成長する種
その場に重苦しい沈黙が流れた。
湖から美しい妖精(人間サイズ)が出てきたと思ったら、タバコふかすわ方言バリバリだわですっかり妖精のイメージが崩されたからだ。
全員で思わず呆けていると、妖精(人間サイズ)は首を傾げてきた。
「何じゃ、辛気臭い連中じゃのう。タバコも不味くなるたい」
ならまず喋るな。タバコふかすな。大口開けて欠伸するな。
そんな言葉か頭によぎった時、沈黙から妖精(人間サイズ)へと一歩踏み出したものがいた。ウミだ。
「なんだルーおばさんか……一瞬びっくりしたじゃないか」
「「おばさん?!」」
「おお、ウミ坊主やん?よう大きゅうなったのう」
またもウミの知り合いらしい。実はひそかに顔が広いのかこの男。
それよりこの妖精(人間サイズ)がおばさんとは一体どういう事なのか。
「キングのやつは元気かい?近頃は呼び出しもしなくなったばい」
「いや、今は別に呼び出すこともないし、忙しいから」
「ちょ、ちょっとウミ、妖精(人間サイズ)と知り合いってどういう事?」
話の弾むウミと妖精(人間サイズ)に、あらしがようやく割り込んだ。他の者も疑問の目を向けている。
「ああ、この人はルーおばさん。水の妖精なんだ」
「「水の妖精なのにおばさん?!」」
「そらしょうがないっちゃ。わしゃあ随分と長生きしちょるからのう」
水の妖精ルーおばさんは笑いながら煙を吐き出した。どうでも良いがその美しい顔でひょっほっほとか笑わないで欲しい。
「昔から人魚とはちっとした知り合いなんじゃ。ほれ、水の関係でな」
「でもこの河人魚さんたちは知らないみたいですよ」
「人魚にも色々いるたい。わしは海人魚の知り合いじゃけん」
唖然としている河人魚の皆さんを眺めながらルーはまた笑う。
ウミ以外の4人はというと……ふーんと納得していた。こんな展開にもう慣れたのだろう。
「しかし、どしてこげな所にいるばい?ここにゃあ人はあんま来ないもんたい」
「それが……色々とややこしい事になってて」
「ほう?」
湖の上に座り込むルーに、ウミは手短に事情を説明した。その横から時々4人が合いの手を入れる。
河人魚の皆さんは、そんな様子を半分興味深そうに、半分不安そうに眺めていた。
話を聞き終わったルーは、しきりにほうほうと頷いた。
「なるほど、兵士が近づいとるたいね。よっしゃ、今どこいるか探ってみるたい」
「え、そんな事できるんだ?」
「水の妖精を舐めてもらっちゃあ困るばい」
1つウインクをすると、ルーはタバコの火を消してまたザバンと湖に潜ってしまった。
波紋の浮かぶ水面を、5人は並んで見下ろしてみる。
「本当にその兵士の居場所がわかんのか?あのおばちゃん」
「さあ……でもルーおばさんは妖精だしな……」
「妖精だからって何でも出来るわけ無いでしょう」
「でも妖精だからこそ何でも出来るかもしれないし」
「あ、来たわー」
あーだこーだ言っている間に、ルーは水中から戻ってきた。
ジャポンと再び湖の上に立ち上がったルーは、にやりと笑いながら報告する。
「分かったばい。兵士はもうすぐ近くまで迫ってきとるたい」
「「えっ?!」」
「しかもこのままじゃあ海の方へ進んでっちまうたい」
「何だって!」
ウミが身を乗りだした。海の方へ向かっているという事は、あの海人魚の国に迫っているという事なのだ。
「今は門も壊れてるっていうのに……これじゃあ簡単に攻め入られてしまう!」
「何じゃ。あの門壊れちまったん?あの人形の娘も?」
「え……ルーさんあの女の人知ってるの?」
ルーの言葉にあらしが反応した。あの門と共に消えた人形の女門番の最期を見たのだから気になるのも仕方が無い。
ルーは懐かしむように目を細めた。
「あの子も長い事あそこにおったばい……そうか、とうとう解き放たれたっちゃね」
「………」
「それにしても門が無いとはピンチじゃけんのう。どないするたい?」
「くそ……!」
しばらく迷うようにウロウロしていたウミは、気合いを入れるようにパチンと手を叩くとこちらに向き直ってきた。
「よし、俺が食い止める」
「「はあ?!」」
思ってもいなかった言葉に4人はびっくりして声を上げた。しかし、ルーだけがニヤリと楽しそうに笑う。
「っほー!1人で止める気たい?」
「皆を巻き込むわけにもいかないし、そのつもりだ」
「「おお……!」」
止める前にウミがあまりにも立派なことを言うので4人は感心している。
すると、河人魚の中の1人が一歩前に踏み出してきた。
「それなら、おれも行かせてくれ!」
「「!」」
「人魚仲間のピンチなんだ、それにこのままじゃここも危ない。こうなったら体張ってあいつら止めてやるんだ!」
「おれも行くぞ!」
「私も行かせて!人間なんかに負けないわ!」
「病気の家族がいるんだ!守ってみせる!」
河人魚の人々が、1人、また1人と前へ踏み出してくる。それを、5人はあっけに取られて見渡していた。
やがて、ウミが微笑みながら口を開く。
「ありがとうみんな……それじゃあ、共に戦おう!」
「「おおーっ!」」
「……ま、待ってウミ、もしかして本当に僕らをはずす気?」
「せっかくここまで来たんですから、私たちも行きますよ」
慌てる仲間たちにウミが向き直ってきた。目がちょっと泳いでいる。
「い、いや……これは人魚の問題だしな……」
「水くせーじゃねーかよー!オレにも戦わせろよな!」
「そうよー!仲間はずれはだめなのよー!」
「うっ……あ、そうだ、じゃあ少し頼まれてくれないか」
ごまかすようにウミは手を合わせてきた。
「この事を父さんに……国の方に知らせに行ってくれないか?やっぱり守りは固めておいた方がいいしな」
「「ええー」」
ウミが4人を戦いから遠ざけようとしているのは明らかだった。しかし、たしかに国の方にも知らせなければならないだろう。
色々と不安もあったが、あらしはしぶしぶ頷いて見せた。
「わかったよ、知らせてくればいいんだろう?」
「っておいあらし!何勝手に決めてんだよ!戦わせろ!」
「嫌よー!手伝うわー!」
「うるっさい!ウミが決めた事だろ!それに誰かが知らせに行かなきゃいけないんだ!」
「「………」」
「ありがとう……助かった」
それぞれ不満そうであったが無言の肯定を表す仲間たちにウミはホッと息をついた。
そこへ事の成り行きを見守っていたルーが、満足したような顔で割り込んでくる。
「決まったたいね。そんじゃわしも手伝ったるたい」
「「マジで?!」」
「門の代わりを作ってやるばい。さーそうと決まったらさっそく行くたい!」
ルーが4人を見ながら言った。国の方へ向かう4人についていくのだろう。はりきるルーを見て、ウミも1つ頷いた。
「それじゃあ俺たちも行こう。早く行かなきゃ間に合わなくなってしまう」
「ウミー!頑張ってねー!」
「死ぬなよー!」
「……ああ」
後ろから声をかけるシロとクロに一回手を振った後、ウミは元気な河人魚たちと一緒に背を向けていってしまった。
ちなみに、病気などで弱っている者や子供たちはこの湖に残っている。さすがに戦えないからだ。
ウミたちを見送ってから、ルーが声をかけてくる。
「さあ、わしらも行くたい」
「「はーい」」
あらしはちらっと振り向いた後慌ててルーの後をついていった。
ただ、彼らと無事に再会できることを祈りながら。
「ここら辺でいいじゃろかー」
国に近づいてきた途中でルーが見回しながら声を上げた。その言葉に、4人は歩みを止める。箱も湖の方へ残してきたのだ。
「この辺に門の代わりを作るんですか?」
「んー国も目前じゃし、ちょうどいいと思うばい」
華蓮の問いに頷いたルーはゴソゴソと懐から何かを取り出してきた。それは、手の平にコロコロと転がる、小さな粒だった。
「何それー?まめー?」
「ちーっと違うばい。これはちょっとした種たい」
「「種?」」
ん、と頷いたルーはそこら辺に種をばら撒き始めた。道の上さえ防げば、国に通じる道は橋だけなのでそれでいいのだが。
この種が何かの罠だったりするのだろうか。
「おいおいー。その種でどーやって門の代わり作るんだよ」
「まあ大人しく見ちょれ」
得意げに笑ったルーは、手を前でパンと合わせた。そのまま祈るような形になっていた手が少し膨らんだ。
かと思うと、手と手の間にいきなり巨大な水の玉がボンと現れたのだ。
「「おおおーっ!」」
「さあ!わしの栄養たーっぷりの水受け取りやー!」
ルーがバッと手を広げると、玉となっていた水が一気に周りに散らばった。おかげで4人も頭から水を被ってしまう。
抗議しようとした所で、異変に気がついた。
「……あれ?芽が……」
「「あっ」」
種が落ちたと思わしき地面から、水を浴びてピョコピョコと芽が出始めていたのだ。
そのままポカンと眺めていると、芽はぐんぐんと成長していき、太い茎が大きな葉が現れて、それが複雑に絡み合い……。
あっという間に、目の前に成長した種から出来上がった植物の壁がそびえ立っていた。
04/06/27