墓標



「うおりゃあああ!」
「なんノ!」
「くそ!でやあああ!」
「そんなの効かないゾ!」


クロがぐんぐにるを突き出すたびにドワーフたちはつるはしで攻撃を防いでくる。
力が強いので、クロの突きは弾かれてしまうようだ。両者、一歩も引こうとはしない。


「ちょっとクロさん。これじゃ一向に勝負がつかないじゃないですか。もっと頑張ってくださいよ」
「そう思うならちっとは手伝えよ!その拳銃で!」
「嫌ですよ。弾の無駄遣いはしない主義なんです」
「てめえ今それを言うか?!」
「……まあこれでちゃんと足止めできてるんだから、僕としてはいいんだけどさ」


頑張るクロを、あらしはシロと並んでかなり後ろの方で見守っていた。華蓮はその少し前で拳銃を握っている。
しかし未だ打つ気配を見せない。本気でクロに任せているようだ。
それを見て、クロがギリギリ歯軋りする。


「くっそー、お前ら後で覚えてろよ!」
「あなた世界一の悪魔なんでしょう?それくらい1人で倒せないんですか?」
「ーっ!ちくしょー!」


一度ブンとぐんぐにるを振るったクロは、間合いを取るようにひょいと後ろに下がる。
そして、肩越しにこちらにニイッと笑いかけてきた。


「そんじゃ見せてやろうじゃねえか。悪魔の本気ってやつをよお」
「え?」
「お前ら下がっとけ!危ねーから!」


しっしっとされて、しぶしぶながらもあらしとシロの所まで下がる華蓮。
それを見届けた後、パーン手を叩いてクロはこぶしを握り締めた。


「っしゃー!いくぞー!んぐおおおおおお!」
「うわ……!」


思わずあらしは腕で顔を覆った。見えない何かの力に押されているような気分だ。
その力は、吼えるクロから放たれているように感じる。その姿は、竜の姿になるときのリュウと似ていた。
とその時、クロの背中の左側からニョキッと何か黒いものが生えてきた。


「あ、あれは」
「翼だわー!」


シロが指差す。そう、確かにあれは悪魔の黒い翼だ。しかし、色々あって右翼を失ったクロの背中には片翼しか生えていない。
その状態のまま、クロがまた笑った。


「翼が片方しかねーから調節難しいけど、ま、大丈夫だろ」
「な、何なんだこいつハ!」
「悪魔!こいつ悪魔ダ!」


戸惑い始めるドワーフに、クロはぐんぐにるをズイッと突きつけた。


「悪魔ってのは翼出すついでにこうやって本気の力出せんだよ!このぐんぐにるも今刺せば眠らずにちゃんとあの世へ行けるんだぜぇ」
「「すげー!」」


シシシと笑うクロに後ろの3人が感嘆した。その力はもちろん、未だかつてクロがこんなに頼もしく見えたことが無かったからだ。
笑いを収めたクロは、いきなりドワーフに突っ込んでいった。


「おらおらー!世界一の悪魔クロ様の力思い知りやがれー!」
「こ、これハ……!ムギャー!」


クロの突きをかろうじてつるはしで防ぐドワーフ。しかし、力を抑えきれずに後ろの方へと吹っ飛ばされてしまう。
力もスピードも上がっているようだ。さすが悪魔の力。
それを見たほかのドワーフたちは、いっせいに飛び上がった。


「強イ!こいつ強いゾ!」
「全員でやっつけるんダ!」
「ぎゃははは!どうしたどうしたぁ!もっとかかってきやがれー!」


クロがぐんぐにるを振り回すたびにぶっ飛ばされていくドワーフ達。
見ていると、ドワーフが小さいせいなのかクロが悪魔笑いをしているからなのか、弱い者いじめをしているようにしか見えない。
しかも、こっちに飛ばされてくるドワーフはことごとく、


「邪魔です。散りなさい」


と華蓮に拳銃で撃ち抜かれそうになるのだ。最早どっちが悪人なのか分からない状態だ。
とんでもない……と思っているあらしだが、目の前にドワーフが転がってくると、


「ぎゃー!あっちいけー!」


刃物をどこからともなく振り下ろしてくるので、傍目から見たらクロと華蓮と同類である。
ちなみに、シロに近づいたドワーフは、食われそうになっていた。
やがて、


「おいおい、もう終わりかよ?もの足りねえなあ」
「所詮私の敵ではありませんでしたね」
「……うわー」


あたりにはゴロゴロとドワーフが倒れる姿しか見えなくなった。その中に、クロと華蓮とあらしとシロが立っている。


「さすがに何か、気の毒になってきたなあ……」
「へっ、オレに勝負を挑んできたのが間違いだったんだよ」
「そうねー、あんまり美味しくなかったしー」
「……かじったんですか」


とりあえず勝った、という事で、皆でほっと息をついた。これで兵士が来なければ、ひとまず安心だ。


「おっと、んじゃそろそろ翼しまわねえとなー」
「いちいちしまわなきゃいけないんだ?」
「しまうついでに力も抑えなきゃいけねえもん。じゃねえと力駄々漏れだしよー」
「へえー」


ピクピクしているドワーフ達を眺めている間に、クロが翼をしまう。
しかし、その間ずっと「ぐおお!」とか「いだだだだ」とか「ひぎゃー!」とか痛そうに叫んでいた。


「……クロ、そんなに翼しまうのって辛いの?」
「ゼエゼエ……いや、オレ右翼がねえから力をしまうのがちっと辛いんだ」
「毎回翼しまうたびにそんなぐったりなってるんですか?」
「本気の力出したときだけだっつーの。じゃねえと身がもたねえよ……」
「悪魔も大変なのねー」


仰向けに寝転がって息をつくクロの頭をなでなでしてやるシロ。
そういやシロはどうなんだろうとあらしはふと考えたが、口には出さなかった。
今までシロがその話題について一度も話したことが無かったからだ。なので、取り直すように口を開いた。


「さて、ドワーフも皆倒したし、人魚の人たちの様子でも見に行こうか」
「えー?!もちっと休ませてくれよー!オレ珍しく頑張ったんだしよー!」
「兵士たちが来てるかもしれないだろ!ウミも心配だし」
「そうですね……おや?」


ドワーフ達を残酷にも蹴飛ばしていた華蓮がふとしゃがみ込んだ。それを見て、あらしもシロもクロも不思議顔で側によってくる。


「どーしたのカレンー?」
「……ちょっとこれ、見てくださいよ……」
「ん?」


ドワーフの懐を指差す華蓮。全員で顔を寄せて覗き込めば、そこには。


「「……あ!」」





一方、海人魚の国へと続く道の上では、兵士と人魚の戦いが続いていた。どうやら今の所、人魚が押しているようだ。


「うおお!」
「うわ、危なっ!」


いきなり斬りかかってきた兵士に向かって、ウミはタルから出した水をビャッと広げた。
空中の水はウミの力によって一瞬だけ固まり、兵士の剣を弾き返す。その後水は、力を失って地面へと落ちた。


「すまない、水さえあれば人魚も結構強いんだ」
「く、くそ……!ぎゃー!」


悔しがる兵士に向かってウミはトゲボール状の水を顔に投げつける。さすがに顔は痛い。
兵士は顔を抑えながら地面でジタバタもがいた。


「……あともう少し……!」


汗をぬぐいながらウミは辺りを見渡す。兵士の数はかなり減っていた。河人魚の方にもまだ倒れているものはいない。
負傷者はいるようだが、それも少ない。このままならいける。……と、その時、


「えーい何をしている!さっさと捕らえろ!」


兵士の中に妙に偉そうな奴が1人いた。ウミは、そいつが敵の隊長だと感じ取る。
昔ポールに、こうやって教えてもらったのだ。


『部隊とかはねウミ、頭を潰しさえすればこちらが勝ったも同然なのだよ。頭無くして人は生きることなど出来ないだろう?それと同じさ。これも立派な作戦の1つだからよく覚えておくことだよハハハ!』ポロロン。


つまり、あいつさえ倒せばこの戦いは終わる。次の瞬間、ウミは駆け出していた。
相手もこちらにやって来るウミに気づいたようだ。


「……っ!な、何?!」
「くらえ!」


水を一瞬だけ鋭く固めて振り下ろす。しかしさすが隊長なだけあって敵は辛うじて避けた。
振り下ろされた水は、形を失ってすぐに崩れ落ちていく。
実はウミ、持久力が無いので水をずっと固めたままだとすぐ力尽きてしまうのだ。


「……さすがにやるな」
「フフ、人魚ごときにやられはしない」


不適に笑う隊長。どうやら結構強いようだ。このまま真っ向に一対一で戦ったら危ないだろう。
ウミは必死に考えた。目の前の敵を倒す方法……。


「……これしか無い!」
「!」
「おりゃあ!」


いきなりウミは背負っていたタルを抱えて目の前にぶちまけた。ウミも隊長も水をモロに被る。
もちろん、足元は水浸しになった。


「……はは、人魚は水が無ければ戦えないんじゃないのか?」
「ああ、そうだ」
「それなのに水を捨てたのか?とうとう諦めたか」


嘲笑う隊長の目の前でウミは膝を突いた。そして、足元の水に手を浸す。


「俺はあまり力が無い。持久力もないし、頭もいいとはいえない」
「……?」
「だがな……全ての力を振り絞れば、この沢山の水だって操ることが出来るんだ!」
「な…!」


隊長は慌てて足元を見た。そこには水。そしてその水は、ウミの手元まで続いていた。
彼は今、水に囲まれている。


「しまっ……!」
「人魚の力、思い知れっ!」


ウミがぐっと力を入れれば、水は凄い勢いで隊長を押し上げた。そのまま地面に落ちるかと思えば、次の水の塊が体に叩き込まれる。
水が次々に押し上げられ、隊長を連続でパンチしているようだ。
それはしばらく続いて、ウミの腕がプルプル震え出した頃にようやく静まった。


「……はあ、はあ……どうだ、これで分かっただろう。……お前たちに人魚は手に入れることが出来ない。諦めろ」
「ぐふっ……これまでか……」


ピクピク痙攣しながら隊長は声を絞り出す。ウミの方も力をほとんど使ってしまったようで、荒い息をついていた。
周りには、河人魚が集まっている。


「他の兵士も全員倒したぞ!」
「こいつが隊長って事は……おれたちが勝ったんだ!」
「やった……!私たちが人間に勝利したのね!」
「おれたちは自分で自分を守ったんだ!」


いっせいに歓声を上げる河人魚たち。しかしウミだけが静かな眼差しで倒れる隊長を見下ろしていた。
負けたはずなのに、そいつの口元が笑みの形に歪んでいたからだ。


「クク、フフフ……」
「……何故笑っているんだ?」


その質問に答える事無く、隊長は懐に手を入れる。


「……あっちも失敗したようだな……完全に我々の負けだ」
「あっち?」
「だが、だがな……このままにしてはおかないぞ……!」


懐から取り出してきた隊長の手に握られているのは、長方形の筒のようなものだった。その先端にボタンのようなものがある。
隊長はそのボタンのようなものに親指をかけた。


「手に入らないのならなあ……全てを壊してやる!」
「おい、それは何だ?!」
「ハハハ!お前が命がけで守ったあの国が、人魚の墓標となるんだよぉ!」


隊長が力を込めてボタンを押した瞬間、


ウミの背後で、轟音と共に国が爆発した。

04/07/23