通行許可



いい天気だった。日がさんさんと照り、空には雲が1つ2つあるばかりの快晴だ。
しかし気温はそんなに暑いというわけではなく、まさに小春日和。つまり絶好の旅立ち日和なのだ。
そう、ただ1つ、目の前に立ちふさがるでっかい門を除けば。


「通してくれ」
「駄目です」
「頼む、どうしても旅に出たいんだ」
「門は閉ざされました。誰であろうとも通すことは出来ません」


必死に頼み込むウミに、無機質な声で答えが返される。答えているのは、門の番人だと思われる1人の女性だった。
この門は、人魚の国と外をつなぐ唯一の陸路らしい。
こっち側は海に囲まれた一本道、向こう側は生い茂った森。間には高い壁。通り抜けることは難しそうだ。


「なーどーすんだ?ここ通んないと国から出れねーんだろ?」


三輪車の上でだらだらしていたクロから声をかけられる。その言葉に、番人に交渉していたウミが振り返ってきた。


「ああ、泳げば他に行けるんだが」
「やだ、死んでもやだ」
「……という奴もいるし、その三輪車も箱もあるしな」


隙間だらけのボロ箱とその箱にしがみつくあらしを指差すウミに、クロは文句を言う気も失せた。
確かにこの箱、水漏れが激しそうだ。もちろん三輪車は水の上に浮かべないし、ついでにあらしも浮かんでこない。
これで海を行くのは無理だろう。


「じゃあさっさとあの門番を説得してきてくださいよ。それとも私が行きましょうか?」
「い、いや、お前は行かないでくれ、火に油を注ぐことにすごくなりそうだから」


立ち上がりかけた華蓮をウミはあわてて押さえ込む。
それにクロもあらしも同感というように頷いた。華蓮に見えないように。


「大丈夫ですよ。拳銃をちゃんと準備しておきますから」
「実力行使する気満々だー!」
「じゃあオレも行くぜ!バッチリぐんぐにる持ってな!」
「やめてくれ!少なくとも門出るまでは!」


4人で色々もめている間に、暇だったシロはトコトコと女門番の元へ歩いていった。
じっと立ったままの女がちらっとシロを見下ろす。


「ねーねー!あなたもやっぱり人魚なのー?」
「いえ、私は違います」
「えー違うんだー?人魚の国なのにー?」
「……私は外からやってきました」
「あーそっかー!ちぇーっ。ここ出るまでに女の人魚さんの味確かめたかったのにー」
「………」


シロの危険な発言にも女は顔色1つ変えなかった。ただ、やはり恐ろしかったのか一歩だけ後ろに下がる。


「ねーねー、あなたお名前何ー?」
「……私は……」
「あ!あたしはシロ!あんまりシロって感じじゃないわよねー」
「……そうでしょうか」
「そうよー!あ、好きな事とかあるー?」
「……私は門番なので……それに……」
「あたしはねー、食べることよー!食べてるときが一番幸せだわー」
「………」


こんな一方的な会話が続いていると、やがて4人が揃ってやってきた。全員で説得することにしたようだ。


「シ、シロ、何やってるんだ?」
「あー、あのねー、この人と楽しくおしゃべりしてたのよー!ねー?」
「………」
「これはこれは、うちの者が迷惑をかけたようで、すいませんね」
「いえ……」


シロの頭に手をポンとおいて頭を上げる華蓮。すっかり保護者気分だ。女は戸惑うように5人の顔を見渡している。
ふと、女の目線があらしの前で止まった。


「……あなた……」
「は?な、何?」


何か悪い事しただろうかとおたおたするあらしを、女はじっと見つめる。


「……名前は?」
「え?あ、あらし、です」
「年は?」
「年?い、いや、それが分からなくて……」
「出身は?」
「そ、それも分からないなあ……」
「……そうですか……」


ほとんど答えられないあらしに、女は何も問わなかった。ただじっと見つめるだけ。
困り果てるあらしの後ろでは、仲間たちが首をかしげていた。


「どーしたんだあ?あの女あらしの事ばっかり見やがって」
「あたしとお話してる時でもそんなに見てこなかったのにー」
「これは恋ですか?一目ぼれですか?いやでも何であらしさんなんでしょう」
「そこ何気に失礼だな」
「……あ、もしかして」


ポンと手を叩いて口を開くウミ。


「あらしの事知ってるんじゃないか?昔会ったとか」
「え?初対面だよ」
「あ、そうですよ、ただ忘れてるだけで会った事あるんじゃないですか?」


あらしは数年前からごっそり記憶が抜けているらしいので、それ以前に会った事があるのならつじつまが合う。
さっそく尋ねてみた。


「あのー、以前どこかで会った事ある、とか……?」


しかし、女はすぐに首を横に振った。


「いいえ、会った事はありません」
「あ、そうなんだ……」
「残念だったわねあらしー」
「いや、それは別にいいんだけど……ここ、どうやって通る?」
「ああそうだった」


なおもあらしを見つめてくる女を眺めて、5人はうーんと考え込んだ。


「許しを得れば今すぐにでも私は実力行使に出るんですけど」
「だから、せめて国を出るまでは穏便に事を進めてくれ頼むから」
「じゃあどうやってあの頑固女に許可貰うんだよ」
「そ、それは……」


ちらっと番人女を見てみれば、まだあらしの方を見ている。
目が会ってしまったあらしがさっと顔をそむけた。それほど真っ直ぐな瞳なのだ。
とりあえずあの固い態度を崩すのはかなり難しそうだ。


「なー、あらしがあいつに頼んでこいよ」
「そうよー。あの人、あらしの事気に入ったのよきっとー!」
「ええー?だって何だかあの人怖いし……」
「うまくいけばあの門番とウハウハになりますよ。ほら」
「ファイトだあらし、頑張れ」
「嫌だっつーの!」


もめている間も女が目線をはずすことは無い。
とその時、門の横にあった建物の扉が開いて、女と同じ服装の男が出てきた。


「おーい、交代の時間だぞ……あれ?」


30代後半と思われる男は、5人を見て声を上げ、ウミを見て目を丸くした。


「あっ!あんた、キング様の子のウミ君じゃないか」
「……お、おじさん門番だったのか」
「ああそうさ、かれこれ10年以上はここで門番をやってるよ」


どうやらウミの知り合いらしい。ウミが、男を説明してくれた。


「前に住んでいた所で1回会った事あるんだ。門番とは知らなかったが」
「ここに移る事になったってキング様に言われたときだな。あの時は人魚の国に初めて入るんで緊張したよハハハ」
「じゃあおじさんも人魚じゃないのねー」
「そうだよ。おれは向こう側の門番だからな」


ひとしきり懐かしんだ後、男門番はようやく尋ねてきた。


「ところで、何でウミ君がこんな所に?門は閉ざされているよ」
「ああ……実はここを通して欲しいんだ。仲間を助けるために」
「え?」


今の人魚の状況を知らない男門番に5人は事情を説明した。その間にも、女は表情を変えることが無い。まるで感情が無いようだ。
男門番は話を聞き終えると、ほーっと感心しながら頷いてきた。


「なるほど、病気を治すためにねえ……偉いなあウミ君は」
「だからここを通してもらえないだろうか。事は一刻を争うんだ」
「うーん……けどなあ」


さすがに男門番は悩んでいた。門を閉じろと命令されている以上、門番としてはここを通すことは出来ない。しかし……。
男門番は、ポンとひざを叩いた。


「よし、門を開けよう!仲間を思うその心におじさん感動したぞ!」
「ああ……!ありがとう」
「ついでに今日はここに泊まっていくといい、もうじき日が暮れるからな」
「「おおー!」」


おじさんの親切に5人は心から感謝した。人情とはいいものだ。


「あーしかし、門番があの女だけじゃなくてよかったぜー!」


伸びをしながらのクロの言葉に、男門番はん?と振り返った。


「ほら、あの女門番!こっちが何言っても通さねえ通さねえばっかり言いやがってよー」
「……ああ、あの子か」


門の前に立ったまま微動だにしない女を眺めて、男門番はふっと微笑んだ。


「やっぱり分かんないだろう?見た目は人間そっくりだからな」
「「え?」」


聞き返してくる5人に、男門番は通行許可証を取り出しながら言った。


「あの子はね、人形なんだ。自我を持ってしまった人形だよ」

04/05/08