マント
天国とはとても明るい所だ。全体的に白いのもあるが。
地面は明るい緑色、あちこちに咲き乱れる花、天使の白い翼が相まって、空気まで明るく見える。
その中に、弾けんばかりの笑顔が2つ飛び込んできた。
「こっちにね、景色のいい所があるんだ!」
「早く行きましょー!」
「分かったからほら、2人とも前見て走らないとつまずくぞ」
あらしは、妹と弟が一度に出来た気分だった。きゃあきゃあ騒ぐシロとモモを眺めてそっとため息をつく。
それというのも、2人が天国を案内してやるといってきたからだ。モモの風邪について尋ねてみると、
「もう治ったから大丈夫だよ!」
と、ニッコリ笑顔で返された。まあ今見る所本当に平気そうなのでいいのだが……。
「あらしー!早くー!」
「はいはーい」
たかたかと駆けていく姉弟に急いでついていくと、天国の中央に建つ白い塔からどんどん離れていく。
つまり、天国の端へと向かっているのだ。
「ちょ、ちょっと、どこいくの?」
「もうすぐよー!」
「もうすぐ!もうすぐ!」
やがて、本当に天国の端についてしまった。あたりには家はなく、小さな草花が風に吹かれている。
そして目の前は崖なのか地面が見えない。ただ青い空に浮かぶ小さな白い雲がポツポツ見えるだけだ。
「……?ここは?」
「えっへへー。ここが目的地よー!」
「は?!ここが?!何も無いけど……」
「こっち来てよこっち!」
戸惑うあらしの手をシロとモモの手がぐいぐいと引っ張る。だんだんと崖に近付いていく。
ようやく天国の端の端に立ったあらしは、そのまま立ち尽くした。
眼下いっぱいに、森や、川や、町や、大地や、遠くには海が、どこまでも続くように広がっていたのだ。
「……わあ……!」
「ねー!すごいでしょー!」
「でしょ!」
「う、うん、すごい……!ってか、天国って……」
落ちないようにそっと真下を覗き込んでみると……そこにも遥か下のほうに大地が広がっていた。しかし、それだけだった。
こちらに向かって伸びている物体は何も無い。つまり、この天国をこんな高い上空で支えるものは何も無い状態というわけで。
「天国ってまさか、宙に浮いてるの?!」
「知らなかったの?」
「そうよー!『浮き島』だってお父さんが言ってたわー!」
「浮き島……!そ、そうだったんだ」
別に高所恐怖症なわけではないが、あらしは急にこの足をつけている地面に不安を覚えてきた。
いきなり浮力を失って、いつこの天国が地に落ちるか怖くなったのだ。
何せ、自分には天使たちのように翼が無いのだから、落ちれば確実に死んでしまう。
「……しかし、クロなんかはここに絶対住めないな」
「そうねー!毎日ビクビクしてるわきっとー!」
「クロって誰?」
「あたしの仲間よー!あらし合わせて4人いるのー!」
「へえー!いいなー!」
姉の話にモモは目を輝かせている。体の弱いこの子供は、きっと旅物語というものに憧れているのだろう。
随分と前から旅をしているあらしには経験した事が無い想いだ。
「……それじゃあそろそろ戻りましょー」
「そうだね」
もう一度ちらりと眺めてから、あらしはその景色に背を向けた。
今はせっかく天国にいるのだから、天国の方をもっとよく見ておかなければ。
3人は仲良くおしゃべりをしながら塔のほうへと歩いた。
「死んだらやっぱりここに来るんだろ?」
「なんかねー、天国のもっと深いところにいくらしいわー!天使も同じよー!」
「深いところか……複雑なんだなあ」
「お母さんもそこにいて、ずっと見守ってくれてるんだって!お父さん言ってた!」
にっこり笑顔でそんな事言われるとどう反応すればいいのか迷う。さりげなく目線をそらしたあらしは、妙な事に気づいた。
周りにはちらほら天使の姿が見受けられるのだが、それはおかしい事ではない。ただ、この天使たちが……。
「どしたの?あらしー」
「え?……いや、何でもないよ」
シロに尋ねられ、あらしは視線を前方に戻した。
気のせいかもしれないが……天使たちがこちらをちらちら見てくるような気がしたのだ。しかも、眉をひそめながら。
最初は自分を見ているのかと思ったが、どうやらそれだけではないらしい。
(……まさか、シロを……?)
何故なのかは分からないが、その視線は確かにシロにも向けられている。
もしかしたら、シロが天国に帰りたがらなかったのはこれが原因なのでは?
(視線の理由は未だに分からないままだけどさ……)
手っ取り早いのは本人に直接聞く事なのだが、さすがにそれは出来ない。
どうしようかと歩きながらあらしが考え込んだ時だった。モモが、嬉しそうに声を上げたのだ。
「あっ!お父さん!」
「……お父さん?」
「本当だわー!お父さーん!」
満面の笑みでシロが駆け出す。その先に立っていたのは、純白のマントを羽織った大天使だった。
柔らかな笑顔でこちらを見ている。どちらかというと美形顔なので、シロとモモは母親似なのだろう。
大天使は駆け寄るシロに両手をさっと広げ、そのまま、
「おお!おかえりぼくの可愛いシロ!旅で怪我とかしていないかい?病気は?ナンパなんてされてないだろうね!」
「ただいまお父さんー!あたし見ての通り元気よー!」
「んーそうかそうか!よかったぁぁぁ〜!」
デレっとした笑顔でギュウギュウシロを抱きしめる。何となく見ていられなくて、あらしはそっと視線を伏せた。
ああ、せっかくのいい顔が台無しだ……。
次に駆け寄ってきたモモにも、大天使は片手を伸ばした。
「モモ、風邪の方はどうだ?」
「大丈夫だよ!治ったもん!」
「そうか……ごめんな、お父さん忙しくて側にいてやれなくて」
「いいよ!お姉ちゃんも帰ってきたし、あらしお兄ちゃんもいるし!」
お兄ちゃんとか言われたのは初めてなので何だかあらしは照れくさい思いがした。
モモの言葉を聞いた瞬間、大天使はギロッとあらしに目を向けた。と思ったら、
「きっ貴様まさかうちの可愛いシロをたぶらかす男じゃないだろうなぁぁ?!」
「はいぃ?!ち、違います断じて!本当に!」
「お父さんー!その人はあたしの仲間のあらしよー!」
ガッシと肩をつかんでくる大天使にあらしがぶんぶか首を振っていると、シロがマントをぐいぐいと引っ張って止めてくれた。
とりあえずホッと息をつくあらし。
「仲間……?旅の仲間かい?」
「そうよー!一緒に今まで旅してたのー!」
「そうやって騙しておいて人知れず手懐ける作戦を」
「立ててませんて!神に誓って!この際魔王にも誓って!」
「他にもあと3人いてー、5人旅してたのよー!それについてったのあたしの方なんだからー!」
シロの言葉に、大天使はようやくキリキリ掴んでいた手を離してくれた。
「やあ……取り乱してすまない。あらし君、だったかな」
「はあ」
「娘が世話になったそうで……。ぼくの名はピート。よろしく」
「あ、よろしくお願いします」
あんまり天使っぽくない名前だなあとか失礼な事を思ってしまう。そんな事言ったらモモはともかくシロはどうなるのだ。
「この天国へは何しに?まさかストーカーの如く後をつけてきたとか」
「違います違います!あの、ちょっと、目ぇ据わってんですけど!」
「あたしがついてきてもらったのよお父さんー!」
いちいち突っかかっていく父に毎回フォローしてやるシロ。
すると、大天使ピートは急にうろたえたように娘に向き直った。
「ま、まままさかシロ……!お前、このチビガキに惚れているのかい?!」
「本人目の前でチビガキって」
「えーそんな訳ないじゃないお父さんってばー!」
あははーと笑うシロに照れとか慌てとかそんなものは一切無い。それはそれでちょっと悲しい。
今の反応で本当に疑いを解いてくれたらしく、ピートはあらしにも優しい笑顔を向けてきてくれた。
「ははは……。疑ってすまなかったね。君を信じる事にするよ」
「いやそんな。どうせ僕なんてチビガキですから」
「ちょっと熱くなってしまったが……娘を思うこの親心を分かって欲しい」
「分かりますよ。所詮まだまだチビガキの身ですが」
「君も結構根に持つタイプだなあ、ハハハ」
そこはかとなくにこやかに握手を交わす2人。そんな2人に飽きてシロとモモはそこら辺を転がりまわっている。仲睦まじい光景だ。
ふと、2人の子ども達に目を向けたピートは静かに口を開いた。
「……あの子と共に旅をしているというのは本当かい?」
「え?は、はい、あと3人と一緒に」
「そうか……。あの子は、元気でやっていたかな」
その視線にその口調に込められているのは、父そのものだった。
娘を心配する父親の姿を目の当たりにしたあらしは、一呼吸置いて答える。
「元気ですよ、すごく。いつも皆と笑って」
「……笑っているのか、あの子は」
そこであらしは見た。見てしまった。隣でふっと微笑んだその顔は……。
父性に溢れた、胸を締め付けられるような笑顔だったのだ。
「……それは、よかった」
「………」
あらしは自然と目線をそらしていた。何故だか、直視できなかったのだ。
そんな事はお構い無しに、ピートはその微笑みのまま、あらしに語りかけてくる。
「これからも、シロと仲良くしてやってくれ」
「……はい」
「あの子に……きっと初めて出来た仲間だから」
「え?」
それは一体どういう事だ?そう問おうとした時には、ピートはすでに白いマントを翻してシロとモモの元へ歩いていってしまっていた。
思わずあらしはその場にポカンと立ち尽くす。混乱する頭の中で、1つだけ思ったことは。
記憶の中に無い自分の父という人も、こんな顔をするのだろうか、と。
04/09/30
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大天使はうち設定です。何か色々と複雑な設定がありますが、まあSOAでは「なんか偉い天使」と覚えていてくださればよろしいかと。