凍った森



森というものは、静まり返っていると凍ったような印象を受ける。冷たく、ただ静寂だけがわだかまる氷の森。
凍った森は、よそ者を頑なに拒んでいた。その中にひっそりと、ある村が静かに存在している。
特に名も無いが、もし地図上ならばこう書かれるだろう。「オオカミ人間の村」と。


「はあ……落ち着きますよね、故郷というものは」


冷たい森の中を村の方へと歩く人影。それは慣れたように細い細い道を確かな足取りで進んでいく。
当たり前だ。彼女はオオカミ女なのだから。
華蓮は久しぶりに、故郷の地を踏んでいた。


「旅もいいですけど、人の匂いがしないこの森が一番良いですよ」


ぐんと伸びをしてまた歩き始める華蓮。しかし、すぐにその足を止めていた。
眼下に、覚えのある景色が広がったからだ。


「……ここは……」


見晴らしのいい丘。旅に出る前、華蓮はよくここでこの風景を見下ろしていた。1人ではなく、2人で。


「紫苑……」


胸元にしまってある黒石のペンダントをぎゅっと握り締める。
こうしていると、まるであの人と共に手を繋いでいるような、暖かな気持ちが沸いて出てくる。
きっとこれは、紫苑のエネルギーだ。紫苑は、ここにいるんだ。


「……また一緒に、ここに来ましょう」


ペンダントにそう呟いてから華蓮は踵を返した。目的地はここではない。
悲しみに溺れることはいつだって出来るのだから、今は歩かなければ。

オオカミ人間の村は、その丘のすぐ近くにあった。


「………」


少しだけ村の前に立つ門を見上げてから、華蓮は村の中へと入った。
周りにはちらほらと村人たちの姿が見える。その中に、よく見知った顔があった。
こんな自分を育ててくれた、大事な、大事な両親。


「まあ……!華蓮、おかえり!」


いつも自分を心配し、気遣ってくれる母。


「おかえり華蓮。元気そうだな。よかった」


いつもにこにこと笑って自分を見守ってくれる父。


「……はい、ただいま帰りました」


昔両親へ素直に笑えなかった罪を償うかのように、華蓮は微笑みながら頭を下げた。
華蓮は、故郷へと帰ってきたのだ。





それから一日が過ぎた。昨晩華蓮は久しぶりの家のベッドでぐっすりと眠ることが出来た。
旅の中では、こんなにゆっくり眠ることは出来ない。


「おはようございます……」
「おはよう華蓮。珍しく遅起きね」


旅ってやっぱり疲れるのねと呟きながら朝ごはんを用意してくれる母の背中。
華蓮はこの母の背中が好きだ。血の繋がっていない両親と知った日でさえ、その背中に母の温かみを感じた。
背を向けていても、母は華蓮のことを見ているのだ。


「ほら、早く食べちゃいなさい」
「いただきます」


久しぶりの母の手料理を美味しく食べていると、外がにわかに騒がしくなった。
華蓮は食事をする手を止めて母と顔を見合わせる。


「……今日は何かあるんですか?」
「別に何も無かったはずよ?」
「じゃあ何かあったんでしょうか」


2人で不審がっていると、外から父がドアを開けて入ってきた。その顔は、少し緊張でこわばっている。


「あなた、どうしたの?」
「ああ……実はこの村に何かが近づいてきているようだ」
「「え?!」」


3人で家から外に出てみると、村人たちが不安そうにあちこちに立っていた。その視線は一様に空へと向けられている。
……空?


「鳥でも飛んできたんですか?」
「いや、もっと大きなものらしい。今何人か様子を見に行ってるんだが」


鳥よりもっと大きな、空を飛ぶもの。華蓮は1つだけ心当たりがあった。しかし、アレがこんな所へ飛んでくるだろうか。
このオオカミ人間の村はこの森にあまり人が来ないからこそここに存在しているのだ。それなのに……。
とそこに、茂みの奥から様子を見に行っていた村人が出てきた。


「たっ大変だ!ここに近づいてきているのは……りゅ、竜だ!」
「「竜?!」」
「赤い体の、大きな竜がこっちに近づいているんだ!」


竜なんてめったに見れるものではない。しかしそれが近づいてきているなんて。
村人たちは一気に混乱状態だ。皆が慌てふためく中、華蓮だけが空を見つめたまま固まっている。


「……私の心当たりと非常に合致するのは何故なんでしょうか」


ははっと呆けたまま笑う華蓮。やがて、その目に真っ赤な竜の姿が映し出される。
燃えるような真紅の体。こんなに綺麗な赤竜はそうそういないだろう。
アレは確かに私の知り合いだ。華蓮は確信した。


「ぎゃー!竜だー!」
「逃げろー!」


村人たちはバタバタと逃げ去っていく。さすがオオカミ人間、全員がすばやい動きで森へと消えた。
母が、立ったまま動かない華蓮の腕を引っ張った。


「華蓮何しているの!早く隠れないと竜に食べられてしまうわ!」
「いえ、大丈夫です。私には分かります」
「ええ?」


母が戸惑っている間にブワッと風が舞った。竜が降りてきたのだ。
赤竜は華蓮の目の前にその巨体を地面に鎮めると、腕を振り上げてこう言った。


「あーっ!久しぶりに長距離を飛ばしたもんだから疲れたぜーっ!」
「………」


その普通な言葉に華蓮は元より母も声が出ない。華蓮はため息をつくと、赤竜を見上げてから声を張り上げた。


「あなたリュウさんですよね?一体何しに来たんですか」
「よっ!華蓮、だったっけ?元気そうじゃねえか」


シッシッシと赤竜のリュウは笑ってみせる。こいつはクロの親友で、だからこそ華蓮も知り合うことが出来たのだ。


「お前さんにちょいと届けものがあってな!」
「私に届けもの?」
「おう。ここに来る途中伸びちまったんだけど……そらよ」


リュウはポイと背中から何かを投げてきた。その何かは、華蓮の目の前に落ちてくる。
顔色悪く目を回しているその黒い男に、華蓮は凄く見覚えがあった。なので、こう言った。


「いりません返品します」
「こらぁ!せっかくオレが地獄からはるばるやってきたってのに返品すんなよ!」
「意外と元気じゃないですかクロさん」


そう、華蓮へ届けられたのはクロだった。まあ運んできたのがリュウだったので予想できるものだったが。
しかし何故クロが高所恐怖症を我慢してまでここに来たのか、華蓮には分からない。


「一体何しに来たんですか。ただ空中散歩してたわけでもないでしょう」
「当たり前だ、高い所散歩してどーすんだよ!お前にすげえもの届けにきたんだよ!」
「すごいもの?」


リュウに届けられたクロがさらに届け物を持っているという。一体何なのだろうか。


「じゃーん!これだっ!」
「……石?」


クロが差し出してきたのは、手の平ほどの大きさの石だった。色が不思議な緑色をしているので、ただの石とは思えないが。


「ただの石じゃねーぞ!何とこれは魔石だ!」
「魔石ですって?一体どうやって手に入れたんですかこれ」
「いや貰ったんだよ偶然。貰ったんだ」


貰ったことを強調するクロの目は泳いでいる。つっこんでも話が進まないので、華蓮は気づかなかった振りをしてやった。


「で、それをどうして私に?」
「ふっふっふ、聞いて驚け、この魔石の能力はなあ、『浄化』っつーんだ」
「浄化?」
「つまり、呪いとかそういうもんを直す力があんだよ!これには!」


クロがそう言った瞬間、華蓮はガッと掴みかかっていた。


「それは本当なんですか?!」
「ぐえっ!くっ首っ!首掴むな!」
「呪いを解く力が入っているのなら、それならまさか……!」


華蓮は反射的に、胸の黒い石のペンダントを握り締めていた。それを見て、クロも首を掴まれたまま器用に頷いてみせる。


「シオン、だっけ?そいつも治るんじゃねーの?オレ詳しくは知らねえけど」


クロは漢字発音がどうにも出来ないらしい。


「それでわざわざこれを届けにきてくれたんですか?」
「そうともよ!これ貰った時ふと思い出したんだよ!オレって心優しいからな!」
「……まあ引っかかるものはありますが。ありがとうございます」
「お前にそうやって普通に感謝されると気持ちわりいな……」
「んーでもそのまんまじゃ無理だろ」


そこへ竜の姿のまんま立っていたリュウが割り込んできた。
華蓮とクロが「どういうことだ?」と顔を向けると、竜らしくないしぐさで頭をかいてみせる。


「何かよくわかんねえけど、呪いを解きてえんだろ?」
「鈴木というアホに私のこ……知り合いがこの石にされてしまったんです」
「素直に恋人って言えばいいじゃねーか……痛っ!あいたたた!」


思いっきりクロの耳をつねる華蓮を見下ろして、リュウが魔石を指差してきた。


「じゃあ、その魔石だけじゃ無理だな」
「それでは、どうしろっていうんですか」
「ぎゃー!落ち着け!落ち着けって!言うから!」


チャッと拳銃を取り出す華蓮にリュウはあわてて言った。いくら竜人といえども、やはり拳銃は苦手らしい。


「だからぁ、その魔石から魔力を引き出して操れるやつが必要なんだよ!」
「何ですって?」
「魔石っつってもそのままじゃただの石だからな。その中の力を使って呪い解かなきゃいけねえんだ」
「リュウさんは出来ないんですか?」
「いやおれ魔法使えねえし。そうだなあ……やっぱりそういうのは、魔法使いだろ」


魔法使い。それを探し出せば紫苑は元に戻るのだ。
華蓮は緩む頬を感じながら、ペンダントをそっと握り締める。


紫苑。もう少し待ってて。もう少し待てばまた、あなたと……。


華蓮は決意した。この凍った森に今度は2人で帰ってくるために、もう一度ここから出る事を。

04/08/22



 

 

 




















魔石の設定はもちろん自分設定です。PRG等では魔石自体を使って攻撃したりしてますしね。