花売りの娘



国は燃えてしまった。しかし、人魚たちに絶望は無かった。何故なら、国はまた創ればいいからだ。
自分たちが生きている限り、国はここにある。それに気づいたのだ。


「すべて消えてしまったのね……」
「大丈夫よ!また家とか建て直せばいいんだから!」
「そうだ。私たちが頑張らなければな」


何もかも吹き飛ばされてしまった国を眺めて、しかし明るく3姉妹が話している。
周りには海人魚たちが同様に明るい表情で立っていた。
その様子を、少し後ろの方でウミを含めた5人が座り込みながら見つめている。


「これから大変そうですね」
「ああ、まさか爆発されるとは思ってなかったからな」
「国を直すのって大変そうだなあ」
「大丈夫だろー。病気だって治ってんだぜ?」
「そうよー!みーんないるしねー!」


涙を流したことにより、広がっていた『ナミダ病』は皆治っていた。
弱っていた人魚も皆ピンピンしているのだから、涙の力というのは凄い。
と、その時、華蓮がウンザリとした表情で口を開いてきた。


「……ところでクロさん」
「あー?」
「そろそろあれ、何とかして欲しいんですけど。非常にウザイですよ」
「……そんな事言われたってなあ」


その言葉に、5人そろってチラッと後方を眺めやる。
そこには、目を最大限に輝かせてこっちを、つーかクロを見ているドワーフ達が。


「あんたハ我々に勝った強い人ダ!」
「我々を子分にして欲しいのダ!」
「お願いしまスおやびン!」
「だー!オレは子分とかはもたねえって言ってんだろ!」


クロがいくら怒鳴っても離れようとはしない。よほど好かれてしまったようだ。


「おやびン!」
「おやびン!」
「あー分かった分かった!んじゃおやびん命令出してやっから!」
「「おやびーン!」」


わらわら集まってくるドワーフたちに、クロは指を突きつけて言った。


「お前ら自分の国へ帰れ!んで、そこで平和に暮らしとけ!以上!」
「「アイアイサー!」」


命令を受けたドワーフ達は、全員どこかへと帰っていった。これで一件落着だ。


「もったいない。せっかく下僕になるって言ってたんですから、受ければよかったじゃないですか」
「いや下僕じゃなくて子分だったような」
「でも夢は世界征服なんだろ?子分がいた方がよかったんじゃない?」
「やなこった。オレ1人で世界征服してやんだよ!」


立派な心意気である。
何となくドワーフ達が去った方向を見ていると、入れ違いのように何かがこちらにやってくるのが見えた。
同時に、ガラゴロと荷車を引くような音も聞こえてくる。


「……?何か来るよ」
「何ー?屋台かなにかー?」
「さすがにここには屋台はこないだろう」
「……でも似たようなものなんじゃないですか?」


華蓮の言葉にやってきたものを眺める。白い荷車だ。中には、鮮やかな花々がたくさん積んである。
これは……。


「あれはきっと花売りでしょう」
「あー、花売り」
「ちょっと待てよ、何で花売りがこんな所にいんだよ」
「なんだー、食べ物じゃないのねー」


その荷車を引いていたのは、1人の娘だった。白いバンダナを頭に巻いた可愛い娘だ。
娘はこちらを見ると、あっと声を上げて荷車を引きながらやってきた。


「……?こっちにくるぞ?」
「私が花のように美しいからでしょうか」
「はいはい……っておい!嫌な顔しただけで拳銃構えんなよ!」


ぎゃあぎゃあ騒いでいる間に、花売りの娘は目の前までやってきて言った。


「ああ、よかった。やっと見つけた」
「「え?」」
「伝言を伝えるためにあなたをずっと探していたんですよ」


すると娘は1つの白い花をスッと手渡した。


「あなたに天国から伝言が来ています、シロさん」
「……あたしー?」


白い花の匂いをかぎながら首をかしげるシロ。周りはそのまま花を食べてしまわないかハラハラしている。


「食堂の食べ物を全て食べつくしてしまった罰はもう解かれました」
「……本当にやっちゃったんだシロ」
「えへ」
「よってもう天国へ戻ってもいいそうです。よかったですね」


花売りの娘、もとい天国からの使者の言葉にしかしシロは複雑そうな顔で答えるだけだった。


「それでは、私は本業の花売りに戻りたいと思います」
「それ本業なんだ……」
「はい。皆さんも花を買うときは私に声をかけてくださいね」


にこやかに笑った後、娘はそこら辺にいた人魚たちに花を売りつけ始めた。商売人はとてもたくましい。
白い花を見つめながらまだ難しい顔をしているシロに、あらしがそっと話しかけた。


「シロ、どうするの?」
「えー何がー?」
「天国に帰ってもいいんだろ?」
「うー、そうなんだけどー……んー」


なおもシロは悩んでいる。大体天国とはどういう所なのだろう。
クロなんかは地獄のことを良い所だとは言っていたが、シロが直接天国とはどういう所なのか話したことは1度も無い。
やがてシロは、仏頂面のまま言ってきた。


「正直あまり帰りたくは無いけどー……心配事あるから一回帰っとくわー」
「俺も色々忙しそうだから、しばらく国の方に残ろうと思ってるんだ」


ウミもそう言うと、ポンと手を叩いてクロがこう提案してきた。


「じゃあよ、ここは1回全員解散しようぜ!オレも一回は地獄に帰っとかなきゃなーと思ってた所だし」
「そうですね。私も群れの方に顔出しにでも行きましょうか」
「あらしはー?」


尋ねられて、あらしはうーんと首をかしげた。


「いやー、帰る所もわかんないし」
「……あ、そっかー」
「何なら俺の国の方にいるか?忙しいけど」
「地獄来るか地獄?おもしれー所だぜ」


ウミとかクロがそう言ってくれた。何せ昔の記憶とかが無いので、故郷とかそういうのが無い状態なのだ。
しかしあらしは笑って首を振った。


「いやいいよ。ブラブラまた1人で旅でもしておくし」
「そうか?」
「じゃあ……決まり、ですね」
「何じゃ?別れ話でもしとったばい?」


そこへひょっこり話に入ってきたのは、方言混じってる水の妖精ルーだった。姿は妖精そのもので、小さいままだ。


「おっルーのばあさん!」
「ルーおばさん、あの壁、わざわざ作ってくれてありがとう」
「や、でもドワーフに破られちまったたい。わしもまだまだじゃー」


ひょっひょっと笑った後、ルーはそこで、と切り出した。


「お詫びといっちゃあ何だが、わしがお望みの場所へ連れてったるたい」
「「え?!」」
「故郷に帰るんじゃろ?水の力でそこまで送ってやるのよ。どうじゃ?」


願ってもない話だ。確かにここからでは天国や地獄まで遠いだろう。


「「お願いしまーす!」」
「よしよし。じゃあちょっと待っちょれ」


むむむっとなにやら念じ始めたルー。すると、目の前に水の上でもないのにぐるぐると渦が巻き始めたではないか。


「「おおーっ!」」
「その中に行きたい所を念じながら入るばい。そうすりゃその場所へひとっとびじゃ」
「あの……これ、溺れたりはしないよね」
「大丈夫たい。水の妖精を舐めたらあかんよ」


ほっと一安心した所で、全員向き直った。
思えば色々あったが、なんだかんだ言って出会ってから今まで、ずっと一緒に旅をしてきたのだ。
ほとんど無理矢理旅の仲間になったとはいえ、仲間は仲間だ。少しさびしいものがある。


「……まあこれが今生の別れでもないし」
「おう!そういうこった!」
「それでは皆さん、お元気で」
「元気でねーみんなー!」
「気をつけて帰れよ」


ウミは人魚の国に残り、
華蓮はオオカミ人間の群れへ、
シロはしぶしぶながらも天国へ、
クロは面白いらしい地獄へ、
あらしは行き先の無い1人旅へ、

それぞれの、旅立ちだった。


「それじゃあ、また」
「またな!」
「また会いましょう」
「またねー!」
「ああ、またな」


一応、さよならはしなかった。そのまま4人が渦の中に入っていくのを、ウミは黙って眺める。
やがて4人が消えた後、渦も静かに消えていった。


「………」


何故だか途方にくれて空を仰ぐ。この空はどこまでも繋がっていることを確認して、少しだけほっとした。
ただ、心に少しわだかまりが残ったままのような、そんな気分。



旅の仲間たちは、再会の約束をしないまま、旅立っていった。

04/07/28