取り出した。
すぐに零れ落ちそうになるその水を鉄のように硬くして、すぐさま外へと放り投げる。そうしないとウミの体力がもたないのだ。
いきなりの攻撃に、
「ぐおおおおっ!」
鈴木の悲鳴が聞こえた。どうやら見事命中したようだ。
「今ですよ傭兵さんもといシャープさん!」
「ありがたいであります!」
気合を入れて馬を操っていたシャープは、そんなに走らないうちに再び口を開いた。
「見えたでありますよ!あれが天国と、天国への扉であります!」
「「何?!」」
その声に前方を覗き込むと、見えた。夕焼けの中の大きな白い扉と、その背後に赤く染まりながらうっすらと見える巨大な浮き島を。
あれが天国なのか。
「すっげぇぇ!天国すげえ!地獄よりすげえかも!」
「そうなのか?!」
「話には聞いたことありましたが……これほどとは」
目の前の光景にただ圧倒される3人。シャープだけが変わらず馬を急がせる。
すると、背後からまたあの声が聞こえてきた。
「おのれー!逃がさんぞー!」
「げ、あいつまた来たぜ」
「本当にしつこいストーカーさんですねあの男」
「シャープ、もっと速く出来ないか?!」
「これが限界なのであります!」
鈴木はまた確実に近付いてきている。が、目の前にはもう扉が見えているのだ、このまま逃げ切れば……!
しかし、シャープの口から絶望的な声が漏れた。
「駄目であります!あの扉を開けるには一度荷馬車から降りなければならないのであります!」
「何だと?!」
「それじゃあ鈴木に追いつかれちまうじゃねーか!」
「どうするんですか!」
「こ、こうなったら……戦うしかないのでありま……あれ?!」
シャープのあげた間抜けた声に全員で前を見る。
行く手に見える巨大な白い天国への扉。その扉が今現在、重い音を立てて開いていくではないか。
荷馬車1つがギリギリ入れそうな隙間から、まぶしい光が零れ落ちている。
「このままこっちに入れ!」
「早くー早くー!」
そんな声が風に乗って聞こえた気がした。荷馬車は逃げるそのままのスピードで扉の中へと突っ込んでいった。
すぐにゴゴゴ……と重い音が響いて扉の閉まる音がする。それと同時に、力尽きるように馬が飛び込んだ勢いのまま倒れてしまった。
共に横倒しになってしまった荷馬車。
「あだっ!」
「うお?!」
「うっ!」
「ぎゃーであります!」
荷馬車に乗っていた4人は夕日に照らされる芝生の上へ投げ出されていた。
痛みにそのまま横になっていると、数人の会話が聞こえてくる。
「これって、閉めても外からまた開けられたりしないよね?」
「大丈夫よー!悪い奴は入れられないようにちゃーんとなってるんだからー!」
「へっへえー、すごいなあこれ」
「ところで……皆さん大丈夫なんでしょうか」
「そーそー!皆大丈夫ー?」
慌てて駆け寄ってきた3人のうち2人を見て、クロもウミも華蓮も驚いた。
「うおー!シロにあらしじゃねーか!」
「シロ、無事だったんだな、よかった……」
「えー?あたしは大丈夫よー?」
「っていうか何で天国にあらしさんまでいるんですか」
「それはこっちの台詞だよ、何で3人揃ってここまで来てるのさ」
何だか見事再会した5人。その隣でも、長く別れていた2人の男女が今、再開を果たしている最中だった。
「……弥生でありますか?」
「……シャープ……!シャープなの?」
赤く染まりながらしばらく見つめ合った2人は、そのままどちらからともなく愛しそうに抱き合った。
「やっと……やっと会えたのであります……!」
「ずっと……ずっと会いたかった……!」
亡国の騎士と歌姫のシルエットが、黄昏の中まるで1つになるかのように重なり合っていた。
04/10/22