ドワーフ



森の中に、ザッザッと草を踏みしめて歩む音が響く。聞けば、決して少なくない人数だと分かる。
あまり人の訪れないその森を歩くそれらは、全員兵士だった。
ここから少々遠い国から、ある目的を持ってこうしてやってきたのだ。

それはずばり、「人魚」。

人の前にあまり姿を現すことの無い、様々な伝説が言い伝えられている人魚。その国が、この先にあるのだ。
そこを攻め、侵略し、支配するために兵士たちは歩いている。


「もうすぐ着くはずだ……気合い入れろ」
「「おう!」」
「おい待て!前方に、何かいるぞ!」


兵士の1人の声に、兵士たちは足を止めた。顔を上げて見てみれば、行く手に立ちふさがる形で大勢の人々が立っていた。
性別も年齢もバラバラのその人々は、しかし一様に強い視線を兵士たちに送っている。


「な、何だあの人たちは……」
「おい、まさかあいつら!」


兵士たちが戸惑っている間に、人々の中から1人が一歩踏み出してきた。
そいつは何故か戦装束ではなくボロボロの服を着て、何故かタルを背負っている。
ボロボロなそいつは、兵士たちに向かって声を張り上げた。


「おいお前たち、これ以上近づかないでくれ!」
「「?!」」
「俺たちは何もしないから、大人しくこのまま帰ってくれ!」


周りの人々もその言葉を肯定するように兵士たちを睨みつけたままだ。それを見て兵士たちは確信した。
今目の前に立ち塞がるこいつらが、人魚だということを。


「嫌だね、目的が目の前にあるっていうのにおめおめ帰れるか!」
「そうだそうだ!」
「お前たちこそ大人しく降伏しろ!」


ボロボロの服を着た人魚……ウミは、騒ぎ出した兵士たちを見てため息をついた。どうやら戦いは避けられなかったらしい。
出来れば戦いたくは無かったのだが……。ウミはちらっと背後を振り返った。


「今からやっぱり戦いになりそうだ」
「ああ……大丈夫、覚悟はしていた」
「こうなったら勝つのみよ」
「そうだ、あいつらをここから先へは行かせないぞ」


河人魚たちは口々にそう言ってくれた。ウミはほっと息をついた後、キッと前を向いた。
今にも襲い掛かってきそうな敵を、迎えうつために。


「人魚を手に入れるんだ!」
「「うおおーっ!」」


手に武器を取り、駆け出した兵士。


「来るぞ!ここを通すな!」
「「おおっ!」」


踏みとどまるように構える人魚。

その2つが今、激突した。



「くらえーっ!」
「くそっ」


飛び掛ってきた兵士にウミは水を投げつけた。
人魚は水を操ることが出来る。その水を固めてボールにしたり、先を尖らせて刃物にしたり、力は結構使うが自由自在に。
今ウミが投げつけたのは、ウニのようにトゲトゲのボールだった。


「ぎゃあっ!いてえっ!」


当たった兵士はその場にどうっと倒れてしまった。至近距離で投げたものだからモロに刺さったらしい。
ささった直後にトゲトゲのボールは水に戻っていった。
それを見て、兵士たちは少しひるんだようだ。


「な、なにっ?!水だと?!」
「そうさ!おれ達の力、思い知れっ!」


すかさず河人魚の1人が剣状の水を振りかざした。
たとえそれが普通の剣と同じような切れ味だったとしても、それが水で出来ているというだけで兵士たちの脅威となった。


「く、くそっ!ひるむな!」
「「おおっ!」」


声を張り上げるが、兵士たちにさっきまでの勢いが無い。明らかにこの人魚たちに怯えている。
そんなに大勢でもないし、勝てるかもしれない、とウミは思った。最初から勝つ気ではいたが、もっと楽に勝てるかもしれないのだ。
しかし、兵士たちの奥で1人笑うものがあった。


「……ふふふ……ここは負けてもいい。本命はあっちの方なのだからな」


そんな呟きが聞こえるはずも無く、ウミたちは目の前の兵士に向かっていくのだった。





一方その頃、海人魚の国は大騒ぎだった。今まで自宅待機命令が出されていたと思ったら、今度は国を守る準備をしろというのだ。
しかし、人魚たちの顔は暗くは無い。己たちの力で、これから己の国を守るのだ。


「今までめそめそしていた人たちが、今は生き生きしてますね」
「今から戦いだぜ?生き生きしてねえとこっちが困るんだよ!」
「腹が減っては戦は出来ぬよー……」


そんな慌ただしさの中、のほほんと立っているのはあらしたち4人だった。
自分たちは関係ないので、何もする事無く突っ立っているのだ。


「シロふらふらしてるぞ。……そんなにお腹すいてるの?」
「すいてるわよー!だって水飲んだだけだものー!」
「おにぎりならありますけど」
「よっしゃ、ウミに内緒で食っちまおうぜ!」


とうとう立ったまま飯を食べ始めてしまった。むしゃむしゃとおにぎりを頬張っていると、4人の目の前にさっと何者かが現れた。
それと同時に、飽きるほど聞いたポロロンというハープの音も。


「やあ、私たちのまさに命をかけた聖戦を前に空腹を満たしているのかい?」


いちいち回りくどい喋り方のこのウザイ人魚はもちろんポールだ。少し目が据わった華蓮がおにぎりを食べながら尋ね返す。


「一体何の用ですか。忙しい中ハープを奏でられるとかなりウザイんですけど」
「ははは、手厳しいね。これで皆の緊張を和らげようとしているのに」
「そうですね確かに和らぎますよ。新たに沸いてきた殺意のおかげでね」


華蓮が勢いで本当にポールを殺しにかかる前に、慌ててあらしが間に入った。


「そ、それよりポール、忙しい中ここに来るんだから用事でもあったんじゃないの?」
「そう、そうなんだよ。少し頼みたいことがあってね」
「何よー。おにぎりに忙しいんだから早くしなさいよー!」


おにぎりを食べながらのシロに言われて、ポールはもう一度ポロンとハープを鳴らした。


「いや何、崩れた門の代わりに水の妖精様に門を作ってもらったのだろう?その具合を確かめにいって欲しくてね」


そう、燃えてなくなってしまった門の変わりに、水の妖精ルーが植物の壁を作ってくれたのだ。
ルーはその後、戦いには参加できないと言って湖に帰っていったのだが。


「そろそろ兵士も来るかもしれないから、ここは1つ頼まれてやってはくれないだろうか」
「いって欲しかったら、そのハープを鳴らすのと喋るのと息をするのを止めてください」
「華蓮抑えて!」
「よっし!ちょうど暇だったし行って来るかー!」


おにぎりを食べ終わったクロが腕をぐるぐる回しながら歩き始めた。体を動かすのが好きな彼はよほど退屈していたらしい。


「そうねー!お腹いっぱいになったし、行きましょー!」
「そうだね。ほら華蓮、拳銃しまったしまった」
「チッ……しょうがないですね」


命を取り留めたポールは4人の後をハープ片手についてきた。そして、さして時間もかけずに門の後がある橋の上までやってくる。
そこには、入り組んだつたを広げてまさに壁のように立ちはだかる、高い植物の門があった。
もちろんその門には入り口も出口も無い。ポールが思わず感嘆の声を上げた。


「これは……想像以上だね。大自然の力というのは少し力を出しただけで私たちの味方にもなりそして敵にもなる、そんな」
「黙りなさい風穴開けますよ」
「……はい」
「でもこれなら兵士も入ってこれないだろうね」
「ちぇー!俺の出番が来ねえじゃねーかよー!」


植物の壁の下で色々と言い合う。それは安心感から来るものだったのだが、シロの一言で全員口を閉ざすこととなる。


「ねえー!ちょっとここほつれてるわよー!」
「「……は?」」


ちょこんと座り込んでいたシロが指差す場所を見てみると、確かに絡み合うつたがほつれていた。
というより、今にも破けそうだ。


「何だぁ?ルーのばあさんのミスか?」
「というより……現在進行形でほつれてませんか?これ」
「はは、まるで向こう側からこちらへ突き抜けようとでもしているみたいだね」


ポロンとポールが言った瞬間、つたがメキッと音を立てた。


「「……っ?!」」
「シ、シロ!」


まだ座り込んでいたシロをあらしが慌てて引っ張り寄せた。非常に嫌な予感がしたからだ。
その予感は当たって、つたを突き破って先ほどまでシロがいた場所へいきなり、先が尖った金属が振り下ろされてきた。


「「ふぎゃーっ!」」
「ふーッ!この壁やっと突き破ったゾ!」


植物の壁にあいた穴から、何者かがひょっこりとこっちへ身を乗り出してきた。
壁を突き破った金属…つるはしを抱えなおすその姿は、シロよりも小さい。固まっていた中から、クロがようやく声を絞り出した。


「おっおっお前何なんだよ!いきなり驚かせやがって!」
「むッ!お前たち人魚カ?!我らは誇り高きドワーフダ!」


ドワーフと名乗る小人は、むんと胸を張ってみせる。


「ここに立つ門を破壊しろといわれていたんだガ、植物で出来ているとはいなかったのデ遅くなってしまっタ!」
「早く命令された仕事ヲ片付けなくてハ!」
「そうダそうダ!失敗は許されないゾ!」


あっけに取られている間に、ドワーフはどんどんと穴から出てきた。数は10人ぐらい。いずれもつるはしを手に持っている。
この植物の壁を突き破ったのだから、相当の力を持っているだろう。少々戸惑いながら華蓮が口を開いた。


「命令ってまさか、このドワーフたち、兵士の仲間ですか?!」
「「!!」」
「我らはある国の王の命令デ人魚を捕らえに来タ!人魚は一体どこダ!」
「どこダ!」
「どこダ!」


どうやら兵士の仲間のようである。10人ものドワーフに詰め寄られて、4人とポールはじりじりと後ずさった。
このままでは、人魚たちが危ない。


「困ったね……相手がドワーフとは。すっかり人間対策をしていた上に病気も広がっている……一体どうすれば」


こんな状況でもハープを鳴らすのを止めないポールが呟く。
今の弱った人魚たちでは立ち向かうのは辛いだろう。もしかしたら、犠牲者が出てしまうかもしれない。
とその時、目の前にクロが立ちはだかった。


「おいポール!お前オレが戦っといてやっから、他の人魚逃がしとけよ!」
「えっ?」
「病気持ちの群れなんざ足手まといにしかなんねーんだよ!あの湖の所にでもまとめて隠れとけ!」


ぐんぐにるを構えたクロを見て、ドワーフは怯むように足を止めた。それを見て、華蓮も拳銃を取り出す。


「そうですね、一匹でもここを通したらいけないなんてプレッシャーは御免ですから」
「でも……君たちは」
「ほらこの2人が戦ってくれるから、海でも泳いで逃げといてよ」


橋の下の水を指差してあらしも言った。シロも文句無いようで、ポールにニッコリ笑いかける。
しばらく固まっていたポールは、震える手でハープを奏でた。


「素晴らしい!身を挺して逃げ道を作ってくれるとは何て慈愛のあふれた行動なんだ!それはまるで神のような」
「早く行かないと先にあなたをブチ抜きますよ」
「ははは、どうもありがとう!それじゃあ行かせてもらうよ!」


すばやい動きでポールは駆け出した。ドワーフたちが前へ進もうとするが、4人に睨まれて通り抜けることが出来ない。
その間に遠くへ駆けたポールが、ポロロンという音と共に一言叫んできた。


「お互い死ぬ事無く再会できるのを祈っているよ!」
「当たり前だー!」


クロが叫び返す。ポールはハープの音と共に国の方へと消えていった。とりあえず、出来る限り時間を稼がなければ。


「みんな、こいつら1人も通さないように足止めするぞ!」
「はっ!まどろっこしいぜ!オレが全員倒してやるっての!」
「足を止める前に足を絶ってしまえば良いんですよ、うっふふふ」
「大丈夫よー!いざとなったらあたしが食べてやるわー!」


4人とドワーフ、真正面から睨みあう。もう1つの戦いが始まろうとしていた。

04/07/17



 

 

 














祝!SOA50話目!
ドワーフは自分設定です。指輪物語のドワーフじゃなくて、白雪姫の小人のイメージでお願いします。
あと人魚の能力も自分設定です。