傭兵



吹き飛ばされた木。荒れた砂浜。消えた住みか。この場所を再び元に戻す事はかなり困難な事だろう。
しかし、誰一人として諦めようとはしない。ここが彼らの、海人魚の国だからだ。


「ああ……皆の力が1つになり私たちの国を創り直そうとしているこの光景。何て感動の涙溢れる場面なんだ!」


今日も絶好調にウザイぐらいハープをかき鳴らしているのは、もちろんポールだった。
彼は大きな岩の上に立ち、感涙しながらハープを奏でている最中だ。復興の手伝いはいいのだろうか。


「このほとばしる想いをハープの音色に乗せて私は永遠にこの物語を伝え続けようではないか!」
「義兄さん。セイ姉さんが『そのハープを早く止めないとお前の息の根を止めるぞ』と言っていたぞ」
「……おや、ウミじゃないか」


ポールの立つ岩の元に復興の手伝いをしていたウミがやってきた。ポールはその言葉に臆する事無くポロロンとハープを奏でる。


「残念ながら、このハープを止めることは出来ないよ」
「何故だ?」
「何故ならこの音色は私の熱い情熱の魂だからさ!溢れる想いは誰も止める事など出来ないのだよ!」
「そうか……」


何気にポールの言葉を無視しつつ、ウミはもう1つ義兄に尋ねた。


「ところで義兄さん。父さんを見なかったか?」
「んー見ていないねえ。何か用でもあるのかい?」
「いや……俺を呼んでいるみたいなんだ」


どこいったんだと周りを見回すウミ。
しかし、見えるのは忙しそうに動き回っている人魚たちと、ハープを手放そうとしないポールだけだった。
その時、ウミの目に遠くの方に立っている他の人影が見えた。


「……あれは何だ?」
「おや?……あれは人魚ではないようだね」


気になった2人は、その人影の元へと歩いていった。人影は人魚の国の入り口付近で様子をうかがうように立っている。
近づいてみると、その人影が全身に鎧を着ているのが見えてウミは驚いた。


「何だ?もしかして、あの兵士の生き残りか?」
「いや、この前の兵士たちとは格好が違うみたいだけどね」


ポールの言葉に、もう一度鎧の人物を見たウミは納得した。確かに、この前戦った兵士たちとは違う。
あの鎧の人物は、本当に全身鎧姿だったからだ。たとえ近づいてもあれでは素顔を見る事は出来ないだろう。
では一体、こんな所へ何しに来たのだろうか。


「やあ君、この海人魚の国へ何の用だい?」
「!に、義兄さん!」


いきなり話しかけるポールに慌てるウミ。もし怪しい奴だったら危ないではないか。
しかし全身鎧の人物は、驚いたように身じろぎした。


「ええっ?!ここは人魚の国なのでありますか?!」
「そうさ!」
「それは……凄い所に来たのであります」


感心するように頷いた鎧の人物は、ガチャっと鎧を鳴らしながら敬礼した。


「私はある国の傭兵であります!よろしくお願いするのであります!」
「私はポール!未来の海人魚の王になるかもしれない吟遊詩人さ!」
「ええっ!?未来の王でありますか!?凄いであります!」
「……まあ事実だしな。俺はウミ、よろしく」


話したところ、傭兵と名乗るこの鎧の人物はそんなに悪い人ではなさそうだ。
そこでウミは今まで自分が何をしていたのか思い出した。


「……あ、そうだ。父さんを探していたんだった」
「きっと仮家にいると思うよ。私も行こう。よかったら君もどうだい?」
「え?いいのでありますか?!」
「はっはっは!遠慮せずに来たまえ!」


勝手に傭兵を招待するポールにウミは何も言わずについていった。
父親は他の人間に対してあまり友好的ではないが、ポールはかなり友好的だ。そんな所だけは、ウミは感心していたりする。
前を行くポールは、物珍しそうにキョロキョロしている傭兵に色々説明してやっている所だった。


「周りにいる人々は全員人魚なのでありますか?」
「もちろん!何てったって、ここは人魚の国なのだからね!」
「おおおっ!すごいのであります!こんなに一度に人魚を見たのは初めてなのであります!」
「そして、あれが海人魚の王の仮住まいさ!」


ポロロンとポールが指差したそこには、板と板を組み合わせた、いかにも仮小屋といった家が1つ立っていた。
王が住むような家には明らかに見えないが、それでも傭兵はいたく感動したようだ。


「ここが王の仮住まいでありますか!」
「その通り!さあウミ、お義父さんはやはりここにいたようだよ」
「え?……ああ、本当だ」


窓から覗いてみると、中にはキングとクイーンの姿があった。
机に広げられた地図を見てあーでもないこーでもないと論議をしている。復興の計画について話し合っているようだ。
ウミはドアをノックしてからドアを開けた。


「父さん。俺を呼んでいたようだけど……」
「おおウミか。まあ入れ」
「え?!王様が父さんという事は……ウミさんは王子様なのでありますか?!」
「はっはっは、そういう事さ!でもまあ、未来の王はこの私だろうがね!」
「おおっ!王子でもないのにすごいのでありますポールさん!」


ウミの背後でやたらと盛り上がるポールと傭兵にキングはいぶかしげな目を向けたが、特に何も言わなかった。
もうつっこむのに疲れたのかもしれない。


「何、お前に渡したいものがあってな」
「渡したいもの?」
「そうだ。……ほら、これだ」


キングは懐からコロンと何かをテーブルの上に転がした。透明で綺麗な石、宝石だ。
ウミはこの宝石を以前見た事があった。


「……あ、これは、団長から貰った宝石?」
「これが前に落ちていたんだ。お前の仲間たちのものだろう?」


確かにこの宝石はピエールサーカス団の団長から貰った宝石だ。たしか、あらしが持っていたはずだが……落としてしまったらしい。


「返すのを忘れていてな。とりあえずお前に渡しておこう」
「ああ……ありがとう」
「それと、これを受け取ってくれ」


キングは、今度はそっと大切そうにテーブルの上に何かを置いた。
宝石と似たような輝きを放つそのリングに、またもやウミは見覚えがある。


「これは指輪……?しかもこれ、父さんのじゃないか!」
「ああ。これは私の父……つまり、先王から受け継いだものだ」


つまり、大事な物だということである。それをやるという父の言葉に、ウミは戸惑った。


「でも……俺は王になるつもりはないし、王になるのは義兄さんだろう?」
「……いや、まだ認めたわけじゃないんだがな……。いいんだ、お前が貰ってくれ」


キングは指輪を手に取ると、押し付けるようにウミへと手渡した。


「この指輪には不思議な力が宿っているらしい。……どうやら、その宝石にも」
「……え?!」
「いつかきっと役に立つ時が来るだろう。それまでは、大事に持っておけ」


父の真剣な瞳。しばらく指輪を見つめていたウミは、指輪ごとぎゅっと拳を握り締めた。
そして、心から言う。


「ありがとう」


その様子に、キングは満足そうに頷いた。クイーンもその隣で微笑んでいる。
とその時、いきなり後ろからポロロンと割り込んできた奴がいた。もちろんポールだ。


「どうだいウミ!その宝石を仲間に届けに行ってみないか?」
「え、ええ?!」


いきなりの言葉にびっくりしてウミは振り返った。ポールはすました顔でポロンとハープを奏でる。


「でも、復興が……」
「ここは私に任せたまえ!ウミ、旅が恋しいのだろう?」
「うっ……」
「ははは、隠さなくてもいいさ。旅という孤独で、しかし自由な生き方は誰だって憧れるものなのだからね」


完璧に図星だった。ウミは旅が恋しかった。あの仲間たちとの旅が、もう一度したかったのだ。
しばらくウミは迷うように押し黙っていたが、いよいよ誘惑に負けて頷いていた。


「……ああそうする。この宝石を返してくるよ」
「まったく……落ち着きの無い子ね」


仕方なさそうに肩をすくめながらため息を吐くクイーン。少し寂しそうだったが、止めようとはしなかった。
止めて聞く子ではないと、分かっていたのだろう。


「それじゃあルーおばさんにワープを頼んでくる」
「ああ、行って来い」


キングもただそれだけ言って見送ってくれた。ウミは仮小屋を出て、真っ先にあるものを取りにいく。
それは……、


「……やっぱり、旅の必需品といったらこれだよな」


ヒビの入ったタルだった。手伝いのため今まで背負って無かったそれを、ウミは抱えあげて、もう一度背負った。
旅をするには、これで十分だ。

さて、ルーおばさんの所へ、とウミが歩き出すと、突然後ろから声をかけられた。


「ウミさーん!待って欲しいのでありますー!」


あの傭兵だった。鎧をガチャガチャいわせながら懸命にこちらへ駆けてくる。
鎧が重いのだろう、息が切れていた。


「ウッウミさんは、これからどこかへ出かけるのでありますか?」
「あ、ああ、仲間に会いにな」
「それなら、私も連れて行ってほしいのであります!」
「……ええ?」


ウミが戸惑っていると、傭兵はビシッと敬礼しながら言ってきた。


「私は今、大切な人を探している最中なのであります!だから共に連れて行ってほしいのであります!」
「人探し?でも、俺は仲間に会いにいくだけだぞ?」
「構わないのであります!どうせ今から引き返さなければならなかった所でありますから!」


確かにそうだ。この人魚の国から先は海しかない。なので、もと来た道を引き返すしかないのである。
いきなり連れて行け、と言われて戸惑ったウミだったが、次の瞬間、


「それならいいぞ」


頷いていた。


「いいのでありますか?」
「でも本当に俺は仲間に会いにいくだけだぞ?それでいいか?」
「もちろんであります!」


ありがとうございますであります!と頭を下げる傭兵。初対面であるはずのこの傭兵に、ウミは何故か親近感を覚えていた。
何かこの傭兵には同じものがある、そう感じたのだ。だから同行を了承した。
傭兵はまたもや敬礼をすると、ハキハキした声で言った。


「これからしばらくよろしくなのであります!」
「……ああ、よろしく」


姉たちとかに言えば「ウミはまた騙されてる」とか呆れ顔で言うだろう。
しかし、今回だけは、ウミは確信していた。


この傭兵は、良い奴なのだ。

04/08/30