闘技会



沸きあがる大歓声。飛ばされる野次。飛び交う口笛。観客の目は全て中央に注がれている。
丸い観客席に囲まれた舞台。その中心に立って、歓声にこたえるように拳を振り上げた。


「ぎゃーっははは!このクロ様がNo1なのだーっ!」
「おいおいー!No1はこのおれリュウ様だろうが!」
「何をー?!」


横にいたリュウと言い合いになるが、すぐに笑い合う。

ここは今闘技会が行われている場所。何故こんな所にクロがいるのかというと。





「おおーい!クロクロクロー!」
「あーん?」


水の妖精ルーが作ってくれた渦に入った後、気づけばクロは地獄の前に立っていた。
水の力ってすげえなあと思っていた所に頭上から声がかけられたのだ。
首を上に傾ければ、すぐ上を赤い塊がビュウと通り過ぎていった。


「ぎゃあっ!」
「わりぃわりぃ。驚かせちまったなー」


頭を抱えていると、目の前にバサッと降りてきた赤い塊。びっくりして見上げると、それは竜だった。


「ああーっ!リュウじゃねえかー!」
「よお!相変わらず元気そうじゃねーか」


赤竜の姿で親友の竜人リュウはけらけらと笑った。その後、グングンと身を縮めて人間の姿に戻る。


「お前他の仲間は?一緒じゃねえのかよ」
「あー、いったん別れて地獄に帰ってきたところなんだよ。リュウこそ何でここにいんだ?」
「おお実はな、今から地獄でアレがあんだよアレ!」
「アレぇ?」


クロが首をかしげると、リュウは一枚の紙を突きつけてきた。


「これだよこれ!」
「何だこれ」


紙を手にとってしげしげと眺めてみれば、そこには悪魔語でこう書かれていた。

『来たれ強者!地獄1番を決めろ闘技会!』


「闘技会?!」
「おお。んで、ちょうど暇だったからおれも出てみようと思ってな!」
「なるほどなー」


しばらく紙と睨めっこしていたクロは、バッと顔を上げた。


「なあ!オレも連れてってくれよ!」
「は?でもお前、まだ家に帰ってねーんだろ?親に挨拶は?」
「いーんだよそんなの!とーちゃんもかーちゃんもまったく心配してねーだろうし!」
「地獄に帰ってきたときは魔王に報告に行かなきゃなんねーとか、言ってたじゃねえか」
「ああ?魔王なんてどーでもいいんだよ!な、行こうぜ!」
「……それならまあいいか!よし行こうぜ!」


こうしてクロはリュウと共に闘技会に出ることになったのだ。





どうせだからとコンビで出てみたクロとリュウ。そしたらあれよあれよという間に決勝戦へと上り詰めていた。


「なーんだ。もっと強えやつがいるかと思ったのによー」
「ま、おれの力が最強だからな」
「こらてめえリュウ!オレが最強だっつーの!」


決勝戦のある会場へ歩きながらやっぱり言い合う2人。これは彼らの友情あふれる会話なのだ。
と、そこでクロが今さらのように言った。


「なあ、優勝したら何か貰えんのか?」
「んん?どうだったかなー。副賞が10万Gぐらいだったなー」
「げっすげえじゃねーか!10万かー何が買えっかなー」


さっそく色々計算しだしたクロの横でまだリュウは考え込んでいる。


「で、他に何か貰えたんだよなー……あ、そうだ魔石だ」
「ませき?って何だ?」


ポンと手を叩いたリュウの言葉に首をかしげるクロ。しょうがねえなーと面倒くさそうにリュウは説明してくれた。


「魔力を込められた石っころのことだよ。色んな種類があっから、今回の商品もどんな魔石なのか分かんねーけどな」
「はーん。別にその魔石っつーのはいらねえな。10万Gで十分だぜ」
「まあなー」


そうこう言っているうちに舞台についていた。その上で、クロはもう1つ質問する。


「あとよー」
「んあ?」
「決勝戦の相手って、誰だ?」


リュウが口を開く前に答えがやってきた。その2人組は、片方は明らかにぐったりした様子の男でクロの知り合い。
もう片方は明らかにウキウキした様子の女で、やっぱりクロの知り合いだった。


「うふふっ!魔王様と一緒に優勝優勝!ってあら?あなたは船の上で会った悪魔君じゃない!」
「……げえっ!お前はいつかの女勇者!」
「ミーナよ!奇遇ねー!」


それは船の上で密航仲間として出会った女勇者のミーナだった。確か憧れの魔王に会いに地獄へ泳いで去ったはずだ。
という事は、無事に泳ぎきってその魔王に会えたらしい。


「で、何で勇者が地獄の闘技会に出てんだよ」
「どうせだから魔王様と出ちゃおうと思って。ね!魔王様!」


ミーナにぶら下がられてる気の毒な男は、クロの上司とも呼べる魔王その人であった。
きっかりインドア派の彼は何だかやつれているようにも見える。


「よお魔王!あんた戦うのは苦手とか言ってたじゃねーか!」


クロが手を上げると、魔王は恨みがましい目でじろっと睨んできた。


「それよりクロ、お前地獄帰還の書類出してないだろう」
「うっ……」
「悪魔も大変だなーははは」
「リュウ、お前も地獄滞在の書類を出してなかったな」
「うっ……」


同時に2人を黙らせることに成功した魔王。その時、戦い開始の鐘が鳴った。
とたんにミーナが目を輝かせる。


「戦いの始まりね!それじゃ、私が戦うから魔王様は安全な所で見てて!」
「もう好きにしてくれ……」
「分かった!じゃあ行くわよー!」


ジャキンと剣を取り出したミーナ。
タコ百人斬りをやってのけてしまうミーナの実力を知っているクロは慌ててぐんぐにるを取り出した。


「おっおいリュウ!あいつ危ねーから気をつけろ!」
「は?マジで?」
「食らいなさーい!」


ブワッと風が吹いた。かと思うと、目の前を剣の切っ先が掠めていく。恐ろしい素早さだ。
2人は同時に別方向へと何とか飛んで間合いを取った。


「何だこの女!人間かよ?!」
「勇者よ、勇者!」
「こいつこの野郎っ!」


クロがいきなりぐんぐにるを突き出す。今は本気の力とやらを出していないので、刺さっても眠るだけ、なのだが。


「なんの!」
「……はっ?!」


何とミーナはぐんぐにるをむんずと掴み止めてしまったのだ。
焦ったクロがぐんぐにるを引き戻そうとするが、すでにミーナは拳を振り上げていた。


「ちょっと痛いけどごめんねー!」
「ぐはっ!」
「クロ!」


バキッという音と共に後方へ吹っ飛ぶクロ。隙を見せたリュウに、ミーナがチャンスとばかりに素早く近づいた。
そして、剣をぐいっと振り上げる。


「これで最後ー!」
「ぎゃふん!」


剣の峰で腹を殴られ吹っ飛んだリュウはゴロゴロと転がって、やがてピクピクと痙攣しながら横たわった。
クロも左頬を抑えてのたうち回っている。どうやら、勝負はあっという間についてしまったようだ。


『勝者、4丁目魔王と勇者ミーナチーム!』
「きゃーやったわ魔王様ー!私たちの勝ちよ!」
「あーまあ正確にはお前だけの勝ちだよ……」
「くっそー負けたー!本気の力出しゃあきっとオレが勝ったのにー!」
「おれだって竜になりゃあ絶対勝ってたぜ」


ぴょんぴょん飛び回るミーナと比べて魔王はローテンションだ。加えてクロとリュウなんかは落ち込んでうちひしがれている。

かくして、地獄闘技会は勇者の1人勝ちで幕を閉じたのだった。





「さっきはごめんねー!私と魔王様の愛の前には何者も立ちふさがってはダメなのよ!」
「賞品の10万Gは赤字続きの財政に使わせてもらうからな」


闘技会が終わった後、殴られた部分の治療をしていたクロとリュウの元へミーナと魔王がやってきた。
魔王も色々苦労しているらしい。


「じゃあもう1つの賞品の方はどうだったんだ?」
「あーあの魔石?でもこれ私には必要ないものなのよねえ」


これ、とミーナが取り出したのは、手の平サイズの緑の石だった。不思議な輝きを放つその魔石にクロの目が光る。


「いらねえのか?じゃあオレにくれよ!」
「いいわよ。ね、魔王様!」
「まあおれには断る権利も無いからな」
「マジで?いやっほー!」


喜ぶクロを見ながらリュウが尋ねた。


「で、あの魔石にはどんな力が宿ってんだ?」
「あれはね、色んな呪いを解く浄化の力が宿ってるみたい」
「!呪いを解く力?」


呪い、という単語にクロが反応する。


「本当にどんな呪いでもこれで解けんのか?」
「大抵のものは解けると思うけど。何てったって魔石だし!」
「そうか……呪いかー」
「……?どうしたクロ?」


じっと魔石を見つめるクロにリュウが眉を寄せる。すると、クロがガバッと顔を上げてきた。


「なあリュウ!今から連れてってほしい所があんだけどよ!」
「……は?今からか?」
「そうだ!どうせ竜の姿だったらひとっとびだろ?な?」
「まあ別にいいけどよ」


そう言うとすぐさまリュウは空に向かって吼えた。と思ったら、あっという間に赤竜が姿を現す。
リュウの背中によじ登る途中でクロはミーナと魔王のほうを振り返った。


「おっと、これ、あんがとよ!大事に使わせてもらうぜ!」
「別にいいわよそんなー!いってらっしゃーい!」
「また出かけるのか……今度まとめて書類出しとけよ」


ミーナと魔王が見守る中、赤竜は悲鳴と共に空へと舞い上がった。


「ぎゃあああっ!やっぱ高いのはダメだぁぁぁ!」
「うるせえなあ。さっそく飛ばすからしっかり捕まってろよ!」
「んな無茶な……ひぎゃあああああ!」


叫び続けるクロを乗せて、リュウは木の生い茂る森の方へと飛び去っていった。

04/08/02