裏切り



「ところでウミ、あなたこれからどうするの?」


唐突にマリーが尋ねてきた。
水平線を眺めながらポロロンとハープを奏でる義兄ポールにつられていた5人は、その声にハッと正気を取り戻す。


「どうするって、何がだ?」
「だから甘いr…あなた、お父様と言い合って、出て行くって言ったでしょう?」
「……あっ」


そうだった、とばかりに目を見開くウミ。


「義兄さんと話していたらそれをすっかり忘れていた……」
「親とのいざこざを忘れるほど私との語らいは情熱がこもっていたのだね」
「黙りなさい」
「はい……」


華蓮に睨まれているポールはさておき、ウミは悩むように眉を寄せた。ああやって飛び出しては来たが、まだ迷っているのだろう。


「このまま旅に出てもいいんだが……その前に」
「「………」」
「久しぶりにワカメが食べたいな」
「「ワカメかよ!」」
「つまり、出て行くのね、どうしても……」


マリーは寂しそうに微笑んだ。その表情を見てウミは、バツの悪そうな顔になる。
本人も悪いとは思っているようだ。


「大丈夫だって、姉さん。もうみんなの居場所も分かったんだし、いつでも戻ってこれるんだから」
「でも……寂しくなるわ」
「心配ないよマイエンジェルマリー。私たちの絆はたとえ遠く離れる事になろうとも永遠に途切れることなど無いのだから」
「そうね……そうですわねポールさん」
「そうとも!」


マリーは何故この男を選んだのだろうか。華蓮なんか、すでに拳銃を構えかけているというのに。
他の三人がどーどーと華蓮を押さえている間に、大変急いだ様子で誰かが駆けてきた。リーネだ。


「あ!いたいた!大変よマリーお姉ちゃんにウミ!」
「あらリーネ、一体どうしたの?」
「セイお姉ちゃんが、大変なのよ!」
「セイ姉さんが?」


ずっと走ってきたのだろう。しばらく肩で息をしていたリーネは、息を整えてから言った。


「セイお姉ちゃんが、倒れたの!」
「「?!」」
「倒れたって……どうして……」
「それが……」
「……まさか、あの病気が?!」


顔を青くしてマリーが問うと、リーネは今にも泣き出しそうな顔で頷いた。
とたんにマリーは口元を手で覆い、ポールはハープを取り落とし、ウミは信じられないと言った表情で固まった。
他の4人には事情が全く分からなかったが、これだけは分かる。事態は深刻なのだ。


「……すまん皆、もう1回家へ戻る」
「お、おい!」
「待ってよウミー!」


猛然と走り出したウミを、4人はあわてて追いかけていった。





家には、他の人魚たちも集まっていた。皆が不安そうな顔をしている。
そこへウミがやってくると、人魚たちはそろそろと道を開けた。


「……姉さん……」


セイは奥の部屋のベッドに横たわっていた。ウミが部屋の入り口で立ち尽くしてしまったので、4人はその後ろから部屋を覗き見る。
中には、セイを囲んでキング、クイーン、そしてセバスとかいうおっさんに、医者らしき人魚。


「残念ながら……例のご病気みたいです」


医者は沈痛の面持ちで王に告げた。クイーンは思わずしゃがみこんでしまう。


「そんな……!セイ……!」
「……とうとう、この国にも来てしまったのか……」


力なくキングがつぶやく。
セイはさっきまであんなに元気そうにたっていたというのに、今は息を荒くしてぐったりしていた。そんなに悪い病気なのだろうか。
セイを見つめながら、キングは呟くように言った。


「もう駄目だ……。今更何をしても遅い……」
「……何言ってるんだ父さん。このまま諦めるつもりなのか?」


ウミが近づいてくると、キングはゆっくりとそちらに振り向いた。その顔は、疲れ切っていた。


「ではどうしろというのだ。この病にかかればもう治らないんだぞ」
「いや、違う、あるじゃないか、この病気を治す方法が!」
「ない。今の人魚はそれを無くしてしまっているのだから、無いも同然だろう」
「無いわけが無い!探せばきっと……きっとっ……!」


悲鳴のようなウミの声。それにキングは、力なく首を振るだけ。


「今から門を閉める。これからはこの国に入ることも、出ることも許されない」
「何だよそれ……病気と一緒に全員で死ぬ気なのか?!」
「病気を他へ流すことは出来ない。……これはもう仕方の無いことなのだ」
「仕方なくなんか無いだろう!こんな終わり、あるものか!」
「……とうとうこの日が来てしまったのか」


突然4人の背後から声がした。パッと振り向くと、いた。ポールだ。


「何だキザ男じゃねーか」
「失礼だね、私はキザではなく吟遊詩人だよ」
「どっちにしてもウザイですよ」
「ねえキザ……じゃなかったポールさん。病気って何なのさ?そんなに大変な病気なの?」


あらしが尋ねると、ポールはしばらくの沈黙の後答えてくれた。


「今人魚界ではある病が流行っているんだ。かかれば高熱を発し、一週間以内には死んでしまうという病気さ」
「こ、怖いわねー」
「そう、しかも今現在、この病気を治すのは不可能とされている」
「でもさっきウミが言ってたじゃねーか。治す方法があるって」


クロがそう言うと、ポールは寂しそうな瞳で頷いた。


「ああ、あるんだ1つ。それさえあれば、一瞬で治るらしい。しかも普通なら簡単に手に入れることが出来るんだよ」
「「え?」」
「それが何で不可能なんですか。一体何なんです?その方法って」
「それは……『ナミダ』だ」


突然入ってきたウミの言葉に、4人は全員目を点にした。


「……は?『ナミダ』って」
「人魚の『ナミダ』さ。『ナミダ』を一滴でも飲めば、たちどころに病は治るらしいよ」


そうやって説明するポールに4人は疑問の目を向ける。それのどこが不可能なんだ?
心の声が聞こえたのか、つらそうに顔をゆがめてウミが言った。


「駄目なんだ。その人魚の『ナミダ』が今は手に入れることが出来ないんだ」
「「……え?」」
「今の人魚は……泣けないんだ。誰一人、一滴の涙も流すことが出来ない」


そうやって言うウミも、うなだれるキングとクイーンも、セバスも、ポールも、マリーもリーネも他の人魚も、誰も。


「いつからかな。人魚は誰一人として涙を流せなくなったのさ。水を追い求めるあまり、こうなってしまったのかもしれないな」


ポロロンとポールのハープの音。この時ばかりは、その音がやけに響いた。


「涙を流せば助かるのに、流せないあまり死んでいく仲間たち。それを見てもまだ涙は出てこない……」
「そうやって人魚は殻に閉じこもっていったんだ……自分たちの、殻の中に!」


拳を握り締めているウミはかなり悔しそうだ。この時、彼は涙を流そうとしていたのかもしれない。
だが、やはりどの人魚の瞳からも、雫は流れてこないまま。
ウミは、決意した瞳でキングを見据えた。


「父さん、俺の決意は変わらないからな」
「ウミ……」
「『ナミダ』を探してみせる。まだ、まだ諦めないんだ」
「よせ、もう手遅れだ」
「このまま死なせてたまるか。諦めてじっとしているなんて、俺には出来ない」
「門は閉めた。この状態で国を出たらどうなると思うんだ?」
「………」
「お前は、この国の裏切り者になるんだぞ」
「それでもかまわない」
「ウミ!」
「裏切り者でもいい!俺は皆を助けたいんだ!」
「よせ!おい、ウミを止めろ!」


再び飛び出そうとしたウミの前に、人魚たちが立ちはだかった。
戸惑うウミに迫ろうとした人魚たちはしかし、次の瞬間バタバタと倒れていった。


「……?!」
「へっへー。ぐんぐにるの力思い知ったかってんだ!」


ぐいっとクロがぐんぐにるを掲げてみせる。刺したら眠りに落ちるその三つまたのヤリを人魚たちに刺したのだ。
呆けていたウミを、シロがぐいぐい引っ張った。


「ほらー!行くわよウミー!『ナミダ』探すんでしょー?」
「……え?」
「ほら、早く!また他の人魚が来ますよ!」
「でも……」
「仲間助けるんだろ!行こうウミ!」
「……!ああ!」


頷きあった5人は、そのままダッと家から飛び出した。
後ろから人魚たちが追ってくる気配がするが、逃げ足はピカイチの5人はあっという間に遠ざかっていく。
その後姿を、ポールは眩しそうに見つめた。


「ウミには王になる資質はあるんだがねえ。仲間のためにああやって行動する力があるし」
「ポールさん……」
「でも、ああやって行動するからこそ、王の台座についていられないんだろうな」


ポロロンとハープを奏でる。マリーには、ポールがとても羨ましがっているように見えた。


「あそこまで言い切ったんだから、探してきて欲しいな、『ナミダ』を」
「……ええ、そうですわね」
「期待の方は裏切って欲しくないね。……裏切り者に幸あれ!」


期待を背負った裏切り者は、はるか水平線のかなたへ。

04/05/02



 

 

 















ちなみに、ウミはワカメが大好物です。いつも生でズルズル食べていました。美味しいですよねワカメ。すごい蛇足でした。