魔法使い



華蓮とクロは、その場に立ち尽くしていた。何故かというと、目の前の光景が予想できない意外なものだったからだ。
まさか……まさか、森の中にいきなり、お菓子のお城が現れるとは。


「……なあ、ヘンゼルとグレーテルっつー話知ってるか?」
「少し黙っててください。今頭の中を必死に落ち着かせている所なんですから」


口調は冷静だが2人とも頭は混乱状態だった。
結界を破った先のお菓子の城。突然童話の中に入り込んでしまったような気分だ。


「で、でも、魔法使いが住んでそうな所じゃねえか」
「ま、まあ、確かにそうですけど」
「……行ってみるか?」
「……ええ」


覚悟を決めた2人は、用心深くゆっくりとお菓子の城へと近づいていく。
壁と屋根はクッキー。ちりばめられたキャンディー。チョコレートで出来たドア。何故かヤクルトで出来た煙突。
全てが夢のようだ。


「これ、食えるのかな」
「やめてください。いくらなんでも」


クッキーの壁が目の前、という所まで近付いたクロと華蓮。その時、


「よお!このお菓子の城はオレっちのもんだジェイ!」
「「ぎゃああーっ!」」


背後から聞こえたその声に、クロは叫びながら飛び上がり、華蓮は叫びながら拳銃を取り出した。
銃口を向けられて、声の主は慌てた様子だ。


「ちょ、ちょっと待つんだジェイ!オレっち何もしてないジェイ?!」
「……。誰ですか、あなたは」


両手を上げた声の主は、黒いフードを被った怪しい男だった。しかし、同じフードであるが鈴木ではないようだ。
華蓮の問いに、男はビッとポーズをとって答える。


「オレっちは『ジャック』という名を貰ったんだジェイ!そう呼んでほしいジェイ!」
「ジャックさんですか……この菓子の城、あなたのなんですか?」
「もっちろんだジェイ!」


怪しい男、ジャックは怪しいポーズのままだ。どうやら右手で「J」の文字を作っているらしい。


「この城はオレっちが半年もかけて完成させた超傑作もんなんだジェイ!」
「へぇー!これお前が作ったのかよ!」
「もちろん!さすがのオレっちも魔力にゃ限度があるから手間がかかったジェイ!」
「……ちょっと待ってください。今、魔力とか言いませんでした?」


クロと陽気に会話していたジャックに、華蓮は勢いよく詰め寄っていた。
ガシッと肩をつかまれて、ジャックは怯えた視線を向けてくる。


「魔力って魔法の力、という意味ですよね」
「そりゃあ、もちろんだジェイ」
「と、いう事は……このお菓子の城を魔法で作ったって事でしょう?」
「……えー!まさかお前、魔法使いか?!」
「何言ってんだ、どこをどう見てもオレっちは『魔法使い』ジャック様だジェイ!」


また例の『J』ポーズをとっていたジャックは、華蓮が勝ち誇ったようにニヤッと笑ったのを見ていなかった。
この際魔法使いならば誰でも何でもいい。むしろ好都合だ。


「それでは魔法使いジャックさん。ちょっと頼みたい事があるんですけど」
「ジェ?オレっちに頼み?」
「もちろん……聞いてくれますよね?」


ニッコリ笑う華蓮の手には、当たり前のように銃が。そして、当たり前のように銃口はジャックの目の前に。
真っ青になるジャックを眺めながら、クロが気の毒そうに呟いた。


「あーあ……。ご愁傷様で」


どうやら助けてやる気はないようであった。





「ははあー。石の呪いかジェイ」


しぶしぶジャックは2人をお菓子の城の中へ入れてくれた。
ウエハースで出来た机の上には今、華蓮の持っていた黒い石が置かれている。これこそが、鈴木に石にされてしまった紫苑なのだ。
華蓮は、石を眺めるジャックにもうひとつ何かを手渡す。


「で、これで呪いを治して欲しいんですが」
「おおー!浄化の魔石かジェイ?!めっずらしージェイ!」


緑色の輝きを放つその石をジャックは興味深げに眺め回す。ペロペロキャンディの椅子に座ったまま、クロが尋ねてきた。


「お前、それで呪い解けるのかぁ?」
「魔法使いジャック様をなめんなジェイ!」


気合いを入れて2つの石をいじくり回していたジャック。やがて、ムムムと考え込むように黙ってしまった。
その様子に、暇そうに待っていた華蓮とクロが反応する。


「どうしたんですか?まさか、出来ないんじゃ……」
「いや、いや!確かにこの石で呪いを解くことは出来るジェイ!……でも」
「でも……何だ?」


しばらく迷うように唸った後、ジャックは言いにくそうに話し始めた。


「この呪い、結構強い奴がかけてるみたいなんだジェイ」
「まあいくらアホでも一応強いですからねあのキチガイ野郎」
「華蓮、目据わってるぞ」
「そんで、さすがのオレっちでもこの石だけじゃ呪いが解けそうに無いわけだジェイ」


なるほど、と1つ頷いた華蓮は、そのまま言った。


「つまりあなたは、私に撃ち殺されたいわけですね」
「や!あの!ほ、他にあと2つぐらい道具があれば呪いを解いてやれるんだけどジェイ!」
「じゃああと2つこの魔石が必要なのか」


クロが魔石を転がしながら聞くと、ジャックはフルフルと首を振った。


「1つは魔力不足を補ってくれるもの、もう1つは魔法の手助けをしてくれるもの、それが欲しいんだジェイ!」
「ちっ、能無しが」
「ひっひどいジェイ!オレっちだって頑張ってんだジェイ!」
「うるさいですよ。負け犬がピーピー吼えるんじゃありません」


華蓮はイライラしているようだ。今すぐ元に戻せないと知ってショックだったのだろう。やれやれとクロはため息をつく。
その時、


「……んあ?」


透明な飴で出来た窓から外を見たクロは、思わず間抜けた声を上げていた。今、静止した森の中に何かうごめくものが見えたのだ。
さっきまで何も誰もいなかったのに。


「おい、おい!外に何かいるぞ!」
「外に?」
「な、何ぃ?!この周りには結界張ってたのに何で……ってお前らまさかまさかジェイ?!」


慌てふためくジャックを眺めて、一笑する華蓮。


「私達がどうやってここに来たと思っていたんですかあなた」
「ひぎゃああ!オレっちが苦労して作った結界なのにジェイィィィ!」


ひとしきり叫んでから、ジャックはこそこそと外の様子をうかがい始めた。それに習って、華蓮とクロも窓から外を覗いてみる。
まだ姿はよく見えない。しかし、だんだんと何者かの話し声が聞こえ始めた。


「……ところで、本当にここら辺にその仲間がいるのでありますか?」
「ああ、そのはずなんだが……」


最初の妙に丁寧な声には共にガシャガシャという金属音が混じっている。知らない声だ。
しかし、次に聞こえた声に心当たりありまくりな2人は、思わず顔を見合わせていた。
今の、妙に自信なさげな声は、あいつそっくりではなかったか?


「おじさんおばさんもこっちに来たと言っていたしなあ」
「大丈夫であります!仲間はきっとこの先にいるでありますよ、ウミさん!」
「「ウミー?!」」
「「うぉえ?!」」


バタンと飛び出してきた華蓮とクロに、そこにいた鎧姿の人物とタルを背負った人魚、ウミは、揃って奇声を発した。
しかしすぐにウミが気を持ち直してくる。


「ああ、華蓮に……何だクロもいたのか。びっくりした……」
「おいおいウミ、てめえ何でこんな所にいんだよ?!」
「こっちもびっくりしましたよ。国の方はどうしたんですか?それに、その人は?」
「も、もしやこの人たちがウミさんのお仲間なのでありますか?」
「な、何だ、お前達の知り合いだったのかジェイ?」


お互い知らない人物を連れて、この場にいる理由を知らないままだった。
しばらく2人と3人は、混乱するようにその場で固まっていた。





「……というわけで、この宝石を渡しにこの傭兵とここまで来たんだ」
「水の妖精様がここまで送ってくれたのであります」
「華蓮のおじさんとおばさんに、こっちに来たと聞いたんだが……まさかお菓子の城があるとは思わなかった」
「オオカミ人間の村もお菓子の城も初めて見たのであります!感激したのであります!」


場所はお菓子の城の中に戻って。ウミたち2人は華蓮たち3人に事情を説明していた。
傭兵を胡散臭げに眺めながら華蓮は口を開く。


「まあ私達の方は、紫苑の呪いを解くために魔法使いを探し出したんですがね」
「こいつが、他の魔法の道具なきゃ呪い解けねえとか言ってんだ」
「ええ?!あなた魔法使いなのでありますか?!」
「ヘヘン!オレっち『魔法使い』ジャック様なんだジェイ!」


ビッと「J」ポーズをとるジャックを眺めて、ウミは思い出したようにポケットをまさぐった。


「魔法の道具といえば、この宝石とこの……父さんから貰った指輪、どうやら不思議な力があるらしいんだ」
「不思議な力ですか」
「へっへー。こいつらがねぇー」
「……あ、あ、ああーっ!そっそれはぁー!」


するとジャックが飛びつくように身を乗り出してくる。


「何ですか、どうしたんですか?」
「この宝石は、魔法不足を解消してくれる『キセキの宝石』だジェイ!」
「「ええ?!」」
「そしてこの指輪は人魚に古くから伝わる魔法手助けアイテム『マリング』だジェイ!」
「「ベタベタだ?!」」


何といきなり足りないものが揃ってしまった。何という好都合的な展開なのだろう。


「無理矢理な展開ですが、まあ今回はつっこまないでおきましょう」
「おいジャック!これでシオンの呪いが解けんのか?!」
「オレっちに任せるんだジェイ!これさえあればパパンとやってみせるジェイ!」
「まあ、役に立つのならいくら使っても構わないが」


ウミから宝石と指輪を受け取ったジャックは早速外へ飛び出した。それに続いて他の4人もお菓子の城から出る。
ジャックは何やら丸くて平べったい石の上に、あの黒い石を置いている最中だった。


「さあーて!さっそく始めるジェイ!」
「「おおー」」


右手に指輪をはめ、左手に宝石を持ったジャックはそっと緑色の魔石を両手で持ち上げる。
と思ったら、力いっぱい魔石を握り締め始めた。ギュウギュウとまるで何かを押し込めているようだ。


「ふんぬぐぐぐぐ!」
「「……?!」」
「ぐぐぐぐ……っ!……っジェジェーイ!」
「「何っ?!」」


4人が緊張した面持ちで見守る中、ジャックはいきなり魔石を振りかぶって、そのまま黒石へと叩きつけていた。
あっけなく、パキョン、と割れる黒石と魔石。

しばらくの沈黙の後。


「なー?!何してるんですかあなたはぁぁぁ!」
「ぎゃー!ぎゃあー!くっ首がおれ、折れるー!ちょ、落ち着くんだジェイ!よく見てみるんだジェイ!」
「……は?」


華蓮に首をつかまれたジャックがジタバタともがく。
キレかけの華蓮が黒石の方へと視線を戻した、次の瞬間。


閃光が走った。


「っ!」
「「?!」」


激しい光だったがそれは一瞬だった。思わずつぶった目を、華蓮は徐々に開いてみる。
まだ光はそこにあったが、華蓮は目を話す事が出来なかった。

光は黒石から放たれている。しかし、それはだんだんと膨らんでいった。
華蓮よりも大きくなった光は、何らかの形をかたどっていく。


手が生え、足が生え、頭が生え。光が収まった後、そこにいたのは……。



「……紫、苑?」


ポツリと、呟く。華蓮はいつの間にか、体ごとそちらへ振り返っていた。
背後からジャックのゲホゲホという咳が聞こえてくるが、そんなものは気にならない。
ただ、目の前に立つ者を凝視する。


他の人より黒っぽい肌。スラリと高い身長。しかしどこか人のよさそうな顔。華蓮を見つめる優しい瞳。

全てを華蓮は知っていた。


「……華蓮」


懐かしくも愛しいその声が自分の名を呼ぶ。体が震えだす。恐ろしさからではない、どうしようもないこの嬉しさから。
黒の石の呪縛から解き放たれ、ようやくここに立つ事の出来た紫苑は、少しはにかんだように笑って言った。


「ただいま」


瞳からあふれ出す雫を止めることも出来ぬまま、華蓮は飛びついていた。


「……おかえり……!」


涙を流しながら、それでも幸せそうに抱きしめ合う2人を邪魔する者などもう存在しなかった。
ただそこにあるのは、2人を祝福するように見守る温かな視線のみ。


「……よかったな、華蓮」
「やぁぁっと本当に元に戻れたんだなこんちくしょー!泣けるじゃねえかよー!」
「何だかよく分からないけどよかったのであります……!」
「オレっちも思わず大感動だジェイィ!」


微笑む1人と号泣する3人の中心で、2人のオオカミ人間はただただ抱きしめ合う。
もう、二度と離さないとでもいうように。


「愛してるよ」
「……私も」


そんな甘い言葉に、お菓子の城でさえ恥ずかしそうに夜の闇に紛れ込んだ。



ようやくお互いを手にする事が出来た恋人達に、今夜だけでも月の祝福を。

04/09/18



 

 

 



















華蓮と紫苑めでたしめでたし。とりあえず、一件落着です。