亡国の騎士



昼寝でもしたくなるようなぽかぽかとした森の中。その中を、猛スピードで駆け抜ける1つの荷馬車があった。


「ハイヨー!であります!もっと急ぐでありますよ馬君!」


走る馬を操っているのは全身鎧姿の傭兵だ。やけに馬を急かしている。
その馬が引っ張っている荷馬車の中には、逆にリラックスした様子の4人の姿が。


「馬って速ぇなー。オレたちも三輪車じゃなくて馬にするか?」
「馬は手入れが大変なんですよ。餌代とか。馬を操る技術もいりますし」
「まず馬を買う金が無いからな」
「オレっちも金持ちになりたいジェイ」


クロに華蓮にウミに何故かジャックである。今この5人は危ない(らしい)天国を目指している所だ。
あとどれぐらいで天国につくかは分からないが、傭兵はかなり急いでいた。


「天国にはあとどれぐらいで着くんだ?」
「出来る限り早く着きたいと思っているであります!」
「そんなに天国がピンチなのかよ」
「可能性が1%でもあるならば急がなければいけないのであります!」
「……とにかく急いでいるわけですね」


傭兵は明確な答えを出しては来ない。スピードが速いせいかやけにガタガタ揺れる荷馬車の中で、4人は顔を見合わせる。
その時、ジャックが口を開いた。


「そういえば、あいつはどこの国の傭兵なんだジェイ?」
「それは……まだはっきりと聞いた事がないな」
「まったくの素性知らずってやつじゃないですかそれは」
「っていうかあいつの名前は何なんだよ名前はよー」


こう考えると、傭兵の事は全く分からないままだ。いい奴だとは思うのだが、ここまで何も分からないとなると疑いたくもなる。


「あいつの言ってる大切な人ってのは、やっぱコレか?」
「小指を立てるんじゃありません」
「でもその可能性が一番高いジェイ!」
「愛か……」


ヒソヒソと話し合っていると、不意にガタンと荷馬車が不安定に揺れた。


「ぎゃっ!」
「うわっ!」
「ひー!タルに潰されるジェイー!」
「ちょっと!一体どうしたんですか!」
「そ、それが分からないのであります!馬君がいきなり怯えだしたんであります!」


華蓮が傭兵に怒鳴ると戸惑った声で返答された。やがて荷馬車はどんどんスピードを緩めて、完全に停まってしまう。
様子を見るために、中からゴソゴソと全員這い出てきた。


「やれやれ、訳が分かりませんね」
「一体どうしてしまったのでありますかねー」
「ってかウミ!てめえのタル邪魔なんだよ!ただでさえ狭いっつーのによ!」
「そうだジェイ!オレっちなんて潰される所だったんだジェイ!」
「なっ……!タルは俺の命なんだ!手放す事なんて出来るか!」
「じゃあせめてもっと小さいもんに水入れやがれ!」
「今じゃもうタルがないと落ち着かないから無理だ!」
「タルの虜だジェイ?!」


タルについてブーブー言い合っている3人はほっといて、華蓮は傭兵と共に馬の様子を見てみた。
なるほど、かなり怯えているようだ。一体何がこんなに怯えさせているというのだろう。


「動物は敏感ですからね。何かを感じ取っているのかもしれません」
「なるほどであります。と、いう事は……何か危険が迫っているかもしれないのであります!」
「これは困りましたね……」


華蓮と傭兵が真剣に話し合っている横では、


「んじゃもっと小せえタルにすりゃいいじゃねーか!」
「いやでもこのタルとは結構長い間旅をしてきたわけだし」
「愛着わいちゃってるジェイ!?」
「お、俺のタルよりもっと邪魔なものがあるだろ」
「ん!確かにな!」
「ええ?一体何だジェイ?」
「「お前だよお前」」
「ひっひどいジェイ!オレっちただここにいるだけだジェイ?!」
「それが邪魔だっつーんだよ!魔法使いならドロンパと姿消してみせやがれ!」
「オレっち瞬間移動とかは苦手なんだジェイ!」
「あーもううるさいですよそこのアホ3人……、っ!」


どなりかけた華蓮はそのまま固まってしまった。3人を、正確に言うと3人の背後を見つめて。
そして次の瞬間、華蓮の手は拳銃へと伸びていた。


「ひ、ひぃぃー!拳銃取り出してきちゃったジェイ?!」
「ななな何だよそんなに騒いでなかっただろ?!」
「おっ落ち着け華蓮、話せば分かる多分」
「全員その場に伏せなさい!」


華蓮の声に全員がビビって地に伏せた。思わず傭兵も地に伏せてしまっている。それを確認する間もなく、拳銃の音が数発辺りに響く。
おそるおそる目を開けてみれば……拳銃は背後へと銃口を向けていた。


「……え?」
「後ろ?」
「……あっ!あれはジェイ?!」


何かを指差してジャックが声を上げる。その何かとは、まるで闇のように黒い塊。
それが拳銃で撃たれたショックによりブルブルと蠢いている。すばやく辺りに目を走らせた華蓮は、チイッと舌打ちした。


「油断しましたね……。囲まれているみたいです」
「「何ぃ?!」」
「馬君はこれに怯えていたのでありますね!」


答えるように馬が怯えた鳴き声を発する。黒い塊はいつのまにか数え切れないほどに増えていた。
ガサゴソと這いずり回る姿は不気味そのもの。
慌ててぐんぐにるを取り出すクロが、何かに気づいたように声を上げた。


「おい!こいつらどこかで見た事ねえか?」
「ありますよめちゃくちゃ」
「やっぱりこれは、あいつらだよな……」
「え?あなた方もこいつらを知っているのでありますか?」


あなた方も?その言葉に傭兵へと視線を向ける。傭兵は、どこにでもありそうな剣を構えている所だった。


「という事は、お前も知っているのか傭兵」
「……前に見た事があるのであります」
「お、オレっちも知ってるジェイ」


ジャックもそう言ってきたが、様子がおかしかった。まるで怯えるように顔色を青く染め、全身をガタガタと震わせている。
明らかな恐怖の表情に、残りの者は戸惑ったようにジャックを見つめた。


「お、おいおい、お前どうしたんだよ。んなビクビクして」
「まっまままさかこれって、あいつの『影』ジェイ……?!」


何か知っているのか。尋ねようとしたが、それは遮られてしまった。
5人の誰のものでもない、低い唸るような声に。


「……誰かと思えば、お前か、『J』」
「あ、あああ……ぎゃひーっ!やややっぱ『G』ジェイー?!」


黒い影達に囲まれるように立っていたのは、黒いフードを目深に被った怪しい男、色々な物事の元凶「鈴木」であった。


「なな何でこんな所にいるんだジェイ?!」
「それはこちらの台詞だ。一体何をやっていたんだ?」
「そ、それは……お、オレっちはただお菓子の城作りしてただけでジェイ……」


まるで知り合いのように会話をするジャックと鈴木。
確かにどっちも黒フードを被った怪しい姿ではあるが、雰囲気がまるで違う。一体どういう関係だというのか。
すると鈴木は、スウと目を細めてジャックを見据えた。


「石の呪いが解かれたのを感じたが……まさか、お前か?」
「や、ややや!おオレっちあんたがやったものだとは知らなかったんだジェイ!」
「よくも邪魔をしてくれたな……」


そう呟く鈴木の手には黒い光が溜められていた。今にも邪悪な力が破裂してきそうな危険な光だ。
それを鈴木は怯えて動揺するジャックに向かって放った。


「くらえ」
「ぎゃあああージェイー!」
「ジャック?!」


黒い光にぶち当たったジャックは、ドカンという爆発と共に吹き飛んでいってしまった。
まるで漫画のように彼方の空へと吹っ飛び、それから見えなくなってしまう。


「お、おいこら鈴木!ジャックに何てことしやがるんだ!」
「あまりその名で呼ぶなっ!」


クロに叫んでいる鈴木に、華蓮が一歩踏み出してきた。その手の中にはまだ拳銃が握り締められている。
ウミがとっさに止めようとするが、華蓮はその前に声を出していた。


「一体何しにきたんですか」
「オオカミの娘か……。石の呪いは解いたようだな」
「ええ、紫苑は元に戻りました。後は……あなたにじっくりとお仕置きするのみです」
「っくくく……お仕置きか、それは恐ろしいな」


しかし、と鈴木は華蓮から視線をはずした。自然と全員の目が鈴木の視線を追うような形になる。
その先に立っていたのは……。


「今回はまた、別の用でここに来たのだ」
「……私でありますか」
「「!!」」


ガチャリと鎧が音を立てる。傭兵はゆっくりと剣を鈴木に向けて構えた。


「申し訳ないのでありますが、私はここで諦めるつもりは無いのであります」
「片割れの者がどうなってもか」
「彼女は強いのであります!あなたなんかに負けないのであります!」


睨み合う傭兵と鈴木。クロとウミと華蓮は何だか話についていけずに立ち尽くしている。
そこで、おそるおそるウミが傭兵に声をかけた。


「……おい、傭兵、これは一体どういう事なんだ?」
「大変な事になっているのであります!」
「いやそれは分かるんだが」


またもやはぐらかそうとする傭兵。しかし、鈴木が笑いながら口を挟む。


「そうか、傭兵という事にしているのか、っくくく……」
「!」
「どういう意味なんだよそりゃ!」
「確かに、使える国が無ければ『騎士』は名乗れんなあ」
「「……騎士?!」」


思わず傭兵を見つめる3人。金で雇われる兵ではなく、身を挺して君主を守るナイトだと、そういうことなのか。
すると傭兵は観念したかのように口を開いた。


「……いかにも、私は仕える国を亡くした哀れな騎士、名をシャープというのであります」


剣を日の光に反射させながら、亡国の騎士シャープは凛とその場に立っている。
孤独な騎士と対峙しながら闇の魔法使いはニヤリと笑った。
周りの影達が、まるですべてを闇へと飲み込もうとしているかのように脈打っていた。

04/10/10