手紙
賑やかな街通り。その中をピョコピョコと歩く小さな頭があった。真っ白なその姿は、小さいながらも人の間をすり抜けていく。
しかし、その表情は曇っていた。
「あうー……どうしよー……」
元気なく歩いているのはシロだった。とぼとぼとまるで迷子の子供のように不安定な足取りだ。
だが別にシロは迷子になったわけではない。仕方なく、この街にやってきたのだ。
ちゃんと天国に帰ろうと決心をしたシロ。しかし、うずに飛び込む瞬間やっぱり嫌だっと思ってしまったのだ。
すると、この街についていた。もしかしたら誰かについてきてしまったのかもしれないが、まだ知り合いの誰にも会っていない。
「ここって天国の近くかしらー?でもなー」
別に方向音痴な訳でもないので道が分かればここからでも天国に帰れるだろう。
しかしまだシロは迷っていた。気になる事はある。あるのだが……。
そこでシロは、誰かに呼び止められていた。
「そこの子ー!ちょっと待つのネー!」
「……えー?」
ぐるりと振り返ったシロは、あーっと大きな口を開けて指差した。
「本棚壊しちゃったえーっとあの、ギルドマスターだわー!」
「な、何なのネ?本棚壊したって……確かにボクはギルドマスターだけどネ」
そこに立っていたのは、どこかの町で見たギルドマスターだった。
以前本棚の整理を頼まれてうっかり壊してしまったのだが、そのギルドマスターはとぼけた顔をしている。
「あたしベンショーするお金持ってないわよー!本棚は諦めてよねー!」
「……?ボクは本棚なんか持ってないのネ」
ギルドマスターの言葉にシロはあれ?と首をかしげた。そういえば、あのギルドマスターと出会った町とこの街は違う。
シロはますます首をかしげた。
「えーでもあなた、ギルドマスターよねー?」
「そうなのネ。……ははーん。さては君、ボクの親戚にでも会ったのネ?」
「しんせきー?」
「ボクの親戚は全員ボクに似てるのネ。そんでもって何人かギルドマスターを同じくやってる奴もいるのネ」
「へー、そっくりだわー」
素直に感心しているシロに、ギルドマスターはハッとして向き直った。
「そう、そう!あんたシロさんなのネ?」
「え?そうよー」
「よかった見つかったのネ!実はちょっと渡したいものがあるのネ!」
「渡したいものー?」
「そうなのネ!ギルドの方にあるからついてくるのネ」
そう言うとギルドマスターはさっさと先に歩き出してしまった。
シロの渡したいもの。しかしここにシロが来たのは偶然なのだ。それなのに何故?
……という事を一般人は普通考えるのだが、シロは全く疑わずに、
「あー!ちょっと待ってよー!」
と、あっさりついていってしまった。まあ今回はちゃんとしたギルドマスターだったので大丈夫なのだが。
将来が心配である。
シロがギルドマスターに連れられてたどり着いたのは、少し大きめのギルドの建物だった。
他の町のギルドより栄えているのだろうか。
「この中なのネ。遠慮せずに入るのネ」
「はーい!おじゃましまーす!」
先にドアを開けたギルドマスターについてシロも中に入る。部屋は全体的に木で出来ており、落ち着いた空間だ。
目の前には受付のような机があり、カウンターのように並んでいる。今ここにいる旅人はいないようだ。
1人だけ、このギルドの従業員か何かなのか、忙しそうに部屋の中を走り回っている。
と、その時、その従業員とシロはバッタリ目が合った。
「……あ」
「あーっ!」
そして2人は、同時に声を上げていた。
「シロじゃん!どうしてここにいるんだよ。天国に帰ったんじゃないの?」
「何であらしがここで働いてるのー?!」
そう、その従業員は確かにあらしだった。あらしは働く手を止めてシロの所へやって来る。
「いや、ここのギルドに昔お世話になってたんだ」
「そうなのー?」
「うん。で、特に行く場所も無いからちょっと手伝ってたんだ」
「そうなのネ!マスターがいなくて忙しかったからちょうど良かったのネ」
奥からギルドマスターも声を上げる。マスターって誰だろうとシロが思っていると、あらしが再度尋ねてきた。
「で、シロは何でここへ?」
「……うっ……」
言葉に詰まる。そしてシロは誤魔化すように言った。
「あ、あのね!あの人がここに連れてきたのよー!」
「ガマレが?」
「……ガマレー?」
「ああ、あいつ本名がガマレカムリっていうんだ」
「こら!勝手に人の名前を名乗らないのネ!」
ドタドタ走ってやってきたガマレカムリは、手に何かを掴んでいた。
「これ!これを渡したかったのネ!」
「えー何それー?」
「手紙なのネ」
「「手紙?」」
シロはあらしと共にガマレカムリの持つ手紙を覗き込んだ。無地で白い封筒のシンプルな手紙だ。
見た所、表には差出人が書かれていない。
「でも誰からなのー?」
「これは天国から預かったのネ」
「「天国?!」」
「あたし偶然この街に来たのよー!何で手紙預かってるのー?」
シロが尋ねても、ガマレカムリは首を傾げるだけだった。
「ボクは知らないのネ。ただ、これをシロって子に渡してくれと頼まれただけなのネ」
「ここって天国近いのー?」
「結構近いのネ。だから頼まれたのネ」
「そう……」
手紙を手渡されてシロがうつむいている間に、ガマレカムリはまた忙しそうに動き始めた。
「さあさっさと片付けるのネ!あらしも手伝うのネ!」
「あいたっ!分かった分かったよ!シロ、そこに座って読んどきな」
「ありがとー」
あらしに指差されたいすに座って、シロは手紙を眺めた。やっぱりどこにも差出人は書かれていない。
シロは慎重に封を解いて、中から手紙を取り出した。それには、拙い字ながらも一生懸命にこう書かれていた。
『おねえちゃんへ。
お元気ですか。ぼくはこの前風邪を引いてしまったけど元気です。お父さんも毎日元気です。お父さんから、おねえちゃんは楽しく旅をしているよって教えてもらいました。いいなあ。僕も旅をしてみたいなあ。でもぼくはもうちょっと大きくなって、丈夫になってからだよって言われました。ぼくは今でも元気なのに。 だからおねえちゃん、旅をたくさん楽しんできてください。無理して帰ってこなくてもいいから、いつかぼくに旅のお話をしてください。すごく楽しみにまってます。その時はおみやげ持ってきてね!約束だよ。でも今じゃなくてもいいです。ぼくはおねえちゃんをいつまでも待ってるからね。それじゃあお元気で』
最後まで差出人は書かれていなかった。しかし、シロには分かった。
その字は、どうしようもなく懐かしかった。
「モモ……」
ポツリと呟く。頭の中に、懐かしい顔が浮かぶ。いつもおねえちゃんと呼んで笑ってくれたあの可愛い子。
その子が、自分を待っていてくれると、言っているのだ。
手紙をたたんで、シロは決意した。いつまでもいじいじと逃げてばかりではいけない。
帰ろう、あの子の所へ。帰ろう、天国へ。
「……シロ」
いつのまにか側にあらしが立っていた。心配そうにシロを見ている。
シロは、元気付けるようにニコッと笑った。
「あらし!あたし決めたわー!」
「え?何を?」
「あたしね、天国に帰るわ!今から!」
「……そっか」
あらしもにっこりと微笑んでくれた。人の笑顔を見ると、シロも元気が出てくる。
その時、シロの頭の中にある考えがピーンと思い浮かんだ。
「そうだわー!ねーねー、あらしも天国に行かないー?」
「……え?!死ぬの?!」
「違うわよー!普通の人でも普通にいけるのよー!」
「そ、そうなんだ」
そう、天国というものは他の人が思っているより身近にあるのだ。シロは戸惑うあらしの手をぐいぐいと引っ張った。
「この後行く所無いんでしょー?天国って結構すごい所なのよー」
「うーん……でもいいの?故郷に帰るんだろ?」
「あっあのね!嫌ならいいのよー!ただあたしがちょっと……1人じゃ不安でー」
しゅんと項垂れてしまったシロを見てあらしは慌てた。とそこへ、ガマレカムリからも声をかけられる。
「行ってくればいいのネ。マスターには帰ってきた後あらしの事話しておいてあげるのネ」
「そう?それじゃあ……行ってもいい?」
「いいわよー!ありがとーっ!」
きゃあきゃあ喜ぶシロ。シロにとって天国とはそんなに不安な場所なのだろうかとあらしは考えた。
まあ本当に目的地も無かったし天国に興味があるので、ここでシロに会えてよかったと思う。
「じゃあさっそく行きましょー!」
「あっ待ってシロ!……じゃあねガマレ。マスターによろしく言っといて!」
「いってらっしゃいなのネー」
ドタバタと去っていくあらしとシロをガマレカムリは外に出て見送った。
引っ張り引っ張られつつも、2人の背中はそれなりに楽しそうだった。
ギルドの前に立ち、人ごみに消えていった2人を見送ったガマレカムリは、ポツリと呟いた。
「それにしてもあらし、随分と人間らしい表情してたのネ……マスターに言っておかなくちゃいけないのネ」
しばらく突っ立っていたガマレカムリはやがてギルドの中へと入っていった。
目指すは、天国へ。
04/08/14
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どうでもいい話ですが、ガマレカムリという名前は昔書いてた小説から取りました。本当にどうでもいい。