真珠1粒



周りはオレンジ色へと染め上げられた。爆風が人魚たちに兵士たちに襲い掛かる。
火の粉が宙を舞い、チリチリと肌が熱い。炎の燃え盛る音で、何も聞こえない。
そんな中で、ウミは音にならない自分の声を聞いた。


「……そんな……っ!」


そのまま崩れ落ちそうだった。目の前で、今まで必死に守ってきたもの全てが燃えていく。
今までの戦いは?苦悩は?そして皆は?


「おい、お前たち!一体何をしたんだ!」
「どうして、どうして爆発が!」


背後で河人魚たちが兵士を問い詰めている。それに隊長の男はなおも笑いながら答えた。


「仲間をあの国に先に行かせたのさ、爆弾を持たせてな。今頃は全て燃えてるだろうよ……クク……ハハハ!」
「……あんたは……仲間ごと吹っ飛ばしたのか?俺の、人魚の国を……!」


ウミが詰め寄っても、隊長はただ笑っているだけだ。ギリギリと奥歯をかみ締めながら、もう一度火の立ち上る方向を見つめた。
まだドォンと小爆発が起こっている。その方角は、確かに海人魚の国がある方向であった。


「す、すぐ助けに……」
「いや待て!こっちが爆発に巻き込まれてしまうぞ!」
「それに……あの爆発では……」


それきり河人魚は全員黙り込む。ショックのあまり座り込む者もいた。その中でウミはただ突っ立っている。
何か言いたい気もするが声が出ない。駆け出したい気もするが体が動かない。一体これから、どうすればいいんだ?
絶望に沈み込もうとした、その時、


「ウミーッ!」
「……!」


聞き覚えのある声。ウミは金縛りが解けたように反応した。声のした方へ顔を向ければ、茂みの奥から誰かが飛びついてきた。


「よかった!無事だったのね!よかった……!」
「リーネ姉さん……!」


そう、それはウミの姉リーネだった。ウミが驚いている間に、後から続々と人魚たちが現れる。
それは確かに、海人魚の国の人々だった。


「……どうやら勝ったようだな」
「ああウミ……!どこも怪我をしていないのね?よかった……」
「ぼっぼぼぼぼっちゃあぁぁん!よくぞご無事でえぇーっ!」


キングもクイーンもセバスもやってくる。キングの腕の中には、苦しそうではあるがセイの姿もあった。
最後に、マリーとポールも元気そうに茂みから出てくる。


「あらあら、皆で脱出していて良かったですわ」
「本当だね、これはまさに神が与えられた奇跡と呼ぶにふさわしいことだよ」
「皆……無事だったのか!」


声を上げるウミの後ろで、河人魚たちも歓声を上げた。
海人魚と河人魚、住む所は違えど同じ種族の両者はお互い生きていることを喜び合う。


「やった!我々は生き残ったんだ!」
「勝ったんだ!人間に勝ったんだー!」
「やった、やったー!」


皆が浮かれる中、ウミはポールの方へと駆け寄った。


「でも、何故皆で国を出てこれたんだ?あっちにも兵士の仲間が行ったんだろう?」
「そうなのだよ。ドワーフが植物の壁を突き破ってそりゃもうピンチだったさ」


ポロロンとハープを奏でながら答えるポール。


「でも君の仲間たちが足止めをしていてくれて、こうやって逃げてこれたというわけだよ」
「そうか……皆が」


頷きかけるウミ。しかし次の瞬間、何かに気づいたようにハッと顔を強張らせた。
そして、一気にポールへと詰め寄る。


「それじゃあ……皆は?!皆は一体どこに?!」
「………」


いつもはやたらと喋るポールだが、今は押し黙って首を振るだけだった。ポロ…ンとハープを弾く指にも力が無い。
しばらく必死にポールを揺さぶっていたウミだったが、震えながらゆっくりと目線を変える。


「……まさか」


ウミの目の前には、もうもうと立ち上る煙。そして、ちらほら見える真っ赤な炎。


「……そんな馬鹿な!そんな事……!」
「少なくとも、壁の前で別れてから彼らには会っていないよ……」


ポールもどこか悲しげに言う。そんなポールから力を無くしたウミの腕がずるりと滑り落ちた。
そしてそのまま、ガクリと膝をついてしまう。


「……そんな……」


呆然として呟き。音は全て、炎が飲み込んでいく。周りの人魚たちも皆、ただならぬ様子に口をつぐんでいる。
聞こえるのは炎の音のみという、ある意味静かな空間。そこに、ガツッという何かを叩きつけるような音が響いた。


「……っ!」
「ウミ……!」


それは、ウミが地面を殴った音だった。何の効果も無い上結構痛いだろうに、ウミはそのままガツガツと手を地面に打ちつけ続ける。


「くそ……くそ……!」
「ウミ止めなさい!ほら、血が出てるわ」


殴るのを止めないウミにマリーが駆け寄った。そっと手を添える拳には、血がにじみ出ている。
しかしウミは俯いたままだ。


「……あいつらは関係なかったんだ、それなのに、俺が……!」
「あなたのせいじゃないのよ。落ち着いて」
「……っ!くそぉ……っ!」


ぐっと拳を握り締める。固く閉じられたその目からは、やはり涙は出ていなかった。
ぐいぐい歯を食いしばりながら、それでもウミは声を絞り出す。


「……泣けない……俺はやっぱり泣けないんだ」
「ウミ……」
「俺たちのために戦ってくれた仲間に……俺は泣けないんだ……!」


悔しくて泣きそうだった。しかし、たとえ泣いたとしても涙だけは出てこない。それが分かって、余計に泣きそうになる。
涙が出ない。泣けない。泣きたいのに泣けない。泣いているのに、泣けない。
心の底に、悲しみだけが溜まっていく。


「仲間の死に泣けない俺を……許してくれ皆……!」


地面に額を押し付けながらウミは叫びのような懺悔の言葉を吐く。
きっと許される事はないだろう。後悔は涙と共に流れていくものだから。
それはどんどんと溜まっていって、そしていずれは…。


「おいおーい、人を勝手に殺すなよなー」


不意に聞こえた声に、ウミは耳を疑った。それは最近聞きなれた声だった。
思わずバッと顔を上げるウミ。そこには……。


「っはー……!必死に走ったせいで疲れた……危なかったしもう少しで吹っ飛ぶ所だったし!」


ゼイゼイと息を切らしてへたれ込んでいるあらし、


「あそこで爆弾に気づいてよかったですよ……私のおかげですからね」


汗をぬぐいながらふうっと息をつく華蓮、


「うーいっぱい走ったらお腹すいたわー……爆弾でも食べていればよかったー」


危険なことを言いながらお腹を押さえているシロ、


「こいつら全部抱えてきた俺が一番疲れてんだからな!くそー」


いっぱい担いでいたドワーフたちをボトボト地面に落とすクロ。
みんな、生きている。


「……幽霊とかじゃ……無いよな?」
「ウミひっどーい!あたし天使よー!」
「オレだって悪魔だぜ?!幽霊なんて生っちょろいもんにはなんねーよ!」
「華蓮がね、このドワーフが持ってた大量の爆弾に気づいたんだ」
「それで爆弾置いて急いで逃げてきたんですよ。まあ、国は吹っ飛んでしまいましたが」


ウミの目の前にやってきた4人はあーだこーだとうるさいぐらい話してきた。それこそ、全くいつも通りに。
その様子に、ウミは長い長い息を吐いた。


「……生きて、いたんだな……」
「「もちろん」」
「……くそー、心配して損したじゃないか……」
「お前に心配されるほど弱っちくねえよ」
「そうよー!大丈夫だわよー!」
「……ああ……そうだな」


明るい4人とは対照的に、ウミは膝を突いたままである。


「……でも……」
「「?」」
「吹っ飛んでなくて、よかった……」
「「……」」
「本当に、よかった……」
「……ウミ?」


いつまでも顔を上げないウミに、4人は怪訝な顔になる。そっと覗き込んでみると。


「……!ウ、ウミ!」
「ん?」


いきなり声を上げる仲間に今度はウミが怪訝そうに顔を上げた。そのウミの顔を指差しながら、あらしが叫ぶように言う。


「な……な、な、なな」
「……な?」
「なっなな、涙!涙出てるよ!」
「……え?」


信じられない、という顔で、そっと手を目に持ってくる。すると、そこには確かに水分があった。


「……俺……涙出てるのか?」
「出てる。確実に出てる」
「そんな……まさか」


首をかしげるウミの目からその時、ポロリと一雫の涙がこぼれた。それは炎の光で輝いて、まるで真珠のように綺麗だった。
その光景を、4人はもちろん人魚たちも唖然とした表情で見つめている。


「……涙だ……涙が出てる」
「でも何故だ……?今まで、何をしても出なかったのに……」


そこでウミは唐突に理解した。この涙の理由を、涙を流しながら。


「……ああ……分かった」
「「?」」


一同が注目する中、呟くようにウミは言った。




「人魚は…忘れていたんだ。……嬉しいときでも、涙を流すことを」




「嬉しいときでも、涙を……」


その言葉を聞いた瞬間、隣に座っていたマリーの目から何かがポロリと零れ落ちた。


「……そうね、皆生きているんだもの……嬉しい、嬉しいわ」


ポロポロ涙をこぼすマリー。その後ろにいたポールの目からも涙が落ちる。


「ああ、嬉しいな……たったそれだけのことなのに、こうやって意識をすれば、何て嬉しいんだ……!」
「……嬉しい、か」
「ええ、そうよ、嬉しいのよ……」


キングの目にもクイーンの目にも涙が出来る。そして次々と人魚たちは嬉しの涙を流していった。ポロリ、ポロリと。
それは病気のセイも同じで、ポロッと目から涙がこぼれた瞬間、スッと目を開けた。


「……あれ?」
「セイ……?!」
「苦しくない……あれ?私……病気が治ってる?!」


キングが地面に降ろすと、セイは自分の足でしっかりと立つことが出来た。顔色もいいし、これは完全に健康体だ。


「治ってる……!病気が治った!」
「……っ!お姉ちゃーん!」


感極まってリーネがセイに抱きつく。そのリーネの目からも涙が出ていた。
病気になっていたほかの人魚たちも、どんどん癒されていった。





「涙って、伝染するものなんですね」


涙を流す人魚たちを眺めながら、華蓮が微笑んで呟く。その隣では、何故か涙ぐんだクロの姿が。


「やばっ!オレにまで移りそうだ!」
「いいじゃん、こんなに皆泣いてるんだからさ」
「それもそうか!……うおおおおおっ!治ってよかったじゃねえかよー!」


あらしの許しを得てクロは豪快に泣き出した。その隣でも、シロになでられながらウミが泣いている。


「みんな泣いてるわねー」
「……ああ」
「よかったわねーウミ!涙、見つかったわよー!」
「ああ……ありがとう」


流れる雫を手にとって、ウミはまた泣いた。ここに涙を手にしたことが、嬉しくて嬉しくてたまらない。


後で分かったことだが、その時、例外無しに世界中の人魚が涙を流したらしい。
病気のものは癒され、人魚たちは一晩中泣いて、泣いて、笑った。



全ての人魚が、真珠のような涙を手に入れたのだった。

04/07/25



 

 

 














人魚編終了!