歌姫



実際にあの影達に襲われたり触れたりするとどうなるのか、それは知らない。試してみようとも思わないからだ。
だからとりあえず、避けて避けて避けまくる。避けられそうに無かったら……。手で払ってみる。


「うおりゃー!邪魔だ邪魔ー!」


ブンという風の音と共に、一塊の影が散り散りになる。わずかに出来た黒くない隙間を潜り抜ける4人の人間。
正確に言えば、そのうちの2人が天使。先頭を進むのは、かなりでかい刃物を振り回す1人の少年だった。


「弥生さんと後2人大丈夫?!」
「は、はい、大丈夫です」
「どうせヤヨイばっかりが心配なんでしょー?」
「ぼく達も大丈夫だよ!お姉ちゃんがいるもん!」


後ろから聞こえた声に、あらしはホッと息をついた。
天国に逃げ込むために走り出したのはいいのだが、どこから沸いてくるのか黒い影達はどんどんとその数を増やしていった。
今じゃ黒くない地面を見つける方が難しいほどである。
また前へ進もうとしたあらしだったが、少し気になることがあって背後を振り返った。


「……シロがいるからって、一体シロはどうやって影を倒してるの?」
「簡単よー!かじっているのよー!」
「あーなるほど、かじってええええ?!」


驚くあらしの目の前でシロが実践して見せる。手近にあった黒い影に向かって、くわっと噛み付いたのだ。
影は噛み付かれたとたん、ボロリとその姿を消す。


「ねー!簡単でしょー!」
「シロがやると何でも簡単そうに見えるなあ」
「でも……影さんをかじって大丈夫なんですか?」
「平気よー!あたしのお腹ってすごく丈夫だものー!」


心配そうな弥生にシロは自分の腹をぽんぽんと叩いてみせる。それにあらしは咄嗟に頷いてしまう所だった。
いくらシロでも、あんな闇の塊をかじっていたら体に悪いだろう。しかし今はシロのかじりも貴重な戦力だ。


「仕方ないシロ!なるべくかじらない様にかじるんだ!」
「どうやってかじるんですか?!」
「ガッテン承知よー!あたしには朝飯前だわー!」
「すごいやお姉ちゃん!」
「……本当、何でもありなんですね……」


刃物とかじりでジリジリと前進していく。影たちは斬ってもかじっても減る事はなかった。
むしろ、どんどんと増えているようにも見える。


「黒いの、減らないね」
「かじってもかじってもキリがないわー」
「あーもううっとおしいっ!」


影を1つ斬る。すると目の前にはまた2つ現れる。
ネズミ算式に増えていき辺りを埋め尽くす影達に、いつしか4人は前進する事が出来なくなってしまった。


「いつのまにかこんなに増えてるし!」
「天国の階段は目の前なのにー!」


シロの叫んだ通り、天国への階段は影達を越えて正面に見えていた。あと少しであそこまでたどり着けるというのに。
と、その時、モモが口を開いてきた。


「ぼくがあそこまで飛んで、お父さんに知らせに行こうか?」
「……へ?飛ぶ?」
「ほら、ぼくのこの翼で」


くるりと背中を見せたモモには、小さいながらも白い天使の翼が生えていた。翼を出さないシロに慣れているため何か新鮮だ。
あらしが何か言う前にシロが横から声を上げる。


「ダメよー!危ないじゃないー!」
「でもこのままじゃもっと危ないよ!」
「ダメダメー!……こうなったら、あたしが、行くから……!」
「お姉ちゃんはもっとダメ!」


叫んだ次の瞬間、モモはサッと飛び上がっていた。思わずあんぐりと口を開けるあらし。隣では弥生が口元に手を当てて驚いている。
モモはあまり高く飛べないらしく、影達の上ギリギリをフワフワと頼りなさげに飛んだ。


「あ、危ないわモモー!」
「大丈夫だもん!……うわあっ!」
「モモ!」


モモの足が影に引っかかった。と思ったら、そのままズルリと暗黒の闇の中へ引きずり込まれていく。


「キャアーッ!モモー!」


シロが叫ぶ。その声にハッとしたあらしは影の中へ飛び込んでいった。
必死に影を掻き分け手を伸ばし、モモの手を引っつかんでこちらへ引き寄せる。
モモを抱き上げたまでは良かったが、今度はあらしに影たちがまとわりついてきた。


「ぎゃあーっ!怖っ!冷たっ!あ、あっちいけ!」
「あらしー!モモー!」
「うわああっ!」


すがるようにモモがしがみついてくる。せめてシロの元へ届けてやりたいが影たちのせいで足が動かない。
こうなったら投げるか、とあらしが必死に考えたその時、

歌が、聞こえた。


「……あ……」
「ヤヨイー……」


弥生だ。弥生がまるで祈るように影たちに歌っている。すると影たちはざわめくその動きを止め、まるで答えるかのように弥生を見た。


……オオオ……オオォ……


うめき声のような、とてつもない低い歌声のような、そんな音が風に乗って流れてくる。
あらしは自分の足元の影たちが力を無くしていくのを感じた。
影たちは消えることは無かったが、まるで弥生の歌に聞きほれているかのように動かなくなった。
弥生が歌ったまま、こちらへ目配せしてくる。


(早く、今のうちに)


あらしは軽く頷くと、モモを地面に下ろして先に階段へ急がせた。次にシロを手招きして呼ぶと、モモの次に先へと行かせる。
影たちはドスドス足で踏みつけ潰されても動く気配が無い。


(……よし!)


心の中で気合を入れると、あらしは弥生へと手を伸ばして腕を取った。びっくりして弥生は歌を止めてしまう。
その瞬間、

ザワリ。影たちが脈打った。


「だ、駄目です!私を置いて先へ行ってください!」
「んな事出来るかーっ!」


一声叫ぶと、あらしは弥生の腕を取って駆け出した。影を、その闇の手が伸びてくる前に踏み潰して通り過ぎる。
死ぬ気で走って、走って、走って、そして。

あらしは、前を行くシロとモモ、後ろから走る弥生と共に階段を駆け上がっていった。





「大丈夫かシロ、モモ!あとその他!」
「未だにその他ですかい」


異変を察し駆けつけてきてくれたのか天国へ戻るとピートがそこに立っていた。そう、4人は無事に天国へと辿りつく事が出来たのだ。
あらしがハアーッと乱れた息を整えていると、ピートが話しかけてきた。


「一体何があったんだ、うちの子を危ない目にあわせて……!」
「いや、遺跡紹介したのはあんた……!じゃなかったあなたでしょう!」


あらしにつっこまれ、シロとモモを両腕で抱きしめていたピートはグッと詰まった。その後気を取り直すようにゴホンと1つ咳払い。


「と、ところで……君と手を繋いでらっしゃるそのお嬢さんは一体?」
「は?……うひゃあっ!」


自分の手を見下ろして、弥生の手をまだ握っていた事に気づいたあらしは、奇声を発して慌てて飛び退くようにその手を離す。
手を離したショックでハッとした弥生は、次の瞬間皆に頭を下げていた。


「ごめんなさい……!私のせいで、3人を危険な目に合わせてしまって……!」
「ちょ、弥生さん!それって、どういう……?」
「……私は、歌姫なんです」


弥生の言葉に首を傾げるあらし、とシロとモモ。ただ1人ピートだけは分かったようで、深く頷いてみせた。


「なるほど、歌姫か」
「え、お父さん知ってるの?」
「歌に力を持つ人の事をこう呼ぶんだよ。生まれつき持つ力で、歌姫の力を持つものはめったにいない」
「じゃあヤヨイってすごいのねー!」


シロがにっこり笑いながらそう言うが、対照的に弥生は顔をうつむかせてしまった。


「……この力があるからこそ、周りを巻き込んでしまうんです。何も関係ない人を……」
「「………」」
「本当にごめんなさい……。歌姫の力のせいで、私に関わったせいで……」
「そ、そんな事無いよ!」


気づけばあらしは声をあげていた。弥生のその言葉が、弥生自身を否定しているように思えたのだ。
自分で自分を傷つけるなんて、そんなに悲しい事は無い。それに、自分が弥生の歌に感じた事を伝えたかったのだ。


「弥生さんの歌、聞いてるだけで幸せになるような綺麗な歌じゃんか!それなのにそんな風に言っちゃ、もったいないよ!」
「……!」
「さっきもその歌で助けてもらったし!だから、その歌にもっと誇りを持ったっていいと思うんだ!だから……!」


とそこであらしは自分を驚いた表情で見つめる弥生に気が付いた。とたんに正気に戻って、あたふたと慌て出す。


「ご、ごめんいきなり訳分からない事偉そうにベラベラとああもう自分の馬鹿……!」
「あらしー、落ち着きなさいよー」


思わず頭を抱えてしゃがみ込むあらしの肩をシロがポンポンと叩いてやる。熱くなると周りが見えなくなるらしいこの人。
弥生はそんなあらしの元へ、ゆっくりと近付いてきた。


「……ありがとうございますあらしさん……」
「え?」


パッと顔をあげると、そこにははにかむように、しかしとても嬉しそうに微笑む弥生の姿があった。
すぐ近くでそれを見たあらしはそのまま固まる。


「私のためにそんな一生懸命に……。今までそんなこと言ってくれる人、いませんでした」
「や、そ、そんな」
「あの人以外ではあらしさんが初めてです」
「ああそうかあの人以外か……」
「落ち込まないのあらしー」


あらしがしょぼんと再び項垂れている間に、弥生は決意の強い瞳で口を開いた。


「だから私、皆さんを二度と危ない目に合わせない事を誓ったんです!」
「「え?」」
「あの人に今すぐ会わなきゃ……!この天国の出口はどこですか?」
「ちょちょちょっと待って弥生さん!」


スタスタと歩き出した弥生に慌てて全員が駆け寄る。しかし弥生の決意は全く揺らぎもしなかった。


「あの人に会いに行かなければならないんです!今すぐ!」
「だけれど、お嬢さん1人ではさすがに危険だろう」
「僕も行きます!弥生さんと一緒に!」
「あたしも行くわー!」


名乗りを上げたあらしとシロに、弥生は驚いて足を止めた。


「で、でもこれは私の責任であり、あなた方には関係が……」
「何言ってるのよー!あたしたち友達じゃないー!」


まったく邪気の無いシロのその真っ直ぐな言葉に、弥生は思わず言葉を詰まらせる。
隣にいたあらしもグイッと拳を振り上げて見せた。


「ここまで関わったんだから、どこまでもついていきますよそりゃ!」
「ぼくも行く!」
「ダメよモモはー!風邪治ったばっかりでしょー!」
「そうだぞモモ、お前はもう少し元気になってからだ。今日も無理をしたんだから」
「……はーい」


シロとピートの言葉にモモはしぶしぶ頷く。次にピートはシロに向き直った。


「……シロ」
「あたしは行くわよー!ヤヨイを助けてあげたいものー!」


ぐいっとシロに見上げられ、ピートは諦めるようにため息をついた。


「いいかいシロ、無茶だけはするなよ」
「ありがとお父さんー!さー行きましょー!」
「よし!行こう弥生さん!」
「……ええ!」


困ったような笑みではあったが、弥生は力強く頷く。
運命の片割れが、再び1つになるべく今やっと動き出した。

04/10/19



 

 

 
















いつもの通り、歌姫の設定はうちオリジナルなので、そこんとこよろしくお願いします。