踊る妖精



ウミたち海人魚が以前暮らしていた場所から移動したのには訳がある。
近くの小さな国に、その存在を知られてしまったのだ。


「人魚には色々な噂があるからまとめて生け捕りにしようとしたんだ。だから全員でこっちに移り住んできたんだが……」
「「ほーっ」」


箱の上でウミは事情を説明していた。その移動途中でウミは仲間たちとはぐれてしまったんだとか。


「じゃあこのガキ……じゃなかったこの子どもが言う『兵隊さん』とは、その国の兵士だというんですか?」
「人魚狙っているなら、そうだと思うんだが」


自信なさげなウミに、ガキ……ではなくてトムが身を乗り出してきた。


「本当に兵隊さんだったんだよ!おっきな赤い旗掲げてたんだ!」
「赤い旗か……ますますその可能性が高まってきたなあ」


ウミが苦い顔を作る。もしそれが本当に兵士だとしたら、人魚を追ってここに来た事になるのだ。
そうなると非常に厄介だ。


「これは父さんに知らせた方が……いやでも……」
「……村の人たちは、何処へ逃げたの?トム」


ウミがブツブツ言ってる間に女性がトムに尋ねる。


「向こうの小さい湖に皆集まってるんだ。だから大丈夫!」
「へー、ここら辺に湖なんてあったのかー」
「なあ、その湖って本当にこっちにあんのかー?」


クロが疲れた表情で振り返ってきた。どんどん進むにつれて道が無くなっているせいである。
三輪車がこぎにくくて余計に疲れるのだろう。


「湖は見つかりにくい場所にあるんで……安全な場所なんです」
「ほらクロー!頑張りなさいよー!」
「分かってるっつーの!」


声をかけてくるシロに返事をして、クロはまたグッぐっと力を入れてペダルをこぐ。
箱から降りて移動した方が良いだろうかとあらしが考え始めた時、急に視界が開けた。


「わっ!」
「何だ?」
「ついた!湖だ!」


トムが嬉しそうに指差す。目の前には、静かに森の中に横たわる小さな湖が広がっていた。
なるほど、ここなら隠れ場所に最適であろう。


「はぁーっ!やーっとついたのかー」
「綺麗な所ねー!」
「でも……人魚の姿が見えないな」


立ち上がって周りを見渡したウミが呟いた。確かに湖がそこにあるが、他には何も見えない。おいしげる木と茂みぐらいだ。
その茂みの一つを注意深く眺めていた華蓮が、笑いながら口を開いてきた。


「いえ、隠れているみたいですよ。私たちを警戒しているんでしょう」
「あ、そうか、さすがに怪しいか僕ら」
「みんなー!大丈夫だよー!お母さんを連れてきたんだ!」


トムが箱から降りて、湖に近づいた。その姿と言葉に、ガサッと人々が顔を覗かせる。


「トム……!無事だったか!」
「そいつらは一体何なんだ?兵士ではないようだが」
「あの人間たちの仲間なんじゃないでしょうね……」


ぞろぞろと出てくる男も女も皆、5人を警戒の目で眺める。その中で、女性がズリズリと這いずりながら箱から顔を出した。


「皆さん大丈夫です……この人たちは敵ではありません」
「あっ!よかった!無事だったのね!」
「お母さん大丈夫?!」


グッタリしている女性にトムが駆け寄る。長時間ボロ箱に乗っていたせいで体調が悪くなってしまったのだろうか。
人魚たちと5人は、箱から降りて女性を湖の近くに横たえた。


「ありがとうあんたたち。ところで……一体何者なんだい?」


尋ねてきた男の目にはまだ警戒の光がちらついていた。すると、トムが男の袖を引っ張りながら説明してくれた。


「この人たち旅人さんなんだ!しかもあの人、海人魚だよ!」
「えっ?!まさか、近くの海人魚の国の人かい?!」
「ああ、そうなんだ」


おまけに王子だ、という事は言わないでおく事にした。するとウミは、周りを見渡しながら尋ねる。


「この中に……病気のものはまだいるのか?」
「……ああ。もう半数がやられているよ……そっちはどうなってる?」
「俺の姉さんが1人かかってしまったんだ。広がるのも時間の問題だろうな……」
「そうか……」
「……ん?」


あらしが何となく周りを見ると、ウミと男が話している間にいつの間にかシロが消えていた。


「……あ、あれ?」


ぎょっとしてシロを探すと、案外近くにいた。湖を覗き込んでいる。


「シロ!危ないぞ!落ちたら死んじゃうぞ!」
「それはあらしだけよー。あたし喉渇いちゃったのー」
「ああ、喉が……でもこの湖の水って大丈夫なのかな」


シロの隣に立って、湖の中を恐る恐る覗き込んでみる。とても澄んだ水だ。
目を凝らせば湖の底が見えそうなぐらい透明で綺麗な水だった。これなら飲めそうだが、用心するに限る。


「ほかの人に飲めるかどうか聞いてみようシロ。もしかしたら神聖な水で、飲んだらいけないかもしれないし」
「えーもう耐え切れないわー!一口だけー!」
「あっこら!」


慌てて止めようとしたが遅かった。シロは湖に顔をつけてごくごく水を飲んでしまった。
顔ごと水につけるとは、よほど喉が渇いていたのか。


「まだ飲むなって言っただろシロー!」
「えへへー、ごめんなさーい」
「何だ何だ?どしたんだ?」


騒ぎを聞きつけてクロもやってきた。華蓮もちらっとこちらに目を向けている。


「それが……シロがこの湖の水勝手に飲んじゃって」
「おいおいー、毒でも入ってたらどーすんだよ!まあシロなら大丈夫だろうけどな」
「もちろんよー!」


なっはっはと笑っていたクロは、ふとシロの顔を覗き込んで、不思議そうな声を上げた。


「なんだあ?シロ、お前のほっぺ光ってんぞ」
「ほっぺー?」
「光ってるって……うわ本当だ」


言われてあらしもシロのほっぺをよく見てみる。すると、かすかに左のほほが光って見えた。
シロが発光しているのか、ほかの何かが発光しているのか、どちらだろう。


「……って考えてる場合じゃなかったよ!何で光ってるのさ!」
「水と一緒に何か飲み込んじまったんじゃねーだろうな」
「そういえばー、口の中に何か固体があるような気がするわー」
「固体って……とりあえず、口あーんって開けてみなシロ」


あらしに言われあんぐりと口を開けるシロ。
こう見ると可愛い顔のくせになんて大きな口なんだろう。ハムスターのように頬袋のようなものがどこかにあるに違いない。
クロと一緒に中を覗き込んだあらしは、一瞬口の中でちらつく小さな光を見た。


「あっ!」
「あ?」
「あー?」


3人で声を上げると同時に、シロの中からヒュンと何かが飛び出した。その何かは、飛び出してきたとたんに光り輝き始める。
ポカンとしている間に、ウミも華蓮もほかの人魚の人たちも集まってきた。


「なっ何だこれ?!」
「ちょっと、一体何したんですかあなたたち」
「僕は何もしてないよ!シロが水飲んでほっぺ光って飛び出して!」
「そうだぜ!飲んだら光って出てきたんだぞ!」
「さっぱり分からないんだが……」
「きれーい!」


混乱する周りをよそに、シロは目を輝かせて光の玉を見つめる。
すると、だんだん光の中心が見えてきた。光が弱まってきたのだ。
ボンヤリと光の中浮かび上がった、その正体とは。


「こっこれは……!」
「「妖精!」」


手の平に乗ってしまうほどのサイズ。薄く軽い2枚の羽。青色に輝くつぶらな瞳。これは噂によく聞く妖精そのものだった。
その愛らしく神々しい姿に、その場にいた全員が釘付けとなる。
やがて、妖精は湖の上でくるくる回り始めた。


「……な、何だ?」
「聞いたことがあるぞ……この湖には妖精が住んでいて、夜な夜な踊ってるって!」


人魚の中の誰かの話。今は昼過ぎだが、そう聞けばくるくる回る妖精が踊っているように見える。
湖の上での不思議な踊り。それはだんだんと激しくなっていき、最終的に妖精はボチャンと湖に落ちてしまった。


「「?!」」
「落ちた!」
「目回ったのか?」
「まさか?!」


慌てて全員で湖に駆け寄ると、いきなり何者かが湖の上に浮かび上がってきた。しかもそのまま湖の上に立っている。
びっくりしてよく見てみれば……羽はないが青い瞳の輝くさっきの妖精だ。人間サイズ、だが。


「おお……何て美しいんだ」
「女神だ女神……湖の女神様だ……」


その妖精(人間サイズ)は、美しい女性の姿をしていたため特に男たちからため息交じりの声が漏れる。
多数の瞳に見つめられたまま妖精(人間サイズ)は、スッと人差し指ぐらいの大きさの細長い筒を取り出した。
そのまま口元に持っていき、マッチか何かで火をつけると……。


「っはー!久しぶりに出てきてみりゃあ何事たい。わしは見世物じゃないんじゃけんのう」


ぷかーっとタバコをふかしながら、どこの地方か方言交じりにそう言ったのだった。

04/06/18



 

 

 















妖精さんの口調は色んな方言混じってるデタラメなものなので気にしないであげてください。