遺跡



純白マントを羽織った大天使パパは、あの後こんな事を教えてくれた。


「実はこの天国には秘密の階段があってね、そこから昔滅びた遺跡へと行く事ができるようになってるんだ」
「遺跡?」
「そう。でも危険なものは何も無いよ。だから、暇なら行ってみるといい」


ピートにそう勧められたので、あらしはシロとモモと共に秘密の階段とやらを降りている所だ。
天国への巨大扉のように光の中へ続いていた階段。降り始めると周りは真っ白で、ミルク色の階段が下へ下へと伸びていたのだ。


「でも、秘密の階段をこんなに簡単に教えていいのかなあ」
「大丈夫よー!お父さんがあらしを信頼している証なんだからー!」
「そりゃ嬉しいけどさ……」


何か釈然としないままも、あらしは階段を降りる。すると、白い景色の中に何かが見え始めた。地面だ。


「え、ここって地上?」
「私も詳しくは知らないわー」
「ぼく一番!」
「あーずるいわよモモー!」


さっさと先に降りてしまった白い姉弟を追いかける形で地に足をつけたあらし。いつのまにか周りは白ではなく、廃墟が広がっていた。
形を留めていたり崩していたりしながら地面に転がるかつての街を、あらしは感心しながら眺め回す。


「わあ……こんなに荒れてるの、皇帝のいた所以来だなあ」
「すごいわー!みんな崩れてるのよー!」
「ぼく初めて見たよ遺跡!」


テケテケとシロとモモが戻ってくる。遺跡といっても、この瓦礫が続いているだけのようだった。


「2人とも、ここ来るの初めてなんだ?」
「うん、話では聞いた事あるけど、初めて!」
「何も無いって聞いたけど、本当に何も無いわねー」
「……だよね」


瓦礫しか存在しない遺跡という名の廃墟に、乾いた風がビュウと吹く。その時、あらしは空っぽなはずの風の中に何かを聞いた。


「……!ね、ねえ、今何か聞こえなかった?」
「えー?そうー?」
「何かって、何が聞こえたの?」


上手く聞こえなかったが、それは確かに何かの音だった。あらしが言いよどんでいる間にもう一度風が吹く。
流れる空気に、今度ははっきりと聞こえた。これは……誰かの声だ。歌だ。


「あ!本当だ!聞こえた!」
「これって、人の声よねー?」
「……今の声、何か歌っていたように聞こえたけど」


3人は顔を見合わせて、おそるおそる遺跡の方へと足を踏み入れた。
誰かは分からないが、ここで歌っている人がいるのだ。一体どこの誰なのかはっきりとさせなければ。
緊張しながら歩みを進めると、わずかに瓦礫の少なくなった場所に出た。
とたんに、今度はしっかりと歌声を聞く事が出来た。


「……っ!」
「……キレー……!」


隣でシロが感嘆の声を上げる。あらしは思わず息を呑んでいた。その声はまるで、この遺跡を浄化するように清らかに澄み渡っていく。
心臓をわしづかみにされたような感覚。脳まで響くこの透明な歌声。美しい声、だけでは言い尽くせない。
ああ、何という、何という……。


「……あらしー?起きてるー?」
「あらら、立ったまま夢の世界にいるみたい」


周りでシロとモモが何か言っているが、そんなもの気にならない。そうだ、今気になるものはただ1つ。
この、万人の罪を洗い流してくれるような歌声の主だ。今すぐにでも知りたい。いや、知らなければ。


「……あ!ど、どうしたの?」
「ちょっと待ってよあらしー!」


いきなりフラフラと歩き出したあらしに、シロとモモは慌ててついていった。
歌声はだんだんと大きくなる。声の主に近付いている証拠だ。一体どこの誰なんだ。
大きな瓦礫の横をくぐり抜けると、その人はいた。

風に揺れる白いベールに隠れた長く美しい金髪を首の後ろで束ね、桃色を基調にした複雑な服を身に纏った女性。
その紅色の唇から紡ぎ出される歌が心にじかに浸透していく。
驚くほど白い整った横顔は、そのまま消えてしまいそうな儚いもので……。

その時、女性が歌うのを止めた。しばらく静寂に包まれる遺跡内。


「きゃー!すっごいキレーな歌だったわー!」
「おねえさんもすごくきれい!」
「!!」


いきなり耳元で聞こえた2人の声にあらしはハッと意識を戻した。いつのまにか思考がどこか遠くの方へと飛んでいたようだ。
女性はシロとモモの声に金の髪を宙になびかせながらこちらに振り向いてきた。


「……!あなたたちは……?」


喋る声もまるで鈴を転がしたような綺麗な声だなあ、とあらしが思っている間に、シロが一歩踏み出して女性に話しかけた。


「あたしはこの上の天国に住んでるシロよー!」
「え?天国、という事は、あなたは天使……?」
「そうよー!で、この子が弟のモモで、こっちが普通の人間あらしよー!」
「な、何勝手に自己紹介してるんだよシロ!」


何故かアタフタしているあらしはほっといて、シロがさらに話を進める。


「あなたの歌、すごくきれいだったわー!」
「うん!きれいだった!」
「……ありがとう」


褒め称えるシロとモモに、女性はベールの影からニッコリと微笑みかけた。
それだけであらしは心臓が体から飛び出るような気分に陥る。


「私は弥生。あなたたちはどうしてこんな所へ?」
「ちょっと見学に来たのよー!」
「おねえさんは、どうしてここで歌ってたの?」


尋ねられて、金髪女性弥生はスッと目を伏せた。どう話そうか迷っているようだ。それを見て慌てたのはあらしだった。


「あっあのっ無理して答えなくていいですからはい!」
「あらし何でいつもよりアタフタしてるのー?」
「ア、アタフタなんてしてない!まったくしてないっ!」
「……ある人を、待っているんです」


弥生の言葉に3人の動きがぴたりと止まる。静寂の中、あらしがおそるおそる尋ねた。


「えーっと……ある人を待ってる、とは?」
「私には会わなくてはいけない人がいるんです。その人は、きっとここに来ます」
「「………」」
「だから、道しるべになるように、ここで歌っていたんです」


へぇーと頷く3人。その後シロがあらしに何事かを耳打ちしてきた。


「あらしー、望み薄そうよー」
「な、なーに言ってんのかなこのシロちゃんはまったくー、ハハ、ハハハ」
「きゃー!暴力反対よー!」
「お姉ちゃんに八つ当たりしちゃダメだよあらしお兄ちゃん!」
「妹弟揃って何言うかー!」


頭をグリグリされてキャーキャー騒ぐ天使の子ども達を眺めながら、弥生は楽しそうに微笑んだ。


「仲が良いんですね。羨ましいです」
「いやもう誰とでも仲良くできるんで弥生さんとも全然OKですけど!」
「ここぞとばかりにお近づきになろうと必死なのねー」
「余計な事は言わんでいいっ!」
「じゃあ……私も仲良くしてもらっていいですか?」
「もっちろんですとも!」


いつもより舞い上がっているあらしに、シロとモモは顔を見合わせながらやれやれとため息をついていた。面白そうに笑いながら。
弥生はもっと楽しそうに笑っている。


「そういえば、ここへは見学に来たんですよね?」
「お父さんがここを教えてくれたんだ!」
「でもガレキばっかりでつまんないわー」
「弥生さんに会えた事だけでもここに来た価値は十分にある!」
「うふふ、ありがとうございます。この先に行けば他の……」


そこで弥生は突然口をつぐんでしまった。
どうしたのかと3人が弥生の方を見てみると……弥生は口を見開いて何かを見ている。3人の後ろの方を。
やがて弥生は、震える手で口元を覆った。


「あ……ああ……」
「ど、どうしたのヤヨイー?」
「なっ何か僕らの後ろにあるとか?」
「それとも……誰かいるの?」


何となく振り向く事が出来ないまま、汗をダラダラと流しながらも弥生に尋ねてみる。
すると弥生は、急に声を張り上げた。


「危ない!」
「「!!」」


声にバッと振り向くとそこには……。邪悪な黒い塊が目の前に!


「きゃー!」
「ヒャー!」
「うわー!」


とっさにあらしは黒い塊へと腕を振るっていた。その手にはいつの間にかどでかい刃物が握られている。
黒い塊は刃物に触れると、まるで溶け込むように2つに分かれて消えていった。


「な、何なんだ今の黒いの!」
「……私は今の大きな刃物に驚きました……」
「どこから出したのあらしお兄ちゃん?!」
「気にしない方がいいわー。よくホイホイ出すからー」


混乱している間に辺りを見回すと、さっきのような黒い影がガサゴソと這いずり回っているのが見えた。
量は……かなりたくさん。黒色で瓦礫の肌色の一部が見えないほどだ。


「何なんだよこれ!」
「いきなりびっくりしたわー!」
「これは……きっと私を狙っているんです」
「何だとー?!」


クワッと黒い影達を睨みつけるあらし。いつもと気合いが違う。その間にシロは弥生へと尋ねかけていた。


「どうして狙われてるって分かったのー?」
「……心当たりが、あるんです」
「心当たりって何ー?」
「そ、それは……」
「んなのどうでもいい!おのれか弱い女性を狙うなんて!」


迷うように視線を泳がせる弥生を庇うように立ちながら憤慨するあらしは、次の瞬間、思い切った行動に出た。


「よし!このままだと危ないからこいつら切り抜けて天国に帰ろう!」
「「ええ?!」」
「天国には他の天使もいるし!多分大丈夫だろう!」
「あ、あらしー!落ち着いてー!」
「うおおー!弥生さんには指一本触れさせねえー!」


刃物をブンブカ振り回しながら走り出すあらしを眺めて、後の3人はしばらく呆けたように突っ立っていた。


「……あらしのあんなにやる気ある姿見た事ないわー」
「愛ってすごいね」
「あの……あらしさん、どんどん先行っちゃってますけど……」
「あー!あらし待ってー!」



影を蹴散らしながらあらしは気が付いていた。この影達に、見覚えがあることを。
そう、こいつらはあの時に見た。賑やかなサーカスの夜になるはずだった、あの街の中で。

04/10/07



 

 

 



















副題、「初恋」。恋は人を変えるものなんです。