戦装束
人魚の国は静かだった。ここを出る前より活気が無い。
まるで人魚全員が家に閉じこもってじっとしているかのようだ。家というか、ほとんど掘っ立て小屋ばかりなのだが。
その中の、やたらと立派な3階建ての家が、この国の王の家だ。
「なーんでこんなに静かなんだぁ?全員で出かけてんじゃねーだろうなー」
「それはないでしょうさすがに。病人だっているんですから」
辺りをうかがうように覗き込んでいるクロの言葉に華蓮が返す。
ウミの姉セイが少なくとも「ナミダ病」にかかっているので、出かけてはいないと思うのだが。
「……まさか皆、病気になってるとか」
呟いたあらしは、自分で真っ先に発言を後悔していた。
その事態は十分有り得ることで、そうなっていたら非常に大変なことになるのだ。
暗くなるその場の雰囲気をよそに、1人シロが家に向かって駆けていった。
「すいませーん!お話があるのよー!」
緊張感の無いやつである。大声で呼び出しながらドアをどんどんと鳴らすシロ。
しばらくすると、わずかにドアがスッと開いた。
「……おお、坊ちゃんのお仲間様ではありませんか」
それは、ウミがセバスとか呼んでいた男だった。セバスは随分と用心しながらゆっくりとドアを開ける。
「もう旅立たれたと思っていたのですが……それに坊ちゃんは?」
「その事について話があるんです。キングさんに会わせてくれないでしょうか」
「……しばしお待ちを」
またセバスはゆっくりとドアを閉めてしまった。何故そんなに用心しなければならないのだろうか。
4人が顔を見合わせながら待っていると、すぐにセバスは戻ってきた。
「旦那様が話をお聞きになるそうです……どうぞ」
「ど、どうも」
そっと開けられたドアから、あらしは家の中へと入った。3人もその後をついて入ってくる。
家の中は不気味なほどしんとしていた。そんな空気を壊さないように、セバスがすぐ近くにあったドアを静かに開ける。
「ここです、どうぞお入りください」
「失礼します……」
「しまーす!」
部屋の中に入ると、椅子にキングが座っていた。こう見ると本当にウミそっくりだ。
「……やあ、国の様子に驚いただろう。無理も無い事だが……」
「「はあ……」」
「病気が確実に広がっているのだ……だから皆に自宅で待機を命じている」
キングは辛そうな瞳を外へ向けた後、4人に視線を移してきた。
「それで、話というのは?それに、ウミはどこへ」
「ああ、それが大変なことになっていて」
「ウミはねー!河人魚さんたたちと戦いにいっちゃったのよー!」
割り込んできたシロの言葉に、キングは目を見開いた。
「……何だって?」
「兵士っつーのが来てんだとよ。それ食い止めるからってあいつオレたち置いていきやがって」
クロがブツブツ言い始めると、キングがガタンと立ち上がった。
「兵士というのは……赤い旗を掲げた奴らか?」
「あー、トムがそんな事言ってたよなあ?」
「言ってたね、トム」
「何という事だ……!また奴らが来ているというのか!」
キングが額に手をやりながら呟く。何とも言えないでいると、背後のドアが静かに開けられた。
見ると…顔を青くしたクイーンの姿が。
「……その話は、本当なの?」
「「……!」」
「そんな……また襲われるの?!それにウミが、あの子が戦いに、そんな……!」
「落ち着け、落ち着くんだ」
叫びだすクイーンの元へキングが慌ててなだめに行く。その後ろから、ひょっこり吟遊詩人のポールが部屋に入ってきた。
「やあ、一日ぶりだが私たちはこんなにも絶望にさいなまれ、弱ってしまったよ。そっちはどうだい?」
「や、オレたちは十分に元気だぞ」
相変わらずポロロンとハープを奏でながらのポールにクロが返す。ポールは1つ頷くと、またハープをポロポロと奏でた。
「それでウミは果敢にも1人であの凶悪な人間たちへと立ち向かっていったわけだね。まったく、度胸があるのやら無いのやら」
「無謀だわ!早く、連れ戻さないと!」
叫ぶクイーンに、慌ててあらしが言った。
「いやでも、ウミも決意していった訳だし、それに河人魚の人たちもついてるし」
「そうですよ、それよりこの国を守ることを考えた方がいいんじゃないですか?」
少し厳しい華蓮の言葉に、キングがゆっくりと首を振った。
「無理だ……門が焼け落ちてしまったのだから」
「それなら、水の妖精のおばちゃんが種で壁を作ってくれたわよー!」
「……それでも、この国には病がはやっているんだ、守りきることは出来ない……」
力ないキングにクロがこめかみをぴくりとさせて反論した。
「あのなあ!病気持ってても河人魚は戦いに行ってたぞ!自分の国ぐらい自分で守ろうと思わねーのかよ!」
「そーよそーよ!」
「……もう……ダメなんだ、もう終わりだ……」
何を言っても絶望的にうなだれるキングに、
「ああ……ウミ……」
息子の名前を呼び続けるのみのクイーン。その様子からそっと目をそらすセバス。ポロンと力無くハープを奏でるポール。
この人魚たちはもう諦めているのか。ウミが必死に国を守ろうとしている中、国はもう己を諦めているのか。
そんなもどかしさに、あらしは思わず怒鳴っていた。
「いつまでもウジウジしてんなぁ!ウミが体張って守ろうとしてんのにあんたたちが信じてやらなくてどうするんだよ!」
「「!」」
「一度諦めたらそこで終わりなんだよ!仲間が戦ってるんだから、自分の足で立って踏みとどまる位してみろ!」
人魚たちはあっけに取られたように黙っている。クロやシロや華蓮も、ポカンと立ったままだ。
その中で、後悔するように膝をつき頭を抱え込んだのは当の本人あらしだった。
言っちゃったー!思わず言っちゃったー!一国の王様にものすごい偉そうに言っちゃったよー!首が飛ばされるー!
「確かにその通りだよ」
ポロロンとハープの音と共に聞こえた声に、ハッと顔を上げる。
相変わらずハープを奏でたままだが、ポールの目には光が宿っていた。
「このまま絶望に沈めば人魚は本当に滅びてしまう。そうだろうお義父さん」
「……ポール……」
「お義父さん」に少々ピクリとしながらもキングは顔を上げる。
「このまま滅びる運命なのだとしたら、いっそ滑稽にあらがってみようじゃないか。それが……生きるという事なのだから!」
ボロロンと激しくひとかき。いつもながらの臭い台詞だが、さすがに華蓮も拳銃を構えたりはしなかった。
「さあ立とうお義父さん!今こそ私たちが立ち上がる時さ!ウミなんかはもうとっくに歩き出しているよ!」
「………」
それまでずっと項垂れていたキングが、すっくと立ち上がった。その目にもう迷いは無い。
今ここに立っているのは、戦いに挑もうとする一人の人魚の王だった。
「お前たちがそこまで言うのなら……戦わぬわけにはいくまい」
「お義父さん!」
「我らの国は我らで守ろう。セバス、皆に国を守る準備をするように言うんだ」
「は、はい!」
「それとポール、『お義父さん』はやめてくれ」
人魚の国が動き出した。セバスが外に飛び出してしばらくすると、話し声が聞こえてきた。
この家へ、人魚たちが集まってきているのだ。
「……あなた」
「大丈夫、あいつは負けないさ。次は我々が頑張る番だ」
「ええ……!」
外に出たキングに続いてドアから眺めてみると、そこには大勢の人魚たちが集まっていた。
その前に立って、キングが高らかに宣言する。
「これより我々は、国を守るために戦うことを誓う!」
「「おおーっ!」」
国がひとつになった瞬間だった。
これまで静まり返っていた森の中は、現在騒々しいまでの騒がしさだった。
いったん村の方に戻ってきた河人魚たちは、戦いの準備をしている所だった。
水の妖精ルーの話だと、もうじき兵士たちが近くを通るらしい。
「もっと武器を用意するんだ!」
「おーい!あれ、あれはどこにあるんだっけ」
「待って、それは私のよ!あんたのはあっちでしょ!」
「これも持っていくか?!」
河人魚たちはドタバタと村の中を走り回る。それぞれ用意するものは違ったが、1つだけ全員共通のものを準備していた。
それは、服だ。動きやすそうな目立たない色の服を皆おそろいで身に着けている。これは人魚の戦装束なのだ。
しかし1人だけ、何もせずにボーっと座っている者がいた。もちろんウミだ。
「……もうあいつらは国に着いただろうか」
さっき別れた4人のことを考えながら、背負っているタルに寄りかかって体育座りをしている。
そこへ、河人魚の1人がウミに声をかけてきた。
「おいあんた、武器も戦装束も無いんだろう?良ければ貸そうか」
「え?」
しばらく河人魚の人の顔を眺めた後、ウミは首を横に降った。
「いや、いい」
「え?本当にいいのかい?」
「ああ、俺はこのままでいい。ありがとう」
「……そうか」
河人魚の人は不思議そうな目をウミに向けた後、戸惑いながら去っていった。
それもそうだろう。人魚は戦をする時、必ず戦装束を着るのだ。我々は戦うぞという、意思表示を体全体で示すためだ。
しかし、とウミは思う。自分はこの姿でずっと旅をしてきた。
「ナミダ」を探して仲間たちと離れ、いわば今まで1人で戦ってきたのだ。この姿でずっと。
だからこれが、ウミ戦装束だった。いい加減ボロボロになってきたこの服と、命の源である水の入ったこのタルを背負い。
きっと不恰好だろう。でもそれでいいと思う。
共に暮らしてきた仲間たちと、共に旅してきた仲間を守るための戦いなのだから。
04/07/03