塔



「ここが、天国への入り口?!」


あらしはぽかんと口を開けて、目の前に建つ大きな白い扉を眺めた。周りに壁も無いのに、扉はそこに建っている。
しかもその扉、あらしの十倍以上の大きさなのだ。さすが天国への入り口、といった所か。


「えへへー、おっきくてすごいでしょー!おどろいたー?」
「うん驚いた。……扉もだけど、その周りにも」
「えー?」


あらしの目は、大きな扉の隣にある立て看板に向いていた。そこには、太い文字でデカデカとこう書かれている。

『ようこそ天国へ!』


「……ようこそって」
「ほらー!あそこに天国記念スタンプもあるわよー!」


シロの指差す方には台があり、確かにスタンプらしきものが置いてあった。
『ご自由に押して下さい』の張り紙を見ていたら、あらしは何だか頭が痛くなってきた。


「あらしもやるー?」
「いややめとく……。今想像上の天国とのギャップについて頭の中の整理をしてる所だから」


頭痛の原因はまだ沢山あった。例えば、他にも『おいでませ天国』とか書かれてある大量の立て看板とか。
ひどいものは『天国』と書かれた風船やペナントを売っている屋台まであった。
今までの天国のイメージが、音を立てて崩れていくのを感じる。

あらしがうんうん悩んでいる間に、シロは扉の横に立っていた門番の元へ歩いた。
門番は天使で、背中に白い翼が生えている。


「あたしシロ!天国帰ってきたから、扉開けてちょうだいー!」
「……シロ、だな。少し待っておけ」


それは恐ろしいほど無機質な声だった。それにシロは少しだけ顔をうつむかせて、すぐにあらしの元へと駆けて戻る。


「あらしー!扉が開くわよー!」
「……え、あの扉が?」


思わず顔をあげると、ズズンと地面が振動した。そして、2人の目の前でゆっくりと、巨大な白い扉がこちら側へ開いていく。
それと同時に、まぶしい光が隙間から差し込んできた。


「うわっ!何だ?!」
「この光の中を通ればあっという間に天国なのよー!ほら、行きましょー」
「あっまっ待ってシロ!」


扉の隙間に進み出すシロ。どうやらこの扉は少ししか開かないらしい。置いていかれないように慌ててあらしはシロの後を追った。
そのままの勢いで扉の中に入ってしまったので、あらしは眩しさに目をつぶった。
すると、シロが手を握って引っ張っていってくれる。
やがて2人の姿は、白い扉の光の中へと消えていった。


「………」


その様子を、門番は複雑な表情で見送ったのだった。





しばらく手を引かれて歩くと、すぐに眩しさは消えていった。


「……?」
「もう大丈夫よあらしー!天国に着いたわー!」
「え?!」


目を開けると同時に、背後でズシンと扉が閉じる音がした。いつの間にか通り抜けていたらしい。
今あらしは、天国の地を踏んだのだ。


「こ、ここが正真正銘の天国……!」
「そうよー!ようこそ天国へー!」


目の前にはふさふさの緑の大地が広がっていた。遠くには綺麗な花畑も見える。
ポツンポツンと可愛らしい家が建っているが、あれは天使の家なのだろう。あちこちに白い翼を生やした天使の姿が見える。
そして真っ先に注目すべきなのは、視界のの中心に建っている大きな白い塔だった。
どのぐらいの高さなのだろう。頂上はかすんで見える。


「シロ、あの塔、何?」
「あれはねー、天国の中心部よー!偉い人が住んでたりー、病院や学校があるのー!」
「へえー、すごいなあ……あれが天国の中心なのか」


あらしがあちこち物珍しそうに見回していると、くいくいとシロが手を引っ張ってきた。


「そろそ行くわよー!」
「は?あ、うん。……で、どこへ?」


その質問には答えずにシロがさっさか先へ行ってしまったので、あらしははぐれない様に急いでついていった。
どうやらシロは、あの塔を目指しているようだ。


「あれ?あの塔にいくの?」
「そうよー!会わなきゃいけない人がいるのー!」


ふーんと相槌を打って、それ以上は何も言わずにあらしはついていく。
塔の目の前まで来ると、シロは開け放たれた入り口から中に入った。目の前の大広間には、天使が沢山集まっていた。


「うわ!これが全部天使?!すごっ!」
「駄目よあらしー、ボーっとしてるとはぐれちゃうわー!」


トテトテと戻ってきたシロはあらしの手をまた引っ張って歩き出した。そこであらしは、シロの顔が少々強張っているのに気づく。
手を繋ぐのは、ただはぐれないためのものでは無いのだろう。心細いのだ。


(でも何でシロはこんなに天国に怯えているんだ……?)


心の中でそっと考え込む。見た所、天国にそんな危険なものはないように思えるのだが。
考えている間に、シロはあらしを引っ張ったまま四角い箱のような部屋に入った。


「え、何ここ?」
「えへへー、これ、えれべーたーってやつなのよー」


笑いながらシロが何かのボタンを押すと、ガクンと部屋全体が揺れた。
と思ったら、部屋が何と上へ上へと昇っているではないか。下へ落ちていく外の景色も見る事が出来る。


「うわー!すごい!上にあがってるよこの部屋!」
「塔って高いでしょー?こういうのが無いと疲れちゃうのよー」
「なるほどね……」


感心しているうちに部屋は目的の階についたようだ。ガクンと動きが止まったのを見計らってシロがひょいと部屋を出る。


「さーこっちよー!」
「はーい」


シロに案内されたのは、長い長い廊下だった。白い外見と同じく、壁も天井も床も全てが白い。
廊下には、左右に白いドアが均等に並んでいる。


(まるで、病院みたいだ……)


そういえばシロが、塔の中には病院もあると言っていた。だとしたら、ここは本当に病院なのかもしれない。
1つ1つドアを確かめて歩いていたシロは、ある1枚のドアの前でピタリと止まった。


「ここだわ……」


スーッと深呼吸をすると、シロは控えめにノックした。するとすぐに「はーい」という声がする。どうやら男の子の声のようだが。
シロは声を確認して、笑顔を作って元気よくドアを開けた。


「モモーっ!ただいまー!」
「……あー!おねえちゃーん!」


シロが飛びついていった先には、ベッドがあった。その上に座っていたのは、シロにとてもよく似た真っ白な男の子だ。
シロと男の子は、嬉しそうに抱き付き合った。


「えー何で帰ってきたの?旅の途中だったんでしょ?」
「モモが風邪引いたっていうからー、心配して来ちゃったのよー!」
「ぼくは大丈夫だって言ったじゃん!」


微笑ましく喋り合う2人の邪魔にならないように、あらしはそっと後ろ手でドアを閉めた。
部屋の中も白1色だった。同じく白いベッドは1つしかない。ここは個室のようだ。
その時、男の子があらしに気づいたらしく、びっくりした顔で指差してきた。


「……うわ!あの人、だれ?」
「あのねー、あらしっていうのー!あたしの仲間よー!」
「仲間!へえー!」


シロは今度はあらしに向き直ってきた。


「あらしー!この子、あたしの弟のモモよー!」
「え?!シロ、弟いたんだ?!」
「そうよー!あたしお姉さんなのよー」


えへんと胸を張るシロ。確かにこの男の子、モモはシロそっくりだ。
モモの方が年下に見えるし、なるほどシロがお姉さんという事にも頷ける。


「あ、じゃああの手紙、この子からのだったんだ」
「……う、うん、そうよー」


弟からの手紙を読んでは帰らないわけにも行かなかっただろう。そこまで考えて、あらしはハッと思い出した。


「そういや、ここ病院だよね?もしかして弟君、病気か何か……?」
「モモでいいわよー」
「あのね、ぼく、生まれつき体弱いだけ。だからお父さんがただの風邪でも病院に連れてくるの」


過保護ってやつだよー、と笑うモモ。そんなモモの顔をシロは複雑な表情で見つめている。
話題を変えようと、あらしは努めて明るく言った。


「お、お父さんって心配性なんだね。あ、ここにはいないの?」
「うん、お父さんは仕事が忙しいから」
「え……じゃあお母さんは?」


そこで、シロが顔をあげて割り込んできた。


「お母さんも体弱かったらしくてー、モモ生んだ後しばらくして死んじゃったのよー。だから、あたしたち3人家族なのー」
「あう……」


地雷を踏んでしまった事を悟ったあらしは、頭を抱え込んで蹲ってしまった。
母親を亡くしているそぶりを見せなかったシロに何だか心が痛い。
いろいろな事を後悔しているらしいあらしの頭を、シロはポンポンと叩いた。


「やーねぇそんなに気にしなくてもいいのよー。あたし今幸せだものー」
「そうだよねー!」
「ねー!」


幸せだと笑う姉弟。
しかしあらしは、天国に来る事を散々悩んでいたシロを知っている。弟に会うために、決死の覚悟をしただろうシロを知っている。
モモも、こんな白い無機質な部屋で1人というのは寂しかっただろう。
しかしそれでも、2人は幸せだと言って、今、笑っていた。

シロを苦しめているものの正体をまだ、あらしには知る事が出来なかった。

04/09/04



 

 

 




















言うまでもないですが、天国はもちろん自分設定です。こんな天国もありですか。